第52話 顧問とは便利屋の事である
開発予定地に着いた。
立地的には、ロンドンのそれに近い。
島ではないがね。
まずは騎士団に周囲を調査してもらう。
領民の一部は、湾と港の水深を調査。
将来的に港湾をつくるからな。
そのときの大事なデータだ。
エンジニア団の到着前にできるだけ、現地調査と地図を最新のものに変更したい。
未開拓地なので地図は相当古いからなぁ。
今後の開発には、正確な情報が欠かせない。
平原は余りなく、すぐに森林が広がっている。
現地民の襲撃は当然予想されるので、騎士団に警護させて森林伐採を行う。
やること山積みで、トータルの指示を出すのは俺ひとり。
投げられる仕事は投げたい。
◆◇◆◇◆
臨時の開発本部としてテントを張ってもらった。
そこに先生を呼んでもらった。
先生は嫌な顔をしている。
ロクなことがないと思っているのだろう。
正解だよ。
「先生。
湾の水深調査の指揮をお願いします」
「マジか」
「そりゃ先生は、魔法が使えますからね。
水深調査中に事故があったときに、すばやく救助できますからね。
あと漁の経験がある人を募って、漁の準備をお願いします」
「お、おぅ……」
「食糧の確保が必要ですからね。
とれた魚介類は、船でこちらに輸送をするように手配してください」
先生は少し怪訝な顔をする。
「町はもうちょっと、奥につくると聞いていたぞ?」
プランなどは説明済みだからな。
ここは町の範囲内だが中心ではない。
「まず川沿いであるここに、宿営地をつくります。
町は開墾をした平地につくりますので、エンジニアの到着まで保留です」
先生が警戒しだした。
露骨に後ずさりをする。
「言っておくからな!!! 宿営地はつくらんぞ!」
「それはメルキオルリ卿に指揮を頼みます。
ロッシ卿は周辺の地域調査にでていますからね」
「その宿営地を、当面の拠点にするのか」
「ええ。
最初はテントです。
まず女性と子供のために、小屋をつくっておきたいですからね。
時は金なり、キリキリ働いてください」
先生が無表情になった。
「顧問……とは?」
「便利屋のことですよ」
先生は恨めしい目をしながら、ぶつぶつ言っている。
「だから来たくなかったんだよ……」
俺は聞こえないフリをする。
しばらくすると諦めたようだ。
漁ができる人を募って、湾にむかっていった。
◆◇◆◇◆
次にロベルトを呼んでもらった。
「メルキオルリ卿。
こんな感じで、宿営地の設置をお願いします」
事前に作成していた宿営地の設計図を渡した。
「はっ!」
騎士はテントを張ったりするが、宿営地といった概念がなかったから面食らっていた。
もろもろ理由を説明したら納得してくれた。
移動中に手順を説明しておいたので、すぐに動きはじめてくれる。
チャールズを説得して納得してくれていないと、こうはいかない。
やる気は大事なのだよ。
◆◇◆◇◆
今回は大型船2隻でラヴェンナにやって来た。
騎士団の半分以上は別の船。
領民たちと俺は同じ船にしてもらった。
当然理由があってのことだ。
各部門に仕事を分けて、リーダー役を領民から選ぶため。
船の中で全員と話し、適性を見定めておいた。
仕事の分類は農業、土木工事、狩猟の管理者、漁や水深調査、港湾系になる。
リーダーはそれぞれの管理者としてだ。
今は人数が少ないので、余り意味はない。
後続が到着次第、意味がでてくる。
貧民層の方もリーダー役として1名。
貧民は貧民で、ちょっと独自の集団になっている。
あと数が多いから、そこからリーダーを選ぶのがいい。
自信が付いてきたら、管理範囲を広げていく。
男たちが作業にでている間、留守を預かる女性たちのリーダーを1名選出。
ささっと決めて、仕事をひたすらぶん投げられるようにした。
女性は今のところ、料理、宿営地のテント設置などを任せる。
子供は、遠くにいかなければいいので、当面は遊んでいてもらう。
仕事を任せるとかもありはするのだが……。
新しく組織をつくったばかりで、皆が手探りとなっている。
だから子供のような不確定要素は除いておきたい。
ざっくりした役割は、こんな感じ。
あくまで最初の暫定だが、今後の組織編成の起点として決定する。
領主……俺
顧問……ファビオ・ヴィスコンティ
軍務官……チャールズ・ロッシ
軍務副官……ロベルト・メルキオルリ(軍事の副官)
農林官……ウンベルト・オレンゴ(農業、土木工事と、狩猟の管理者)
水産官……ジョゼフ・パオリ(漁や水深調査、港湾系の管理者)
民生官……ラボ・ヴィッラーニ(貧民層の代表、蔑称のような役職名は駄目なので、無難な名前にした。将来は、領民全般の管理を任せる)
民生副官……エマヌエーラ・ヴィッラーニ(留守を統括する女性のリーダー、役職範囲が不明確なので副をつけてごまかす)
領民や貧民が官とか言われて、目が点になっていたが押し切った。
仕事を分けないと俺が死ぬ。
俺はジュールを伴い、各地の作業を視察してまわる。
何か問題があれば、その場で対応をするためだ。
