第60話 閑話 ミルヴァ・ラヤラ 1
エルフは長命と言われている。
厳密にはそうではない…樹木のように、日々の変化がない場合は長命なのだ。
人間社会にでて、激動の日々を送ると寿命が縮む
「嵐にさらされ続ける木は、早く倒れる」
そんなエルフの諺もあるくらいだ。
樹木のように生きているのは、果たして生きていると言えるのだろうか。
概念的に、生死を私に語った人がいた。
「不本意な生き方を強要されるなら、それは私の観点では生きている……とは言わないのですよ。
大事にするからこそ、質にはこだわるのです」
すごく驚いた。
強い人なのだろうか。
でもその余りにも断定的な言い方に、強く反発を覚えたことも事実。
私のことを指摘されている気がして、不快にもなった。
このセリフを聞くまでは、優しい人なのだなと……漠然と思っていた。
一緒に旅をするようになったのも、深い意味があったのではない。
紳士的で困っている人は守ってくれるような、優しい人かなと。
使徒の子孫に手を出せない世間で、さも当然のように助けてくれたりした。
この人に頼れば安心して、目的地にいけると思っただけだ。
唐突に思い立って始めた1人の寂しくて、不安な旅だった。
でも同行を許可してくれてからは、すごく楽しくてにぎやかな旅になった。
旅で同行することになったシルヴァーナとは、すぐ女同士で仲良くなりヴァーナ、ミルと愛称で呼び合うようにもなった。
人目を避けて、ひっそり生きていたからすごく新鮮。
◆◇◆◇◆
一緒にお風呂に入ったときに、異性の話題がよくでる。
ヴァーナはそんな話が大好きだ。
使徒さま狙いと公言はしているが、恋話は大好き。
「童貞は36とか言っているけど、結構幼いのよねー」
その呼び名はどうかと思うけど、苦笑して同意のうなずきを返す。
ヴァーナはそこで、首をかしげた。
「逆にアルよ、すごい謎。
あれで16よ? 見える? 無理でしょ? 童貞と年齢が、逆でも違和感はないわよ」
「まあ……そうね。
アルはすごく落ち着いているわね」
「アルは人の心が読める……と思うときがあるわ」
「そうなの?」
「いろいろ知りたがるのだけどね。
それって、世界の仕組みとかに関してなんだよねー」
「まるで学者さんね」
「だって、最初に聞かれた話って魔力についてよ。
ドン引きしたわよ」
光景を想像して笑ってしまった。
「学者って童貞のように、デリカシーはなかったりするでしょ」
たしかにファビオさんは、女性に慣れてない子供って感じがしている。
「アルは不思議とね……プライベートで触れてほしくないことは、絶対踏み込んでこないのよ」
「不思議ね」
ヴァーナは笑って、肩をすくめた。
「そしたら、ついしゃべってしまうけどね」
そしてヴァーナは、急になにか思いついた顔になった。
「アタシは思うのだけどさ」
「なに?」
「アルとミルって、結構お似合いだと思うわよ」
「ちょ! ちょっと、いきなりなにを言い出すよ!」
「女の勘だけどね。
相性ってやつ」
さすがにびっくりした、そんな目で見たことがなかったから。
何か気恥ずかしくなったので、話をそらそう……。
「ヴァーナの方はどうなの? アルのことを気に入っているみたいだけど」
ヴァーナは珍しく複雑な表情で苦笑した。
「ん~嫌いではないわよ。
親が決めた婚約者なら素直に受け入れられるし、うまくやっていけるわね。
友達なら最高ね」
微妙な表現だ。
ヴァーナは少しだけ首をかしげて、から口を開いた。
「ただ異性として好きになる? と聞かれたら違うかな。
でも向こうから好きだと言われたらOKしちゃうし、きっと幸せになれると思う。
分かるかな?」
「ピンとは来ないけど、何となくは伝わるわ」
「アルに魅力がないわけじゃないのよ。
ただ……それが、独特過ぎてね。
特定の人を強烈に惹きつけるけど、それ以外の人にはそこまで響かない感じかなぁ」
ヴァーナは基本フリーダムで、勘は鋭く本能で判断するタイプ。
