第51話 自己冷却機能は未実装

 ちょっと遠いのだが、港町ブリンディシからの出発となった。

 輸送に適した整備がされている。現在のところ一番近い港町。

 キアラが見送ると言い張って、親族では唯一の見送りである。

 どこかで歯止めをかけないと、風呂にまで入ってきかねないな。

 早めにミルと合流すべきか。


 キアラは未練たっぷりの表情だ。


「お兄さま。

お手紙を絶対にくださいね。

私も頑張って、港町をつくって支援しますわ」


「あーあれだ……。

頑張りすぎると、マリオを量産することになる。

部下の健康もちゃんと配慮してくれよ」


 港はすぐできた。

 代わりに大量の生ける屍リビンドデッドが量産されても困る。


「わかりました。

お兄さまの評判を落とすようなことはしませんわ」


 出港準備が完了したので乗り込もうとするが、キアラが俺の服をつかんで離さない。

 困ったな。

 俺に依存してしまっているしなぁ。

 そうなった原因の一端は、俺自身にある。


 俺が結婚したら落ち着いてくれる……よな。

 船から早く乗れよ、と催促の視線を感じ、板挟み状態。


 ええい、ままよ。

 最終手段。

 キアラの頰にキスをする。


「じゃ行ってくるよ」


 そう言いつつ優しく手を解く。

 予想通りキアラは顔を真っ赤にして硬直。

 手を振って船に乗り込むが、キアラが硬直したまま。

 ちょっと……刺激が強すぎたか。

 転生前のアメリカとかでは、別に特別なことでもないだろう。

 変なことはしていない……はず。


 周りからは冷やかしの口笛。

 いや兄妹なのだが???


