第55話 閑話 チャールズ・ロッシ 1

 まったく予想外だった。


 変わったお坊ちゃんだと思っていたが、ここまで思い切った話ははじめてだ。

 おとぎ話の主人公にされた気分で居心地が悪い。


 俺はこの地方の騎士の家に生まれた。

 将来はこの領主の右腕になるように、周囲から嘱望されていたが……。

 だがその領主が、まるで駄目だった。


『卿に一任する』


 といった端から、口を出してひっかき回す。

 安全保障の費用をケチって、自分の好きな美術品につぎ込む。

 基本騎士団の運用には無関心。

 予算も馬鹿な理由で削りまくる。


『危険がないならムダだろう』


 聞いたときは、心底あきれた。

 おかげで装備ですら、欠損が出る始末。

 たまに気が向いたら視察にくる。

 視察と言っても……。

 詰め所の旗のデザインがどうの、と口を出していく。

 芸術家気取りだったようだ。


 士気は最低で、魔物も放置していた。


 それは、正しい表現ではないな。


『なんとかしろ』


 それが指示だ。

 ところが必要な装備などを要求しても、出し渋る。

 素手で魔物と戦えるわけがないだろう。

 結局、対応しきれず魔物があふれ、大きな被害を出した。

 そのときの言い訳がひどい。


『危機を騎士団から知らされていなかった』


 それは、ある意味事実だったろう。

 家宰は当主が馬鹿なのを、いいことに好き勝手にしていた。

 当主に都合がいいことを言い、部下などにも一見いい顔をする。

 裏では大事な報告を握りつぶしたりしていた。

 何か問題がおこると、保身に走る。


『部下が無能だった。

私の意図をくんでいなかった』


 そんな言い訳をする。

 馬鹿な当主は、それを信じて、周囲に言いふらす。


『わが家の騎士団は不甲斐ない』


 ある意味、この世の地獄だった。


 大失敗で改易されたときは、部下たちと、祝杯を挙げたものだ。

 ただ、そのせいで死ななくてもいい部下を失ったのも事実だった。

 騎士を辞めようとも思ったが……。

 俺が辞めると、部下が矢面に立たされる。

 とても不器用で真面目な連中だ。

 あいつらを見捨てることなどできなかった。


 後始末にデッラ・スカラ家が転封されてきた。

 あそこは大貴族で、騎士団もしっかりしている。

 だが前領主が、悪評を広めまくったおかげか……。

 こちらへの印象も最悪だった。

 悪評をそのまま信じようとはしなかったが、距離があったのは当然だろう。


 月日が経つたびに、その溝は広まっていった。


 そんな退屈で不快な日々を過ごしていると、未開拓領地の開発話が噂の主役になる。

 あんな未開の辺境なんぞ、誰も行きたがらないだろう。

 どのみち俺たちに関係ない、そう思っていた。


                  ◆◇◆◇◆


 だがある日、騎士団長エドモンド・ルスティコ卿に呼び出された。

 いよいよクビかと思いもしたが、俺にはどうしようもない。

 俺はいいが、部下たちが落胆するのはスッキリしない。


「何か御用でしょうか」


「未開拓地の開発計画は、ロッシ卿も知っているだろう」


 どうやらクビではないようだな。


「聞く気がなくても聞こえてきますな」


「その騎士団長として、卿が指名されている」


 冗談と思ったが、ルスティコ卿は真顔だった。


「冗談をいう趣味に目覚めたわけでは……なさそうですな。

その物好きな責任者はどなたですかな」


「アルフレードさまだ」


 ああ……あの変人の三男坊か。


「ご子息が私のような者をご指名とは」


 ルスティコ卿は静かにうなずいた。


「ああ。

正確には、『主流ではないが、部下の信望がある騎士』だ。

卿以外おらんだろう」


 思わず鼻で笑ってしまった。

 下劣な人物とは聞かないが、大貴族のボンボンだ。

 この手の人物は格好つけられる範囲でなら、格好をつけたがる。

 危機に相対すれば容易に馬脚を現すだろう。


「冷や飯食いを抜擢してアリバイ作りですかな。

われわれなら失敗しても、言い訳が立ちますからな」


 どうしても失礼な言い方になる。

 だが三男坊の道楽に付き合わされるなら、それくらいのことは言ってもいいだろう。

 こっちは命懸けになるのだからな。


 ところがルスティコ卿は、怒りもせず苦笑した。


「いや……。

本気で成功されるつもりのようだ。

言っておくが、ただの16歳の三男坊と思うと赤面する羽目になるぞ」


 この歴戦の勇者が赤面とは、少し興味が出てきた。


「ほう……。

多少は弁が立つのですかな。

16歳なら理想論などにも、熱が入るでしょうな」


 俺の皮肉に、ルスティコ卿の笑みが深くなった。


「会えばわかる。

16歳の識見ではない。

子供と思って、甘く見ない方がいい。

私も甘く見て相対したことを、今更恥じている」


「ふむ……。

16歳だと思っていなければ、さして問題はなしですかな」


 ルスティコ卿はその三男坊がよほど気に入ったのか、身を乗り出した。


「いや、それでも駄目だ。

われわれより視野が広い、度量も広い。

とにかく会ってみてくれ」


「承知しました。

では会って値踏みしますか」


 ルスティコ卿がめったにしないであろう悪戯っぽい表情をした。


「ああ、失礼な言い方だがね。

に思えるよ」


「それは楽しみですな」


                  ◆◇◆◇◆


 正直なところなめていた。

 こっちが試しに挑発しようが、まったく意に介さない。

 ことごとく、こっちの意図を外される。

 そして、ちょっとは期待していいかもしれないと思った。

 少なくとも、このままでいるよりは。


 面会の後に思わず苦笑してしまった。

 あれはたしかににしか見えない。


 と言えば使徒だ。

 だがあれは、強大な力を無邪気に振り回している子供だ。

 それ以上でも以下でもない。


 俺たちの主になったは、トコトン俺を驚かせにくる。

 いざ出発するときにも、俺に諫言してくれと頼んできた。

 『部下の諫言を好む……、度量の広い上司』のフリをするヤツは、腐るほどいる。

 むしろ、諫言を聞きたがるヤツは大体そうだ。

 実際すると不機嫌になる。

 そんなヤツは、顔に『諫言してほしい。 ただし、私の機嫌を損ねないように』と書いてある。

 話を聞くフリだけのクズがほとんどだ。


 この坊主は違う。

 本心から言っている。

 本当にのようだ。

 160歳とか揶揄されているが、そのくらいで見るとちょうどいいのも事実だ。


                  ◆◇◆◇◆


 そして今回の防衛を、丸投げだ。

 命の危険が迫っているのは知っているハズだ。

 それでもまったく迷いがない。

 ここまで俺を信頼することが理解不能だった。


 俺が騎士になってはじめての感情がわき上がってくる。

 騎士に対しての本当の評価基準は何か。


 忠誠心? 能力? いや違う。

 それは、主君が、命を預けてくれるかだ。


 それだけで、他の言葉は要らない。

 1000の美辞麗句、1000金の報酬どれにも及ばない。


 ガラにもなく、熱くなってしまった。

 だがこの坊主を守れなければ……。

 俺が今まで生きてきた意味は、まるでなかったことになる。


 そう思った。

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