第54話 多々益々弁ずは人による

 待ちかねていたエンジニアを含めた第2弾が、2カ月後に到着した。


 多少増加したが、貧困層12世帯60名。

 一般領民が約100名。


 エンジニアはルードヴィゴを、筆頭に32名。

 やはり使徒不況で仕事がないのは切実のようだ。

 飛びつく人が多かったらしい。

 未開の辺境でも食えないよりはマシと。

 もう一つは新しいことをはじめると聞いたのも、効果が大きかったらしい。


 あと分厚いキアラからの手紙が約70ページ……。

 俺は手紙を忘れて、ルードヴィゴに挨拶をする。


「ルードヴィゴ殿、お待ちしていました。

早速ですが……。

お渡ししてある都市の設計予定図を基に、建築に取り掛かりたいと思います」


 キアラに大まかな予定図を渡してある。

 事前にエンジニア集団への説明を頼んでいたのだ。

 ヒッポダモス方式で格子状の都市計画。

 公共建築物を核として、周囲にそれぞれ自分たちの家や商店などを建てていく形式。

 全部を俺が采配なんてムリだからな。

 支給する家は最低限になる。

 後々に立派な家が欲しくなれば、自前で建ててもらう。


 ルードヴィゴは力強くうなずいた。

 やる気に満ちているのは有り難い。

 意欲がないと、面従腹背か手抜きがまかり通る。

 それを持たせるのは俺の仕事だな。


「山の水源から水道を引き、下水は地下でしたね」


「ええ、そうです」


「あとは領主さまの邸宅を最優先で!」


 なにを言っているのだ。

 まだ他の建物すら満足にできていないのに……。


「別に後回しでいいですよ。

私はテント暮らしでも、一向に構いません」


「いいえ! 兄マリオから懇願されました……。

先に邸宅を作るようにと。

別人のように痩せていたことと、関係があると思われます。

あのせいで服装を一緒にしたら、私と変わりませんよ。

それでは気持ちが悪いのです」


 キアラ……自重しようよ。


「わかりました。

まずは最低限で……。

水道や公衆浴場、兵舎などを、できるだけ優先してください」


「承知しました。

それでコンクリートの材料ですが、この川の上流にあるのですか?」


「ええ。

なので上流の採掘場と、この町をつなぐ街道も必要です。

船で輸送も可能ですが……。

水運に関する技術は、まだないですからね。

採掘場も、町として最低限整備しないといけません」


 元々火山なら、運が良ければ温泉もある。


「やりたいことは山積みで、人手が足りませんね。

それはおいおい解決するとして……。

ご希望のドワーフはこの不況なので、簡単に集まりました」


「それは良かった。

何名ほど来てもらえそうですか」


 ルードヴィゴは途端に眉をひそめる。


「実は1から町を造ると聞いて、ものすごく食いつきが良かったのです」


 はぐらかされたのか? 違うな。

 話を逸らす気はないのだろうが……。


「それで人数は?」


「ええ……。

40名ほどです。

キアラさまに、こんなに大勢でいいのか、と伺いました。

すると『お兄さまなら、多ければ多いほどいいでしょう』と、許可を頂きました」


 ドワーフは基本的に一匹狼の職人気質が多いはずだ。

 それが40名か。

 心強いが、トラブルがおきないように気を使わないといかんな。

 多ければいいってものじゃない。


「そんなにですか」


 キアラよ……。

 ものには限度がだね……。

 多々益々弁ずなんて、俺は韓信じゃないぞ。

 これは早く呼ばないと、もっと送り付ける。

 そんな意思表示じゃないだろうな。


 ルードヴィゴは少し申し訳なさそうに、頭をかいた。


「次とその次の便で、こちらに到着します。

キアラさまが食料の追加を手配してくださるそうです」


 君は悪くない。

 なので恐縮する必要はないよ。


「わかりました」


 俺があっさり納得したので、ルードヴィゴは安堵あんどしたようだ。


「それと……。

是非にお願いしたいことがあります」


「何でしよう」


「キアラさまからのお手紙に、しっかり! 返事を! 書いて送ってほしい! 

