第61話 閑話 ミルヴァ・ラヤラ 2

 それからは、もう少し積極的になることに決めた。

 考えるより、自然とそうなった。

 気が付いていたが、アルは丁寧な話し方は演技でやっている。

 本当はもっと違う。

 思い切ってアルにお願いしたくなった。


「お願いがあるのだけど」


「何ですか?」


「私たちって……友達や仲間って関係でもないわよね」


 アルは一瞬硬直して、横を向いた。

 その頰が、少し赤くなっていた。

 こんなときは16歳なのだなと思う。


「そうですね……正式には付き合ってはいないですが……。

正式って宣言したわけでなくて……それは、そんな気がないわけでは、決してなく……」


 珍しく、しどろもどろになっている。

 ものすごくうれしくなって、思わずアルに抱きついた。

 アルはびっくりしたが、強く抱きしめてくれた。

 そのまま、勢いに任せてお願いをする


「ね、2人きりのときは、素で話して。

いつもの演技の丁寧じゃなく」


「えーっと……」


「お願い。

距離を感じて嫌なの」


 しばし沈黙。

 アルは観念したような顔になった。


「あー分かったよ」


 やった! 内心でガッツポーズした。


                  ◆◇◆◇◆

 

 それ以降は、2人きりのときは、アルは普通のやや乱暴な口調になった。

 私も女だし自分がアルの特別だと思うと、つい1人のときニヤニヤしてしまった。

 一度、ヴァーナに見られてひどい目にあったが……。

 あるとき将来の話を、アルが始めた。

 そして、自分の所に来てほしいと言われると

 めちゃくちゃうれしかった、でも……ついつい照れ隠しでからかう口調になった。


「それってもしかして……プロポーズ?」


 いつものパターンだが、あっさりと返される。


「そうなるか」


 どうにも勝てない。

 いつか勝てる日がくるのだろうか。

 それより大事な結婚話になって、アルに躊躇して心配させたくない。

 貴族の家にエルフが入っていいのだろうかとも思ったが、すぐに頭から消えてしまっていた。

 ここまで、感情に流されたのは生まれて初めてだ。


 外にでてから、私の運命はガラっと変わった。

 そして巡礼の旅が終わり、解散となった。

 とても楽しかった、そして終わりを向かえるのはとても寂しかった。


 更に、アルとの別れはもっとつらかった。

 そこで思わず、自分からキスしていた。


                  ◆◇◆◇◆


 その後、淡々と山を越えて、隠れ里に向かった。

 人間はラヴェンナでは警戒されるが、エルフはそうでもない。


 父から教わった目印をたどって、里についた。

 当然警戒されていた。

 姿は見えないが、気配はしているので名乗ることにした。


「ミルカ・ラヤラの娘、ミルヴァです。

過去の盟約に従い参りました」


「ラヤラの者か」


 数名のエルフが姿を現した。


「盟約となればミルカは?」


「はい」


 自分が殺された後に、ほとぼりが冷めたら娘がここに来る

 父が里長と盟約を結んでいた。


「では、里長の元に案内しよう」


「お願いします」


 奥の樹の元に案内された。

 そこに見た目はまだ若いが、齢は500以上の里長が静かに座っていた。


「よくぞきた。

ラヤラの娘よ」


「ヴェルネリさま、お会いできてうれしく思います」


「ここは安全だ。

安心するがよい」


「そのことですが……御存じでしょうか。

大貴族のデッラ・スカラ家がこの付近の開発を始めることを」


 里がざわめく。


「それは真か?」


「はい。

開発予定の責任者と懇意になり、直接聞きました」


 更に、里がざわめく。


『人を信用などできぬ!』


 当然でしょうね。

 私もそう思っていたし。

 ヴェルネリが手を上げると、騒ぎが鎮まった。


「ラヤラの娘よ、何をもって真となした」


「彼は信頼に値します。

世の偽理、《にせのことわり》を、偽と断じます」


 偽理にせのことわりとは、使徒を正義と盲信することをさす。

 使徒の加護から離れた者たちが、盲信者に対して使う言葉である。

 また里がざわめく。


『偽装では? 異端をあぶり出すための教会の者か?』


 使徒の正義を信じない者を、異端と教会は呼んでいる。

 それをあぶり出すため、異端審問官は各地を回る。

 怪しいと思った者には、あえて使徒の教義に疑問を唱える。

 同調すれば、異端として処刑する。

 あぶり出すだけではなく、既に異端と思われていても同じだ。

 噂での存在だが……いてもおかしくはない。

 両親が殺されたのもそれだろう。

 そんな審問官も、はっきりと『駄目だ』とか『間違っている』と言わない。


 ヴェルネリが口を開いた。


「その者は、偽と断じたのか?」


「はい、間違いであると」


 また里がざわめく。

 感覚がマヒしていたのだが……やはり、アルの言動はいろいろ常識外だ。


「ラヤラの娘の言葉には、偽りはあるまい。

その者は、この地をどのようにするつもりか?」


「われわれのような者たちが……隠れなくてもよい世界を作ると言っています」


『絵空事だ!』

『人が世界を作るなど不可能だ!』

『虚偽であろう!』


 普通はそう思うわね。


「ですが、私は彼がそれを成すと信じています」


 ヴェルネリが沈黙の後、問いただしてきた。


「……信じてなにを成す?」


「彼の伴侶として、共に歩みます」


 里のざわめきは最高潮になった。

 ヴェルネリが手を上げて、騒ぎを止める。

 そして無言で、私に次の言葉を促す。


「皆さんは彼の所業を見てから判断されればよいと思います」


「つまりラヤラの娘は、その者とわれらの懸け橋になると申すのだな」


「はい」


『ラヤラの娘が騙されていたら、どうなるのだ!』


 当然の疑問がでる。


「そのときは……われらは再び姿を隠すまでのこと。

ラヤラの娘の言を信じて、彼の者の所業を見ればよかろう。

もともと人の子の手がこの地に届くのであれば、去るか隠れるかの違いであった。

もう一つ道があってもよかろう」


 ざわめきが収まって、ヴェルネリが続ける。


「その者の元に何時向かうのだ? ラヤラの娘よ」


「しばしの時が必要です……われわれにとっては一瞬ですが」


「よろしい。

時が至れば、森をでるがよい」


 どうやって、アルが来たか知るのか。

 それは、エルフの長格となれば自然と同調ができる。

 森の範囲内であれば、ある程度の様子が分かる。

 だから長から教えてもらえる。


 ふと、アルのことを思い出す。


(ラヤラの娘って、もし子供が2人以上いたらどう呼ぶ?)


 絶対聞かれるなと思い、懐かしくも笑ってしまう。

 エルフはめったに子供が生まれないから、ほぼ1人。

 たまにいても2人だから、上の娘とかで区別するのよ。

 と想像で会話してしまった。


 思ったより会いたい病が重症だったみたい。

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