第58話 三大欲求喪失疑惑

 周囲の啞然呆然を左右に従えて、町の開発をと言いたいところだが…。


 焼けた施設の修理、戦闘で壊れた施設の修理。

 つまり損壊したインフラの修復を行う。


 短期間でも戦闘後なので、騎士団の休養を最優先とする。

 視察などの護衛が必要なものは、最低限に抑えた。

 襲撃から数日間、そのあたりの調整に忙殺されていた。


 ゲームだったら、そのまま再出撃とか可能だが……あくまで人だ。

 非日常を経験したら、もとに戻るにはしばし時間がかかる。

 チャールズの部下は冷や飯食いだった。

 だから実戦は、かなり久しぶりのはずだ。

 慣れてくれば、このあたりは短縮できるだろう。

 だが、最初は慎重に配慮する必要がある。

  

 それ以外でも俺が忙殺されないようにしたいのだが。

 まだ統治機構の構築中である。


 俺の決裁を必要とする案件も、まだまだ多い。

 そんな中、キアラに返事をする手紙の内容を考えている。


 うーーーーん。

 頭をかきむしる。

 そうしたところで、手紙の話題は増えない。


 手紙の構成を、箇条書きでつらつらと書く。

 ・医者がほしい

 ・原住民が攻めてきた

 ・撃退した

 ・仲間にした


 仲間になるかは分からないが、多分大丈夫だろう。

 これからどうやって、話を膨らませようか。


 悩んでいると、護衛役のジュールがあきれた顔をした。


「ご主君。

信じられないほど賢明なのに……手紙一つで、そんなに悩むのですか?」


 分かっていないな。

 俺は肩をすくめた。


「これは一つ間違えば、大惨事になるのですよ……」


 マッチ1本火事のもと。

 手紙一通惨事のもと。

 君はキアラの危険さを知らなさすぎる。


 ジュールはせきばらいして、表情を改めた


「でも、ご主君が人間らしいところを見られて安心しました」


 俺は、人間として認識されていないのか?


「私は人間で、16歳の若造ですよ」


 笑って、首を振られた。


                  ◆◇◆◇◆


 俺が悩んでいると、酒瓶を片手に持ったチャールズがやってきた。


「ロッシ卿、今日は休むように厳命したはずですが?」


 チャールズは酒瓶を上げてウインクした。


「ちゃんと休んでおりますよ。

ご主君こそ休んだ方が良いのでは?」


「休みたいのですよ。

でも獣人が合流してくれたときのプランは、私が考える必要がありますからね」


 チャールズが、酒を1口飲んだ。


「まあ、それはそうでしょうがね」


「こっちに移住した瞬間に、行政の不手際を連発すると後々に響きます。

それは統治上マズいのですよ」


「でしょうなぁ」


「で……ロッシ卿は、なぜここに?」


 チャールズが気取ったそぶりをした。


「口説く女性もいなくて、どこにもいくところがないのでね。

暇つぶしにここに来てみましたよ」


 俺は、暇つぶしの相手なのか。


「ああ、女性ね……とはいえ、娼婦を呼ぶにはまだ早いですし」



「いえ。

商売女は、別にどうでも良いのですよ。

そのあたりは町が発展すれば、人も移住してくるでしょう。

そのときにでも楽しみますよ」


「ロッシ卿はそれで良くても……部下は大丈夫ですか?」


 チャールズとジュールは、一瞬顔を見合わせた。

 直後二人に爆笑された。


「騎士相手に商売女がいるかと聞く人は、初めて見ましたよ」


「騎士だって人間でしょう。

無視して済む話ではないですよ。

人間の三大欲求の一つですからね」


 チャールズとジュールにあきれたように見られた揚げ句、ため息をつかれた。


「「その欲求がなさそうな人が言いますかね」」


 ハモられた。


 いやいや……ちゃんとあるよ。

 ただ、その欲求を出している暇がないのですが。


「さすがにキアラに、娼婦の手配を頼むわけにもいかないですからね」


 チャールズが苦笑した。


「そのうち発展したら、商人も勝手に来るでしょう。

そのときに、話をすれば良いかと思いますな」


 そんな非生産的な話をしていると、先生がやってきた。


「おい、坊主。

お待ちかねの狼人が戻ってきたぞ」


「おっと、では会いにいきますか」


                  ◆◇◆◇◆


 ぞろぞろと男4人で外に出ると、くだんの狼人オラシオがいた。


「オラシオ殿、結果はどうですか?」


 オラシオが俺に一礼した。


「われわれ狼人族一同。

よろしく頼む」


「残りの人たちは?」


「今、こちらに荷物を持って向かっている」


 だとしたら放っておくのも良くないな。


「護衛を出しましょうか?」


「いや、明日には到着するので大丈夫だ」


「そうですか。

亡くなった方の葬儀は済ませてあります。

それについては彼らに聞いてください」


 と残っていた狼人を指した。


「承知した」


「あと、移住される上で代表者を決めてください。

移住後はいろいろ、問題や要望も出てくるでしょう。

そのあたりを取りまとめて伝えてほしいのです」


「長老はいるが、俺が代表となる」


「分かりました。

差し当たり受け入れ用に、人数を教えてください。

できるだけスムーズに、受け入れを行いますので」


 人数と内訳をオラシオから聞いた俺は、老人に女性と子供から優先で宿泊できるように、最初につくった小屋を宛がうことにした。

 受け入れ小屋に入ってもらって、その間に住宅をつくる。

 そんなパターンにしてある。

 まだコンクリートはできてないので、仮で木造にしてある。


 当然だがオラシオが戻ってきた段階で、捕虜は解放して自由の身とした。



 食事のあとオラシオも、代表者会議に出てもらう。

 唐突に移民官を新設して任命、今日から代表者会議に出てね。

 俺に笑顔で言われて、目を白黒させていた。

 今後の移民の処理は、丸投げだ!!! 受け入れられる側を経験すれば、今後の対応はスムーズにいくだろう。


「対等の扱いですら信じられないのに。

いきなり、俺が長老会議みたいなものに出て良いのか?」


 一応、説明がいるか。


「対等だからこそ、代表者を出す権利もあるのですよ。

違いますか?」


 チャールズが笑った。


「世界の常識は、ご主君の前では通じないからな。

諦めてくれ」

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