第57話 かくして手紙は簡素になる
無事チャールズが、防衛に成功してくれた。
怪我人が出たのは仕方ない。
殺し合いなんだしな。
重症の騎士の治療用に、病院の建設の優先度を上げるように指示した。
医者についてはキアラにお願いしよう。
翌日、捕虜を引見することになった。
襲撃隊のリーダーは、名前をオラシオ・エローラというらしい。
両手を縄で縛られている。
それでも背筋をピンと伸ばしていた。
負けてなお卑屈にならない。
そんな態度は結構好きだよ。
説得をするためには大事なことがある。
相手を侮辱しないように、細心の注意をする必要。
投降したのは、自分の命で部下の助命を請うつもりなのだろう。
死ぬ気でいる人は、地道に説得するしかないか。
オラシオは諦めた様に静かな様子だった。
「さて……。
貴方たちの襲撃は失敗したわけです。
戦力が低下したところを狙われるのは必然でしょう。
奥の部族からの攻撃を受けるのでないですか?」
答えは沈黙であった。
俺が話し続けるしかない。
「このままでは、貴方の集落は全滅すると思います」
オラシオが俺をにらみ付けた。
「何が言いたい!
俺たちを奴隷にでもしたいのか?
戦士としての名誉ある処遇とは、やはり偽りだったのか。
奴隷になるくらいなら死んだ方がマシだ!」
「名誉ある処遇に噓偽りはありません。
どうでしょうか。
一つ提案があるのですよ。
奴隷になんてしません」
俺をにらむことは止めたが、疑うような顔のままだ。
俺は友人を誘うような、軽い調子になるように意識する。
「貴方たち全員、我々の都市に移住しませんか?
そして上下関係なく同じ市民として迎えます。
つまり対等な仲間として迎え入れることを約束しますよ」
シーーーーン。
俺以外硬直。
この世界の常識外れなことをしている自覚はある。
俺は咳払いをして表情を改めた。
「どうでしょう?
これ以上の流血は無意味です。
それに貴方たちも全滅せずに済みますよ」
オラシオがまだ疑うような顔だ。
それでも敵対的な態度は若干和らいでいた。
「俺たちはおまえたちを攻撃した。
それなのに、なぜそんなことをいうのだ。
まるで何もなかったかのような提案だろう」
そもそも俺の考える前提が特殊だからなぁ。
俺は苦笑して肩を竦める。
「我々の存在に脅威を感じて攻撃してきたのでしょう。
別におかしなことではない。
そう思いますよ。
だからこそ合流を提案したのです」
自衛権は誰にでも認められるものだろう。
オラシオが硬直している。
頭が真っ白と言ったところか。
現実に戻ってきてもらおう。
「どうでしょうか?」
オラシオが混乱しつつも、首を振る。
「話がうますぎる。
信じられない……」
頭から疑わないが……。
迷っているように見えた。
俺は疑いを解くための説得モードになる。
ここ最近ずっとそうだが、しばらくはこのモードだなぁ。
「実は我々にもメリットはあるのです」
「何がだ?」
「まず労働力が足りないのですよ。
こちらに合流してもらえれば、労働力も増えます。
そして土地勘がない。
貴方たちの勢力圏の地理にも詳しくなる。
最後に最も切実な問題があります。
我々が貴方たちを全滅に追い込んだら、他の部族は脅威と思うでしょう。
大同団結して攻撃されてはたまらないのです。
貴方たちが合流してくれれば、他の部族は必ず敵視するとは限らないでしょう?」
オラシオはまだ迷っていた。
想像外の条件を出されて、頭の整理が追い付かない。
できるのは感情の話だけか。
オラシオは少し
不思議そうな顔をしている。
「我々が憎くはないのか?」
俺にとってそんなものは重要じゃない。
「いえ別に。
先ほど言ったとおり、貴方たちは当然のことをした。
こちらもそれに対抗した。
どちらも当然のことをしただけです。
勝敗が決まった以上、勝者の権利を行使する必要がないのですよ。
我々は征服者としてきたわけじゃありませんから。
戦った相手をとにかく憎んでいたらキリがありません」
勝った後で敗者をいたぶる気はない。
この考えは、オラシオにとってはすんなり理解できたようだ。
真剣な目で俺を見ていたが、意を決したようにうなずいた。
「俺ひとりでは決められない。
里に帰って、長老と相談しなければ」
いい感じで説得されてくれたか。
断る理由などない。
「貴方だけでも開放するので説得してもらってもいいですかね」
「そのかわりに残っている者たちの安全を保障してくれ」
「それは当然のことです。
私ことアルフレード・デッラ・スカラの名前にかけて保障します。
怪我人も治療しましょう」
オラシオは俺をどんな人間か見定めようとしているようだ。
真剣だがどこか探るような顔だ。
「死者の弔いは、独自の方法がある。
それを許してもらいたい」
「どんな方法ですか?
