第50話 一番先に拘る女
キアラが、不満げな顔を俺に近づける。
「お兄さま。
1カ月で出発とは早過ぎませんか?
物資とかの集積とか人の異動とか……。
どう考えても、1年くらいかかりますわよ」
そんなすべてが揃うまで待っていたら、ムダが多すぎる。
「すべてが揃ってから移動する気はないよ」
「つまり、ある程度細かな集団で移動させるのですか?」
俺は笑顔で身を乗り出した。
「そこでだ。
キアラがこっちにいて、後続の手配をしてほしいのさ。
この仕事は、俺のことを1番理解しているキアラにしか頼めない」
キアラは、嬉しそうな顔をするが。
即座に恨めしそうな顔になった。
「お兄さまはずるいです。
そんなことを言われたら、一緒にいけないじゃないですか」
そのつもりだし。
「最初は遠いけど、港町から船で輸送する。
ただ、そのままでは非効率だ。
もっと近い場所に、港を造ってほしいのさ」
キアラは急に張り切りだした。
「場所を指定してください! そうしたら急いで造りますから!」
なにかご褒美を用意しないとダメか。
暴発したあげく、押しかけられても困る。
「一通りの移送が終わったら、こっちに来ていいよ。
次に必要なものは、その都度伝えるからね」
キアラはニコニコ顔だったが、突然固まる。
「港町のことはお父さまには?」
「父上にも兄さんたちにも、了解は貰っているよ」
キアラは、恨めしそうにすねた。
「一番先に私に話してくれなかったのですか……」
キアラは一番先って単語に結構こだわるよな。
「ゴメンゴメン。
急いでいたからね」
頭を撫でてキアラをなだめる。
キアラは『そんなことで騙されませんわ……』とか
少しして満足したのか、笑顔になった。
「どんな順でなにを送るのか、そんな予定は決まっていますか?」
「最初は決まっているけど、以降の人と物資の集まりが流動的だからね。
明確に決め過ぎても、かえってうまくいかない。
そのあたりを調整してほしいのさ」
キアラはお願いするように上目づかいになった。
「わかりましたわ。
寂しいけど、お兄さまのため頑張ります。
ところで……。
毎回手紙をいただけるのですよね?」
「ああ。
こっちの様子とかも書くよ」
キアラが俺の手を強く握る。
「絶対ですわよ!」
「また馬乗りされたら困るからな」
キアラを膨らませて抗議する。
「お兄さまは意地悪です……」
我が妹ながら可愛いすぎる。
キアラは、突然ハッとした顔になる。
「なにもない場所にいかれるのですよね。
食事、お風呂とか……。
どうするのですか?」
「食事は皆と一緒だし、しばらくは風呂なんてない。
だから川で水浴びさ」
納得がいかないのか、キアラが膨れっ面になった。
「それなら、急いでいかなくてもいいのに……」
「いや。
最初から的確に指示しないとダメだからな」
キアラがため息をつく。
「はぁ。
また会えるようになるのは、何週間待てばいいのですか?」
週間ってねぇ。
ゲームじゃないんだから。
「さすがに、1年以上かかるだろう。
風呂とかも完成してから呼ぶからね。
キアラにいつも奇麗でいてほしいからね」
キアラは、身を乗り出した。
「最優先でお願いします。
長くなりすぎると待ちきれなくなって、荷物に隠れていきますから」
「そこは、ちゃんと待とうよ」
「早く町を造っていただければ、問題ありません。
早く物資を輸送するために、港町はすぐ造ります!
1週間……。
ちょっとムリですわ。
1カ月で!」
ちょっと待て……。
「急がせすぎると、事故の要因になる。
ちゃんとしたものを作ってくれ」
「それはわかっていますけど……」
「そこはしっかり頼むよ」
キアラは急におねだりをする顔になった。
「ではちゃんと港町を造ったら……。
お願いをひとつだけ聞いてください」
町と引き換えに、お願いってのどうかと思うが……。
「倫理的にダメなことでなければいいよ」
ヤンデレが入っているからな……。
暴走して子供が欲しいなんて言われるとヤバイ。
キアラは可愛い。
大切な妹だが、男女の関係にはならないぞ。
一瞬だけ残念そうな顔をしたぞ。
おいおい。
だがこれで、ムリに距離をとったら絶対暴走する。
暴走しないようにしていい男を見つけてやらないと……。
「わかりました。
お兄さまを困らせるようなことはしませんわ」
俺は心底ほっとした。
「約束するよ。
だからお手柔らかに頼むよ」
「あとはなにかありますか?
お兄さまが造るのは町ひとつではないでしょう。
できるだけ基本方針を合わせたいのです」
さすがに鋭いな。
「既存の領地の方針を変えるわけにはいかないな……」
「そこは考えて判断します」
キアラは俺のいうことをほぼ聞いてくれる。
ところが、滅多にしない要求をしてくると……。
もう……譲らない……譲らない。
ストライキも真っ青だ。
ただのワガママならまだいいのだ。
ほぼ俺のためなので、実にタチが悪い。
「そんな難しい話ではないよ、道路はできるだけ直線でひく。
丘があれば削ってでも坂をなくする。
山はぶち抜けるならぶち抜く」
キアラは硬直していた。
「ええと……。
ごめんなさい。
お兄さま学の習熟がまだまだだったようです。
理由を説明してください」
お兄さま学ってなんだよ……。
俺は学術対象じゃないぞ。
学術名が内心で作られていたらいやすぎる。
どんな名前とか知りたくもない。
「単に馬車での積載量を増やして、移動速度を上げる。
そして兵士の移動を高速化する。
ついでに軍事計画の立案を容易にする」
じっと、俺を見ながら考え込んでいるようだ。
その後に深いため、息をついた。
「道路ひとつでそんなに意味があるのですね。
不出来な妹で申し訳ありません」
いやいやいやいや。
なんでそんなことで落ち込むのだ。
「そんなことで落ち込むことはないぞ。
もともと整備されている領地では、そこまでする必要もないよ。
予算はかかるから、話も通りにくいしね」
キアラは張り切って腕まくりした。
「わかりました! 挽回します! 最愛の妹として恥じないよう……。
絶対にやり遂げてみせます!」
ちょっと待てぇー!! ブルドーザーのよう突進してゴリ押ししかねない。
キアラをなだめるのに1時間ほどかかり、俺はどっと疲れたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます