第62話 閑話 ミルヴァ・ラヤラ 3

 禁断症状は自覚すると大変だ。


 最近は脳内でアルと会話することで、なんとか誤魔化している。

 ちょっと危ないエルフになりかかっている。

 でも、バレなければ平気よ……平気。


 エルフは自然には敏感だけど、人に関しては基本的に鈍感。

 長命だから、短い間隔での感情の動きに注意を払わない。

 風が吹いて、木が揺れる程度の認識になる。

 かわりに長い目で物事を見るし、それに関しては敏感だ。


 だからバレない……アルにでもないかぎりバレない自信は有る。


 そんな中、ヴェルネリから呼び出された。


「お呼びでしょうか」


「ラヤラの娘よ、森に動きが有った」


 思わず、ドキっとした。


「森の領域が減っている。

それとともに獣人の集落の気配が消えた」


 確かに異変よね……。

 でも、アルの話でなくて内心落胆していた。


「消えたとは?」


「言葉通りだ。

生活の気配がせぬ。

そこで問いたい。

ラヤラの娘の伴侶は、敵対者を絶やす者か?」


 それは、絶対にないそう断言できる。


「いえ、それは有りません」


「何故に?」


「彼は使徒と盲信者を嫌っていますが、彼らを絶やす気は有りません」


「続けよ」


「盲信のみが許される世界は嫌っていました」


「つまり、事情が有ると」


「私が見てきます。

結果は、どう伝えましょうか?」


「精霊の言葉を、森に流すが良い。

われらはそれを拾う」


 精霊の言葉はエルフが使える魔法の一種で、特定の範囲に言葉を流す。

 その言葉は、その範囲を漂うので漂っている言葉を拾う。

 その範囲は、テリトリーとする自然一帯。

 ここでは、ラヴェンナの森林一帯となる。


 特定範囲の伝言魔法。

 逆もできるので、向こうからの伝言も伝わる。

 自然と接しないと言葉の有無はわからないけれども。


「では、行って参ります」


「ラヤラの娘よ、気をつけていくが良い。

心が急いているのが、私にもわかる」


 赤面してしまった。

 身支度もそこそこに、里を出る。

 気が付けば全力疾走していた。



 2日ほどで、獣人の集落だった所についた。

 確かに、人の気配はない。

 襲撃の痕跡もない。

 単に移動しただけ……そう見える。

 危険を感じて、他の場所に異動したのか。


 それにしては、変だ。

 大勢の足跡は、森の外に向かっていた。

 避難なら、別の方向だと思う。

 周囲に警戒をしながら、足跡をたどる。

 そして3日ほどで、森の外に出た。

 森の外は、森林が伐採されていて平地になっていた。

 アルの開発が進んでいるのかな?


                  ◆◇◆◇◆


 どこに向かえばいいのかと悩んでいると、馬に乗った騎士らしき人を見かけた。

 ここに騎士? 少し警戒しながら近寄ってみる。

 騎士の方も警戒しているが、敵意はなさそうだ。


「そこのお嬢さん、どこから来ましたか?」


 ある程度近づくと、騎士が尋ねてきた。


「森の方からよ、騎士さまはどこから?」


「私はラヴェンナの町からです」


 あ! もしかしてアルの部下? でも……違ったら嫌なので、確認をする。


「町なんてなかったはずだけど?」


「少し前に、町ができたのですよ」


 えらく、あっさり教えてくれるわね…。


「良いの? そんな簡単に教えても」


「ええ。

ご主君からエルフを見かけたら、敵対せずに友好的に接するように指示されています」


 鼓動が一気に早くなった。


「も……もしかして。

その人の名前ってアルフレード?」


「ええ。

そうですが、ご存じで?」


「え……ええ。

そ……その彼に会わせてもらえる?」


 しまった……声が上ずって、揚げ句どもってしまった。

 でも騎士は、礼儀正しく私の動揺を無視してくれた。


「結構ですよ。

ご主君への報告ついでに、案内をしましょう。

後ろに乗っていかれますか?」


「ええ! ぜひ!」


 騎士が私を、馬の後ろに乗せてくれた。

 移動中はアルのことを聞きまくった。

 その騎士の話を聞くと、相変わらずだと思ってしまった。


「ご主君の呼び名は、それがもう……多彩でして……常識ブレイカー、160歳殿、若年老人、腹黒仙人と、まだまだ有りますがね。

全てを知っている人はいるのか」


 いろいろひどい名前で呼ばれているようで……つい笑ってしまった。

 でも、皆に愛されているのもわかった。

                  ◆◇◆◇◆


 しばらくして、まだ作りかけの町が見えてきた。

 心臓の鼓動が激しくなった。

 黙っていても聞こえてくる。


 町に入ると、馬からおりて町を見渡した。

 まだちゃんと、町と呼べるものでもなかったが。


 案内してくれた騎士が出迎えた騎士に「ご主君は、今どこに?」と聞いていた


「ああ、ご主君は、いつもの所で子供に囲まれているぞ」


 子供? 誰かの子供を引き取ったのだろうか。

 そんな疑問をもちつつ騎士の人に案内されたのは、大きな屋根付きの建物だった。


 後日、そわそわし過ぎの私は不審者に見えたと言われた。


 何やら、子供たちの騒ぎ声が聞こえる。

 中に案内された先には、アルがいた。

 困った顔で、狼人の子供たちに囲まれていた。

 思わず叫んだ。


「アル!」


 アルは最初だけ驚いたが、すごくうれしそうな顔をした。


「ミルじゃないか!」


 その顔を見たらもう感情の洪水に押し流されて、気が付くと彼に駆け寄って抱きついていた。

 そして、里長に申し出た獣人の集落を確認することは、すっかり頭から消えていた。

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