余り長く死体を放置するのはよろしくないでしょう」
オラシオは真顔でうなずく。
「火葬で灰を、壺に入れて弔うのだ」
日本と大して変わらないな。
人間社会では土葬が一般だ。
「では火葬して遺灰を壺におさめればいいのですかね」
オラシオが首を横に振った。
「壺は同族が作ったものでないと駄目だ。
一度でも違う壺に入れると、魂が迷って道から外れてしまう」
独特の慣習か。
可能な限り相手を尊重する必要がある。
ここでしくじると、開発で流血が増すばかりだ。
「では、壺作りから許可すればいいのですね。
そうなると……。
遺灰を壺におさめるのも同族でないといけないのでしょうね
では……すべての弔いは、捕虜の人たちにお任せしましょう。
貴方たちが納得できる方法でやってください。
必要な労働力があれば、我々が手伝います。
説得の成否に関わらずね」
オラシオが目を丸くしている。
「そうだが……。
許可してくれるのか?」
俺は真面目な顔をしてうなずいた。
部族の慣習が、法に触れないなら尊重するのは、当然の話だからな。
それぞれの風習を持ち寄って、共に暮らす。
部族の風習すら否定するほど、俺は偉くない。
それに見合う恩恵を与えられないのだ。
「ええ。
それで貴方たちの心に平穏が得られるなら。
戦士に相応しい名誉ある処遇を約束しましたからね」
オラシオは真剣な目で、こちらを見ていた。
そして深々と俺に頭を下げた。
「感謝する。
名誉ある処遇の言葉に間違いはないようだ。
正直にいうが……。
こんな人間がいるとは思ってもいなかった。
俺たちを下に見て馬鹿にしている、と聞いていたからな。
死んだ仲間たちの扱いを弔いと言ってくれるなんて……驚きだ」
用いる言葉の選択を間違ったらアウトだからな。
言い回しは慎重を期したさ。
俺以外が、全員口をそろえて言った。
『我々のご主君は特殊だぞ』
オラシオは今の話で、俺の態度が演技ではないと確信したようだ。
部下たちのレッテル張りは無視しよう。
「では貴方の縄を解きます。
里に帰りつくまでに、食料は必要ですか?」
「1日分だけもらえれば間に合う。
里の者も心配しているだろう。
だからできるだけ急いで戻りたい」
「では怪我をしていない人に、亡骸を弔ってもらいましょう。
すみませんが、監視だけはさせてもらいます」
オラシオはうなずいた。
「それは当然だ。
戻ったら一族を俺の命にかけて説得しよう」
「そうしてもらえると、私も助かります」
◆◇◆◇◆
オラシオが風のように去っていったのを見て、先生があきれた顔になった。
「坊主は皆を驚かせないと死ぬ病気にでも……かかっているのか?」
なんて不本意なレッテル張りだ。
「合理的だと思いません?」
先生が首を横に振る。
「いや……。
誰も、そんなこと想像もせんよ。
口では獣人たちとは対等だと言っても、大体の人間は獣人たちを低く見るからな。
完全に対等なのは冒険者くらいだ」
「では慣れてください。
ずっとこの道を行きますから。
敗者を排除も虐げもせず……同化していきます。
それでこそラヴェンナの開発に成功できるのですから」
チャールズは芝居がかった態度で一礼した。
「どの道を進もうと関係ありません。
ラヴェンナ騎士団は、ご主君に忠誠を尽くすだけです」
どうもこんな空気は苦手だ。
だからといって拒否するのはマイナスでしかない。
俺は頭をかいて苦笑することしかできなかった。
「まず負傷者の治療。
死者の弔いの手伝いを進めてください」
やることは山積みだな。
これでキアラへの手紙のボリュームなんて担保できんぞ。
許せマリオ。
ダイエットだと思ってくれ。
つまりこれは功徳なのだよ。
うん。
俺はいいことをしているな。
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