 先生が冷やかす。


「妹にも手を出すのか? ボウズは節操がなさすぎだろ」


 チャールズはあきれたようにフンと鼻を鳴らす。


「ヴィスコンティ博士。あれはただの親愛の挨拶ですよ。

もしかして女性と接した経験がないので?」


 先生は露骨に慌てふためく。

 図星だからな。


「ど、どうでもいいだろ!」


 このチャールズ・ロッシという御仁。

 実は女性と浮名を流しまくっているモテ男である。

 騎士にあるまじき、と非難されてもどこ吹く風。

 冷や飯を食わされている理由の一端である。

 だからといって改めない。


『どうせ行動をあらためても、別の難癖を持ち出されるのは明白だ。

それなら俺だけでも満足を得るべきだろう』


 と部下に言い放ったらしい。

 俺はその言葉に正しさを認め、非難する気にはなれなかった。

 関係がこじれるとそうなるものだ。

 チャールズが皮肉な笑みから真顔になる。


「アルフレードさま。

私の副官と、アルフレードさま直属の護衛を紹介します」


 後ろに控えていたふたりの騎士が前に出てきた。

 片方はいかにも堅物といった感じの騎士。

 堅物でない騎士の方が珍しいけどな。

 銀髪でダークブルーの瞳。

 結構なイケメンだと思う。


「ロッシ卿の副官を拝命しておりますロベルト・メルキオルリです。

以後よしなに」


 俺は笑顔で手を差し出す。

 ロベルトも一瞬面食らったが、慌てて手を差し出してきた。

 握手をしたが、やはりゴツゴツした手だな。

 冷や飯を食っていても鍛錬はかかさない、といったところか。


 俺好みのタイプだな。

 そんな不遇でも折れない人は大好きだ。

 ぜひ活躍の場をつくってやりたい。

 世の中すべての正しい努力が報われる、とは限らない。

 それでも俺の目の届く範囲では、そうなるようにしたいと思っている。


「よろしくお願いします」


 チャールズが握手を少々驚いた目で見ている。

 まあいちいち握手する領主なんていない。

 だが冷や飯を食っていた連中だ。

 こちらから大きく歩み寄っている、そんな姿勢だけでも見せるべきだろう。

 何事も最初が肝心というではないか。


 すぐ俺の視線に気がついて真顔になる。


「私が不在のときはロベルトにご指示、質問をお願いします。

どちらかはアルフレードさまの近くに控えるようにします」


 もう片方はがっしりした体格の、いかにも猛者といった感じの騎士。

 短く切った茶色の髪に、茶色の瞳。

 日焼けした肌で、温和な印象を受ける。


「アルフレードさまの護衛を拝命しました。

ジュール・ダヴォーリオです」


 俺は笑って手を差し出す。

 ジュールは照れ笑いを浮かべながら、すぐに手を差し出してきた。

 笑顔で握手をする。

 これまた力強い。


「可能なかぎり護衛しやすいようにしますよ。

よろしくお願いします」


 チャールズが、ニヤリと笑って補足した。


「ジュールは見た目だけでなく護衛としての資格も十分ですよ。

10回戦えば、私から1度は1本取れます」


 チャールズを間接的に指名した理由の一つ、戦闘ではスカラ家随一だと見ている。

 騎士としては技量だけでなく、忠誠心と素行が問われる。

 それもあって傍流止まりとなっていた。


 騎士に従卒が必ずつく。

 傍流だったときは、騎士ふたりにつき従卒ひとりだった。

 今回の配置変えに伴い、最前線に異動する形だ。

 騎士ひとりにつき、従卒3人となっている。

 これはエドモンドに、好感を持ってもらえたことも大きい。

 騎士団で従卒の人数に疑問の声があがった。

 それをエドモンドが鶴の一声で押さえ込んでくれたわけだ。

 人の好感は馬鹿にならないものだよ。


 第1陣での人数は

 チャールズをトップとした騎士の人数は30名、従卒90名のトータル120名。

 貧困層40世帯、172名。

 一般領民が89名。

 俺と先生で、総計386名。


 大勢の人の運命を握るか。

 ちょっとした会社規模だ。

 転生前では考えられなかったな。


 考えすぎると胃に穴が開きそうだ。

 だが、立ち止まることもできない。

 神は俺に力を使わせに来るだろう。

 あの問答からしてそうだ。

 最悪、新しく使徒を降ろして俺にぶつけてくる可能性だってある。

 どれだけ猶予があるかわからないが、寄り道をしている暇はないだろうな。


 それまでに自分たちで考えて、生き方を決められる……。

 つまりは彼らの社会をつくってあげたい。


 最悪のケースで力を使う羽目になったら……。

 俺はどこかに消えればいいだけだ。

 正直そこまでするとは思えないがな。

 ただ……最悪の時の備えだけはしておこう。

 神とやらは、はたしてどんな手で来るのやら。

 

 それは追々考えよう。

 俺は先生とチャールズに向き直った。


「今回の領地開発にあたって、おふたりにお願いしたいことがあります」


 チャールズは少し探るような顔でアゴに手を当てる。


「ほう。

一体何ですかな」


 疑う目をする先生。


「ボウズの要望かよ。

ロクな話ではなさそうだ」


「私に対して、遠慮なく意見してほしいのですよ。

それで処罰なり冷遇するなど、決してしません」


 チャールズは興味深そうな顔になった。


「ほう……。

それはまたなぜですかな?」


「多分……。

いえ確実に、今後の判断で私は多くを間違えると思います。

好きこのんで間違える気はありませんが……。

不完全な人なのでどうしようもありません。

そして後になればなるほど、私に諫言するのは難しくなります。

実績を積んでくると、誰しもが意見など言えなくなりますから」


 チャールズは皮肉めいた顔でうなずいた。


「でしょうな。

ただ……。

そう求める人は大勢居ます。

その本心は自分の機嫌を損ねないような……。

都合の良い忠告ばかり望みますな」


「曖昧な言葉やご機嫌を伺うような言葉では、相手に届きません。

場面によっては、言いすぎるくらい過激になるのでしょう。

届かない諫言など時間のムダです。

なので忖度そんたくです」


 チャールズの笑みが深くなる。


「ほほぅ……。

それはそれは」


 今後この言葉が、噓か誠か見定める。

 と言外に言っているのだろう。

 一応先生にも言っておくか。


「先生は私との付き合いが長いので、遠慮はないでしょう。

大事な点ですが……。

女性が絡まないかぎり、識見は期待できます」


 先生の頰が引きる。


「おいボウズ……」


「ロッシ卿はもともと遠慮などしないでしょう。

でも私からの指示なので、周囲の反発を抑えられます。

どのような言い方だとしてもですよ」


 チャールズは少し感心した顔でうなずいた。


「そこまで気を使われますか。

やはり16歳ではありませんな」


 もう慣れてきた。

 諫言してくれる人は絶対に必要だ。

 俺は自分の判断力に、そこまで幻想を抱いていない。

 太宗李世民ですら諫言してくれる家臣を欲していた。

 いわんや俺程度ではな。

 諫言は耳に痛いが、頭を冷やすのに必要だ。


 自己冷却機能を持っている人間など、そういないのだ。


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