そんな魔法使いってどうなのと言われるが……そうなのだ。
的外れなことも言わない。
お酒を飲んでいなければ……だけど。
アルのことを思い返してみる。
印象を聞かれたら、特別に好意はない。
素敵な人ね……で終わる話だった。
まさに、ヴァーナの言っていた『好きだと言われたら、OKをしてしまう』そんな感じ。
200年近く生きてきても、特に経験を積んでいたわけでない。
ただ同じ日常の繰り返しだったから、中身は人間の少女と変わらない。
そこでいきなり異性のとして話を持ち出されると、変に意識してしまうようになった。
そんな中アルから私に聞きたいことがあると言われて、ちょっとドキっとした。
でも話の内容は全くそんな色気のある話でもなく、少し残念な気持ちがあった。
私や親族のことを聞いてきたが、何か確信を持って聞いているのが分かった。
本人は誤魔化していたけど。
警戒しかけたけど、そもそも敵ではないと思っていた。
使徒やその子孫に遠慮がない。
悪いことをしたら、使徒だろうと子孫だろうと悪い。
この世界で難しいことを、平然と言うだけでなくやってのける人なのだから。
この人になら、身の上話をしても良いかも自然と思えた。
ヴァーナが言っていた言葉の『つい話してしまったりする』って、これのことか。
無理強いされていたら、とても話す気にはならなかったろう。
ただ穏やかに、私の言葉を待っていた。
引き込まれるように話してしまった。
危険な話題で、教会や普通の人に聞かれたら消されるだろう。
でも、アルはそれがどうしたと言わんばかり。
さらに私を守ってくれるとも。
世界を敵に回しても、味方をしてくれる理由が全く分からなかった。
ひょっとして、私に好意を持ってくれているのか。
勝手に思ってしまったが、それだと納得できる。
でも、同じような人がいたら守ろうとするのではないか。
それは、それで悔しいと思う自分に気がついた。
うれしいような悔しいような、そんな感情の揺れに流されてちょっと泣けてきたのは内緒だ。
多分ばれているだろうけど、当然アルは気がつかないフリをしてくれていた。
◆◇◆◇◆
その日から、アルのことを、より意識するようになった。
でもそんな中の、突き放したようなセリフには違和感があった。
「でも反対も無理、それで生きていけますか?
不本意な生き方 でありませんか?
生きていて楽しいですか?」
と聞かれたときはショックだった。
隠れて生きてきた自分のことを否定されたようになって、好意を裏切られたような気さえした。
でもアルは、単純に他人を否定したりするタイプではない。
はっと思った……アルは、自分自身のことが嫌いなのではないだろうか。
その厳しい言い方は、アル自身にだけ向けられている気がする。
厳しいだけなら、人の聞かれたくないことを悟って配慮したりしない。
自分に厳しいから、安易に人の心に踏み込むことができないのだろう。
今までの言動を思い返すと、そう確信できた。
とても器用な人に見えたけど、結構不器用なところもあるみたい。
気がつくと……さっきの反発は消えていった。
「使徒という麻薬に頼らない人が生きていける、そんな世界を作りたいのですよ。
妥協なり納得している他人を巻き込む気はありません。
世界が嫌いだから一部をこじ開けて好きな世界を作りたい。
ちょっとくらい世界をもらっても良いでしょう。
世界に居場所がない人が笑って暮らせる場所があっても良いと思いますよ」
この言葉には、心底驚いた。
私のような人が生きていて、楽しい世界を作りたい。
自分のことは嫌いで、人の幸せのためになにかをしようとする。
そして、思ってしまった。
自分自身が嫌いで、人の幸せになにかをしようとする人。
そんな彼が、私のためになにかをしてくれるなら
私はアルを好きになって、アルのためになにかをしてあげたい。
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