第56話 閑話 チャールズ・ロッシ 2

 俺の補佐として付き従っていてるロベルトが、この町の地図を広げる。


「ロッシ卿、襲撃はどこで止めますか?」


「獣人は身体能力が高いし、夜目が利く。

ムリに敵の有利なところで戦う必要はない。

柵の内側で迎撃する」


 ロベルトも同意見のようだ。

 力強くうなずいた。

 こと防衛に関しては、ロベルトは的確な判断と決断力を兼ね備えている

 今までそれを活かす機会がなかったので、忸怩たる思いであった。

 ここでなら、その才能を伸ばせるのではないか。

 そんな気がしている。


「どこの柵で迎撃しますか?」


「川上の方だな。

夜襲を仕掛けならそちらからだろう。

夜の暗がりに加えて、丘陵もあって見分けにくい」


「では、防備を固めますか?」


 できるなら短期決戦がいいだろう。

 騎士団以外は寄せ集めの集団だ。

 容易にパニックは伝染する。


 非戦闘員たちがおじけづいて帰りたがってはマズい。

 開発計画はいきなり暗礁に乗り上げてしまう。

 

 すべて任されたが故に、そこまでの配慮が求められるだろう。

 少なくとも胸を張って、あの領主……いや主君に合わせる顔がない。


「いや。

見た目は手薄にしろ。

俺たちが襲撃は、数日後にくると信じていると思わせる」


「殺到してきたらどうしますか?」


「ロベルトは内側の防衛をしろ。

俺は少数の別動隊を率いて、襲撃隊の後背を突く」


 久しぶりの実戦で、ロベルトに幾分緊張の色が見える。


「柵は最初に破らせますか?」


「そうだな。

多分こちらの交代時間も、偵察で分かっているだろう。

交代時間の手薄になるときを狙って、川下のどこかの施設に放火して陽動。

注意を川下に向けさせてから仕掛けてくる」


「消火はどうしますか?」


 すべて任されるとは各方面にも気を配らないといけない。

 これはこれで大変だな。

 だが……楽しい大変さだ。


「それは最低限でいい。

慌てたように見せかけろ」


「柵側の防衛はどうしますか」


「柵の内側にバリケードを用意して、敵が潜入したら一斉にかがり火を焚け。

あとは弓矢で、ハリネズミにしてやれ。

奇襲が見破られたと分かれば、向こうは撤退するだろう」


 ロベルトが怪訝な顔で肩をすくめた。


「そこまで知恵が回りますかね? 未開の現地民ですよ」


 少し前まで俺がもっていた疑問を口に出されて、つい苦笑してしまう。


「ヤツらも物事を考える力はある。

それにムダな損害を増せば、さらに奥に住んでいるヤツに襲撃される。

ヤツらの目的は、俺たちを追い出すことだからな」


「そんなものですかね」


 これも俺が口にしたことと同じだな。

 ご主君と襲撃について議論したときの言葉が頭に蘇る。


『固定観念とは、容易に溶けないから固定観念と言います。

なまじ硬いから安心して寄りかかってしまいますね。

客観的な根拠にもとづく固定観念ならいいでしょう。

ただの思い込みや偏見でつくられた固定観念など……邪魔でしかありません。

もし私がそれに囚われていたら、ロッシ卿を指名しませんよ』


 情けないことに、俺は返す言葉が思いつかなかった。


「なあロベルト。

俺たちの主君を考えてみろ。

あんなに器がデカいと噂の段階で知っていたか?」


 ロベルトはこの言葉だけで理解したのだろう。

 表情が真剣なものに変わる。


「はっ! たしかに甘く見るのは禁物ですね」


「ご主君は俺たちに命を預けてくれた。

それに値すると証明したいと思わないか?

そして連中は人間が狡いと思っている。

さらには獣人たちを内心馬鹿にしている、と知っている。

だからその裏を突こうとするだろう」


 ロベルトは妙に感心したような顔でうなずいた。


「まるで見てきたような感じですな」


「ああ。

これはご主君の受け売りさ。

事前の防衛について話したときになぁ。

現地民はそう考えるだろうと言っていたのさ」


「さすが160歳殿ですなぁ。

なぜそこまで、知恵があると思ったのでしょう」


 それも俺が口にしたことと同じだな。

 ご主君の答えは、言われれば当然の話だった。

 そのときは固定観念の怖さを思い知らされて、一瞬背筋が寒くなった。


 固定観念などくだらない、と馬鹿にしていた俺でさえ、知らずに囚われていたのだ。


「馬鹿なら斥候を放って、状況の確認を丁寧にしないだろうと言っていた」


 ロベルトは小さくため息をついた。

 反論などできないほど、単純な理屈だ。


「1600歳くらいにそのうち訂正されそうですね」


 少なくとも16歳の発想でないことはたしかだ。


「もっと行くかもしれんぞ。

ともかく準備を進めろ。

急げよ」


「はっ!」


                  ◆◇◆◇◆


 深夜、予想通りに風下で火の手があがる。

 慌てた演技をした少数が、消火に向かった。


 俺は夜が更ける前に移動をすませている。

 少数を率いて、姿を潜めていた。

 匂いを悟られないように、泥でカムフラージュまでしている。

 さらにはいつもの鎧姿ではなく、軽装備だ。


 これもご主君の知恵だな。

 通常の騎士は下馬などしないし、名誉を尊ぶからそんなことはしない。

 だか俺たちは結果を求める。

 それが信頼に応える道だ。

 案の定、町の方で騒ぎが起こっている。


「行くぞ」


 小声で部下に合図をする。

 俺たちは混乱している獣人の背後を突くべく駆け出した。


 結果はあっけないくらいのものだった。

 そもそも、奇襲が見破られると思ってない所に背後からの挟撃。


 攻撃部隊は80人程度だった。

 30人を討ち取り、20人程度が重傷を負った所で降伏勧告をした。

 戦士としての名誉ある待遇を保証するとも加えてだ。


 敵は降伏勧告とその内容に驚いたようだった。

 すでに勝負が決まっている。

 殲滅しようとして、窮鼠きゅうそ猫を噛むとなって、無用な被害を増すのは馬鹿馬鹿しい。


 こちらの死者はないが軽傷6名、重症2名だった。

 命のやりとりだ。

 使徒さまでもないかぎり、被害ゼロなんてありえない。

 上出来……というべきだろう。


 差し当たり混乱を避けるため、投降者は捕縛。

 怪我人は監視をつけつつの治療。

 死者は明るくなってから処置をしよう。


 ご主君に報告に参上したが……居眠りしていた。

 大物なのか間抜けなのか……判断に困るご主君だ。

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