第49話 閑話 後ろに0を一つ足す

 統治機構の変更中のある日。

 アルフレードの両親である、フェルディナンドとアレッサンドラが政務を片付けて一息ついていた。


 統治機構の再編成によって、仕事が尋常でない量に増えてしまったのだ。

 新しい統治形態はアミルカレ、バルダッサーレが中心で構築。

 そのために、子供に任せていた仕事を両親が受けもつことになった。

 フェルディナンドがため息をつく。


「子供の成長のため、手を出さないでいたが……。

ここまで仕事が膨れ上がるとは」


 アレッサンドラは疲れたようにうなずいた。


「ふたりに任せる前は、こんなになかった気がします」


「なまじ生真面目だったからな……。

役人に言われるがままに操作された。

そして気が付いたときには、どうにもならなかったのだろう」


「ええ。

ですが確かふたりが政務をはじめたのは18でしたよね」


 フェルディナンドが、少し遠い目をしてうなずいた。


「統治機構の再編成を、領地の新規開拓と絡めて実施、と言い出したのがアルフレードとはなぁ」


「幼少の頃から好奇心は人一倍でしたけど」


「あれは天才という言葉で片付けるべきでないだろう」


 アレッサンドラも苦笑して同意した。


「ええ。

天才とはちょっと違う気がしますね」


「「老練な政治家」」「だな」「ですわね」


「あれは本当に16歳なのだろうか」


 アレッサンドラは口に手をあてて苦笑する。


「16ですわ。

私がおなかを痛めて産んだ子ですもの」


「16であることは分かっている。

だが16歳の子供の概念を粉砕している」


 フェルディナンドは力なく首をふる。

 アルフレードが産まれたとき、最初に泣き声をあげたのは正しかったのか? とまで思いはじめていた。


「ええ。

あのまま年をとったら、一体どうなるのでしょう」


 フェルディナンドは苦笑して肩をすくめる。


「分からん。

だが、記録には値するな。

しかし……。

あの年なら恋人とか浮いた話もあってもいいだろう」


 アレッサンドラは困った顔になった。


「キアラがべったりですからね」


「仲がいいのは結構なのだが、良すぎるのもな……。

ある意味、1番の問題児だ」


「問題児ほど可愛いと言いますけど。

アルフレードに可愛いイメージが、まるで湧きませんね。

巡礼から戻ってきてからそれが顕著ですもの。

老成しすぎて……」


 フェルディナンドは少し悪戯っぽい顔で笑う。

 だがその目はまったく笑っていなかった。


「私より年上だと思うときがあるぞ」


「ええ……」


 両親の悩みは尽きない。


                  ◆◇◆◇◆


 統治機構の再構築は新たな地獄を生み出す。

 そんな新地獄でのたうちまわっているのが、アルフレードの兄ふたりであった


 アミルカレ、バルダッサーレは本来優秀と言ってまったく問題のない人物だ。

 だが人間の才能を形成する中で、最も必要なのはである。

 経験を積む前に、役人にいいように操られ、体制に組み込まれてしまった。


 アミルカレが短い休憩中に疲れたように髪をかき上げる。


「なあ、バルダッサーレ。

我々は数年、なにをしていたのだろうか」


 バルダッサーレも疲れた顔で首をふった。


「ええ、軽く自己嫌悪です」


「アルフレードは16だ。

ところがどうだ。

我々よりはるか遠くを高みから見ている。

『直接政務に携わるより、数人に統括させてその結果を確認すれば楽ですよ』ときたものだ。

しかも対立しがちな派閥に、双方を監視させるとかなぁ。

さらに下層の役人も意見を、直接私たちに伝えるルートまで用意しろとか。

ベテランの考えだろ?」


「いえ! 16ではありません! 後ろに0をひとつ足すべきです!」


 アミルカレが吹き出した。


「ああ、それなら納得だな」


 アミルカレとバルダッサーレは顔を見合わせる。


「「あいつが、家督を継げばいいだろう」」


 ふたりは同時にため息をついた。

 アミルカレが頭をふる。


「空しいな……」


 バルダッサーレも同じように頭をふる。


「空しいですね……」


「これであいつがなぁ。

生意気だとか私たちを馬鹿にしてるのならな。

もっと感情のやり場はあるのだが」


「そこに逃げることを許しませんからね」


 ふたりのため息がシンクロした。


「「とんでもないヤツだ」」


 バルダッサーレは苦笑し、書類の山を遠い目で見つめる。


「あれで使徒さまだったら、まだ諦めもつくのですけどね」


「ある意味一番厄介な存在だよな」


「ええ。

絶対欲しくない弟アンケートをとったら……。

断然トップですよ」


 アミルカレが力を込めて、拳を握った。


「ああ! 私は票を買ってでも大量に入れるね!」


 バルダッサーレも力一杯うなずく。


「同感です」


「俺たちにちゃんと、兄として敬意を払っている。

それが伝わるから……」


「ただただ厄介ですね。

せめて女性関係で、地獄でも見てくれませんかね」


 そのときアミルカレに電流が走る。


「それだ!

あいつに女性を紹介しまくる!

そうしたらキアラをはさんで修羅場になるぞ!」


 バルダッサーレは砂漠で、オアシスを見つけたような表情になった


「生きる希望ができてきました!

政務を片付けますか!」


「そうだな! 未来の楽しみのために!」


                  ◆◇◆◇◆


 騎士団の詰め所でエドモンド・ルスティコとチャールズ・ロッシが対面していた。


「ロッシ卿。

噂の160歳殿はどうだったかね」


 裏ではすっかり、160歳殿と呼ばれているアルフレードであった。

 チャールズは笑いを抑えきれないような感じだった。


「奇跡の人のような感じで、実に興味深い人物でしたな」


 エドモンドも頭をふった。


「私も自分の人生経験とは一体なんだったのだ、と哲学的になりそうになってしまったよ」


「あんなイレギュラーを見て、一般人と比べてはいけませんな」


「いや、そうなのだが……。

私の息子も16歳だよ。

160歳殿はまったく別の生き物に見える」


 チャールズは皮肉な笑みを浮かべた。


「160歳殿は160歳殿としてみないとダメでしょう。

しかし……長生きはしてみるものですな。

実に面白い」


「その160歳殿の英知で、どんな町を作るのだろうな。

断言するが平凡な街にはしないだろう」


「その点は同意見ですな。

知る由もありませんがね。

せめて人間の娯楽を、160歳の観点で作られないことを祈るばかりですよ」


「160歳の娯楽とは……。

一体なんだと思うかね?」


「何代目かの使徒さまが言っていた座禅、盆栽ですかね」


「そんな娯楽しかない……。

恐ろしい世界だな」


 ふたりはすべての人間が、余暇に座禅や盆栽に興じる世界を想像してしまった。

 そして……。


「「ワッハッハッハ」」


 声を合わせて笑いだした。

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