第53話 騎士団の名は

 町の基盤作りが、軌道に乗りはじめたある日のことだった。

 チャールズが視察中の俺を見つけ、駆け寄ってきた。

 何か緊急の話かと思いきや、騎士団の名前を決めてくれとのこと。


「騎士団の名前ですか?」


「騎士団の名前を付けてほしいと、部下から要望がありましてね。

仲間意識も高まるし、私もいいと思うのですよ」


「なら好きなように決めてください」


 チャールズは俺の返事がお気に召さなかったのか、皮肉な笑いを浮かべる。


「そうはいきません。

騎士団に関して、領主が無関心では困りますなぁ」


「無関心ではありません。

そうだ! 住民全員にアンケートを採っては?」


「子供にもですかな?」


「ええ。

案外いい名前を思いつくかもしれません。

何より皆の騎士団って感じでいいでしょう」


「なるほど……承知しました。

ですがねぇ……」


「何か?」


 チャールズは心底勘弁してくれと言った顔になった。


「みんなの騎士団みたいな名前はいただけないですな。

ただの自警団みたいじゃないですか」


「そ、そうですね」


 もしかして、俺がそんな名前にすると疑われている?

 一転してチャールズは真面目な顔になった。


「あと、ちょっと将来的な話なのですがね」


「何か懸念でも?」


「今の人数では、この開拓地をカバーできませんな。

少なくとも1000人くらいに増やさないと不足するでしょう」


 従卒を含めると4000人か。

 騎士のような育成に時間の掛かる常備軍を、俺は想定していない。

 そして永続的な軍事力としての指標がある。


「ああ。

騎士はある程度増やします。

指針としては軍事の人員は、総人口の100分の1程度必要だと思います」


 チャールズが眉をひそめた。


「そうしたら総人口10万人ですか? 途方もない話ですな」


 俺は悪戯を企む悪ガキのような顔をする。


「今後市民にも軍事訓練を施して、防衛程度はできるようにしようと思っています。

それなら騎士が1000人いなくても足りるでしょう」


 さすがのチャールズも驚いたようだ。


「正気ですか?」


 この世界の常識は、武器を持って戦うのは騎士の仕事。

 領民は武器など持ってはいけないのが常識だ。


「私がなぜいつも『皆の町で、あなたたちは市民です』と言っているかです」


 搾取されるだけなら、武器を持って戦えと言われても戦わない。

 かえって反抗するだろう。

 だが自分の町や家族を守る理由であれば、条件は異なる。


 そしてもう1点。

 簡単に騎士団を使って、暴徒を鎮圧という手段が取れなくなる。

 政治をする側も一種の緊張感を持って、運用に当たることだ。

 ムリな要求を掲げて、民衆が蜂起なんてこともある。

 その率を下げるために伝統を作っていくつもりである。

 加えて、人民を政治に参加させる。

 それによって暴動以外の手段でも、目的を達成できるようにすればいい。

 誰が好きこのんで暴力に訴えるのだ。

 そんなヤツもいるが、政治の側で見過ごさなければいい。


 共産主義や左翼、リベラルなどは、暴力革命のような傾向が強い。

 自分たちだけは自由を享受して反対する相手に、一切の自由を認めない連中だ。

 そんなヤツらは、とかく暴力や脅迫に訴える。


 幸いこの世界は、まだ中世で資本主義もない。

 マルクスやレーニンのようなヤツが生まれるとしても……。

 ずっとあとの話さ。

 今は、そこまでの考慮は不要だろう。


「ふーむ。

アルフレードさまには、既存の常識は通じないですな。

なるほど、それで新規開拓地ですか…。

狙いが深いですな」


 俺はチャールズに教師のような顔でうなずく。


「新たな土地で、伝統もありません。

だから邪魔になる、従来の常識は捨てられます。

あと私は16歳ですからね!」


 俺の念押しに、チャールズはあきれた顔を隠さなかった。


「こだわりますなぁ……」


 こだわるだろ!


                  ◆◇◆◇◆


後日、集まったアンケートをいつもの開発本部で精査することになった。


「このアルフレード騎士団って何です?」


 思わず聞いた。

 チャールズが、さも当然といった顔をする。


「そりゃアルフレードさまを尊敬して付けたのでしょう」


「却下。

他にアルフレードさんがいたら、どうするのですか」


 俺の名前を永久欠番にするなんてやめてくれよ。


「160騎士団って何ですか?」


 チャールズがウインクした。


「ああ、それは領主さまの実年齢ですな」


 俺は16歳だ!


「却下。

私が17歳になったら、どうするのですか」


 毎年、名前を変えるのかよ。


「辺境騎士団? これも却下。

いずれここを世界の中心にしてやりますよ」


 なぜか皆が笑いだした。

 チャールズが、妙に感心した顔になっている。


「はじめて領主さまが16歳らしいことを言いましたな」


 余計なお世話だ。


「最強騎士団? 何と比べて最強なのだ……却下。

新生騎士団? 100年後になったらちょっと恥ずかしいから却下」


 チャールズが今度はあきれ顔になった。


「アルフレードさま。

なかなか……我が儘ですな」


 いいのがないのだよ!

 そんな中1枚の紙が、俺の目にとまった。


「ラヴェンナ騎士団?」


 チャールズが、何かを思い出す顔になった。


「ここの地名がそうでしたな」


「これでいいのでは?」


 先生が眉をひそめる。


「安直すぎないか?」


「なら童貞騎士団にします?」


 先生が俺を指さした。


「おまえは喪女シルヴァーナか!」


 茶番のようなやりとりに、チャールズは首を振った。


「私はそんな青臭くないですがね。

まぁ……ラヴェンナ騎士団でいいと思いますな。

安直でも実績を積んでいけば安直でなくなるでしょう」


 俺は結構面倒になっていたので、黙ってうなずいた。


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