そうマリオから泣きつかれています」


 やべぇ。

 物資の輸送の都度、手紙は送っている。

 だが……1ページとかだ。

 手紙かく暇がないのよ。

 そんな会話をしていると、いつになく真剣な表情のチャールズが駆け寄ってきた。


「領主さま、ちょっと騒動が起こりそうです」


 大体予想はつく。

 来るべき事態がやって来た。

 それだけのことだ。


「襲撃でもありそうですか?」


 町を作っていると、森にいる現地人に警戒される。

 そしてこちらを追い払いにかかってくる可能性がある。

 たしか獣人だったか…。

 チャールズは不敵な笑いを浮かべた。


「ご名答。

最近獣人の偵察が、広域かつ頻繁になっています。

先ほど今までより深く、こちら側を偵察していきました。

早ければ……。

今晩以降の近いうちに、夜襲を仕掛けてくるかと」


 それなら俺のやるべきことは一つだ。


「では……住民の避難、行政の対応指示。

騎士団の運用を含めて、防衛を一任します」


 俺からの指令に、怪訝な顔のチャールズ。

 眉をひそめている。


「細かい指示とかはないので?」


 そんな未来の襲撃で細かい指示なんてできるか。

 すべて任せるために、反骨心が強くて誇り高い人選をしたのだ。

 過去の経験から疑心暗鬼になるのは仕方ないがな。


「騎士団のことはロッシ卿が、私より知っているでしょう。

戦いに関して私は素人です。

素人が余計な口出ししても、いいことはないですよ。

まだ行政組織らしいものもないから、一任しても支障ないでしょう。

余計な損害が増すだけです」


 事前に襲撃については、チャールズと意見交換をしてある。

 それ以上は必要ないだろう。

 俺はチャールズの足を引っ張らないことだけを考えればいい。


「それはそうなのですがね。

本当によろしいのですかね?」


 こんな問答で、時間をつぶしたくなかった。


「では……。

チャールズ・ロッシ卿。

責任は私が取ります。

卿に都市防衛、反撃を含めた領内軍事の最高指揮権を与えます」


 チャールズはこちらの意図をくみ取って、真剣な表情になった。


「指揮権、謹んでお受けいたします。

領主さまは安全な所に、退避をお願いします。

おい! ダヴォーリオ!」


 常に黙って後ろにいるから、たまに存在を忘れるジュールが前にでてきた。

 直立不動の姿勢だ。


「はっ!」


「領主さまを頼むぞ! 俺は迎撃の準備をする」


「お任せください!」


 このあたりのキビキビした動きは、さすが歴戦の騎士だ。

 ジュールが感心している俺に一礼した。


「領主さま、こちらに」


 俺は女性と子供用に、最初に建てた大きな建物に連れていかれる。

 緊急時の避難所だ。

 女性と子供用なので、頑丈な作りになっている。


 移動中ジュールは何か話したそうな顔で俺をチラ見する。

 基本、目上に目下から話しかけてはいけない。

 辺境でそんなにお行儀良く振る舞う余裕などないだろう。

 これは変えていかないとなぁ……。


「どうしましたか?」


「指揮権をすべて委譲するなんてのは……。

とぎ話でしか私は、聞いたことがないのですよ。

相手が使徒さまだったら、多々ありましたが」


「そうなのですか?」


「ええ。

部分的がほとんどでしょう。

住民の退避は誰、防衛は誰って感じです。

反撃まで含めてすべてをひとりに与えたのは、見たことも聞いたこともありません」


 そんな危機なんて滅多にないからなぁ。

 だがここは辺境だ。

 命の保証なんてない。

 それに俺たちは、招かれざる客にすぎないからな。


「与えた方が効率的では?」


「完璧な使徒さまでなく、不完全な人ですからね。

そこまで思い切った人は、見たことがありません」


 完全な相手に権限委譲なんて馬鹿でもできる。

 不完全なことは当然なのだ。

 俺はそれをどう見極めるか。

 それだけの話だ。


「優秀なふたりにそれぞれ指揮権を与えるより、凡人ひとりに与えた方がいいですよ。

なによりロッシ卿は有能です。

任せるのが最善でしょう?」


 思いっきりナポレオンのセリフをパクる。

 俺の素っ気ない言葉に、ジュールは少し笑った。


「与えられた本人が、最も驚いていると思いますよ。

昔に前の領主に仕えていたときは、口を挟まれまくって大失敗。

任せると人前では格好をつけますが、裏で色々と口をはさんできました。

結果は大失敗。

おまけに領主は改易ですからね」


 ジュールがこんなに話すとは、実に珍しい。

 興奮しているのか。


「私は変なことをしている自覚はないのですがね。

最善の手を選んだだけです。

私が口を出していい結果が得られるなら……当然任せません。

とはいえ、最初にロッシ卿を採用したときから、私の命は預けてありますから」


「それが騎士としては、どれだけ歓喜に値することか。

すみません。

私の感情が高ぶって、つい……しゃべり過ぎてしまいました」


 ジュールがいつも真面目で、感情を表に出さない。

 だが話しているうちに感極まったのか、目に光るものがあった。

 改めて真顔で俺に一礼する。


「私も命を懸けてお仕えする主君に、ようやく出会えた喜びを抑えきれません」


 大げさな表現だよ。

 それでも本気なのだろうな。

 どんどん俺の責任が重くなっていく。

 気のせいじゃない。

 結構……胃が痛いな。


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