手探りだから、俺への質問が殺到する。
暇ではまったくない。
◆◇◆◇◆
目のまわるような仕事をしていると、いつの間にか夕刻になった。
そして食事となる。
食事を終えると、各代表者を仮組みの開発本部に集める。
そこ作業の状態や、問題点の確認をする。
転生前はミーティングなど大嫌いだった。
ムダに時間ばかり浪費して意味がなかったからだ。
ここではしないとマズい。
やるからには簡潔に目標を決める。
そこで俺は、まず会議の意義を説明することにした。
「今日からラヴェンナ地方の開発がスタートします。
各自から今日の作業状況の報告。
問題点や要望などありましたら、それも合わせて報告をお願いします。
まず顧問の先生から」
先生がうなずいて、手元の紙に目をやった。
「水深は、結構深い。
ある程度までの大型船にも耐えられそうだな。
ただ一部しか見ていないので、どこかに座礁するポイントがあるかもしれない。
引き続き調査を続ける」
俺が事前に渡した地図に水深を記載する。
地図は湾全体を含んだ、大きなものだ。
浅いところがあれば、個別に記載することになっている。
「漁については、水産官に説明してもらうのでここではしない。
次に、ぜひ酒が欲しい。
以上だ」
出席者から笑いがでる。
「酒は……。
民生副官の許可をもらってください。
では軍務官のロッシ卿」
チャールズが腕組みしたままうなずいた。
「近場の地形の把握は、ある程度できました。
遠出はまだ余力がないと難しいですな。
周囲を探った結果、一番近い現地人の集落は獣人のようですな。
一度だけ獣人を発見しましたので。
当面は警護とムリのない範囲で、地図を修正しましょう。
以上ですな」
「では、軍務副官のメルキオルリ卿」
ロベルトが背筋を伸ばして一同を見渡す。
「宿営地はできましたが、まだテントのみです。
女性と子供が入れる建物は、明日から取り掛かります。
ですが伐採と製材が、まだ始まったばかりです。
明日以降……そちらが不足する可能性は大きいでしょう。
状況次第では伐採と製材に、人員をまわそうと考えています。
以上です」
「では、農林官のオレンゴ殿」
ウンベルトがビクビクしていた。
「は、はい。
まだはじめたばかりですので…」
俺は思わず苦笑してしまう。
「硬くならないでください。
それに、実現が不可能な要求なんてする気はありませんよ。
報告で処罰なんてしません」
「は……はい。
今は伐採と開墾を最優先しています。
製材と農作業までは、手がまわっていません。
以上です」
俺は、できるだけ優しくなるように言葉を選ぶ必要がある。
「具体的な進捗が必要だったら、明確にいつまでどれだけを指定しますよ」
あらためて言っておかないと駄目だな。
「われわれは、町をつくろうとする仲間だと思っていますよ。
まだできていませんが、皆さんは市民です。
奴隷でも何でもありません。
では、水産官のパオリ殿」
人民や貧民層の代表は、目を丸くして固まっている。
だが少し、硬さがとれたようだ。
ジョゼフちょっとだけ落ち着いた感じだ。
「は……はい。
まだ漁場が見つかっていないので、明日も調査を続けたいと思います。
以上です」
「では、民生官のヴィッラーニ殿」
ラボはカチコチだった。
硬くなるな、と言ってもムリなのだ。
大貴族の子息と貧民が、同じ席に着いているのだからな。
「は、は、はい」
1歩後退……。
根気よくやるか。
「どうぞ続けて」
「は……はい。
今のところ、食事もちゃんと頂いていますし、問題はありません。
申し訳ありませんが、まだ人手が足りません」
「ああ……人手不足は、私の責任です。
あなたの責任ではありませんよ。
次の人員がくるまでは、調整を引き続きお願いします。
では、民生副官のヴィッラーニ夫人」
エマヌエーラも、少し緊張しているが落ち着いた顔だ。
こんなとき女性は、結構度胸があるからな。
「は……はい。
今のところ、食料の貯蓄も十分あります。
洗濯場所と排泄場を、はっきり決めていただければと思います」
「ああ、そうですね。
では明日にでも決めてしまいましょう」
「あと……。
お酒ですが皆さん、どれだけの量を飲まれるか……わかりません。
なので何とも……」
俺は過去の試練を思い出して、遠い目をした。
「ですねぇ。
あればあるだけ飲んでしまいますから。
先生。
現在の貯蓄量と次の物資到着日数から……。
ひとり当たりの酒量の計算しておいてください」
「お、おい」
「それまでは、酒は出せません」
先生は思いっきり焦りだす。
「おおぃぃぃぃぃ!! わ、分かったよ……。
最優先で出す」
「今日お願いした作業は遅滞ないように」
「鬼かおまえは!!」
俺は余計な仕事などしない。
飲みたいヤツが頑張るべきだ。
異論は認めない。
こんな茶番でも、少し皆の難さがとれたようだ。
良かったとすべきだろうな。
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