第48話 使徒不況

 チャールズが帰るのを見送った後、キアラが不服そうな顔をしていた。


「あれはお兄さまに対して……随分と失礼ではありません?」


 俺のために怒ってくれるのはうれしいのだけどね。


「彼はずっと肩身が狭い思いをしてきたからね。

どうしても皮肉っぽくなるさ」


 キアラはふくれっ面だ。


「かもしれませんが……」


「彼のようなタイプは、一度信頼関係を結べると心強いのさ」


 ちょっと納得がいかないようなキアラ。

 ふくれっ面で首をかしげている。


「そうなのですか?」


「彼みたいなタイプは不合理や矛盾を非難するのさ。

そこで自分にすべての権限を与えられると……どうだい?

下手な言動はブーメランになって帰ってくる。

それに彼は誇り高い人だ。

自分の投げたブーメランに当たるような醜態は、絶対避けるよ。

だから全力を尽くしてくれるさ」


 転生前はブーメランで自分を狩る達人たちが、群れをなしていたな……。

 投げた瞬間に、自分に当てるような芸人までいたな。

 そのおかげで、見分けがつけやすくなっている。


「彼は意気に感じるタイプだしね。

そうは見えないだろうけど」


 キアラが、不承不承といった感じで引き下がった。


「お兄さまがそう仰るなら……。

納得します」


 その手の過信はどうも危ないのだよなぁ。


「俺を過信されても困る」


 キアラがプイっと横を向いた。

 そんな話は聞きたくないと言わんばかりだ。


「過信ではありません。

当然の信頼です」


                  ◆◇◆◇◆


 キアラと他愛もない会話をしていると、バタバタと足音が聞こえる。

 ノックもせずに扉が開け放たれ、先生が走りこんできた。


「おい、ボウズ!

俺を顧問として、未開拓地に拉致するって本当かよ!」


 今頃になって伝わったのか。


「あれ? 今頃話が伝わったのですか?」


「今まで休暇をとっていたんだよ!」


 そんなこと言っていたな。

 まあ、どうでもいいか。


「ああ……なるほど。

早めに荷物をまとめておいてください。

予定は1カ月後に出発です」


 不意打ちを食らったようで、先生が憤慨している模様。

 酷使すると言っただろう。


「ちょっと待て! 俺はいくって言っていないぞ!」


 俺は白々しくとぼけた顔をする。


「あれ? おかしいですね。

快諾されたと思ったのですが」


「してねぇよ!」


 黒いオーラをまといながら、キアラが先生に近寄る。

 ニコニコと笑っているのが、迫力を増している。


「ファビオ先生……。

よろしいでしょうか?

先生が巡礼時のご乱行について、が有りますの」


 先生ははじめて3D眼鏡で、貞子を見たような感じで後ずさる。


「ちょ、ちょっと待て。

キアラ嬢、どこからそんな迫力が……」


 キアラは静かにほほ笑んだ。

 端から見てもわかる。

 これは、なかなかの圧だ。


「それはですね。

先生の心にからですの。

見えなくていいものが見えるのですわ」


 先生がさらに後ずさる。


「お兄さま……。

ちょっと先生とが有ります。

席を外していただけますか?

安心して私にお任せください。

快諾されていることを、もいたしますわ」


 俺はキアラにウインクする。

 なぜかキアラの頬がちょっと紅潮して頬を両手で覆った。

 その隙に先生は逃げようとしたが……。

 キアラに一睨みされると、蛇に睨まれたカエルのように硬直する。


「ええ。

よろしくお願いしますよ」


 先生が救命ボートに乗せられずに流される難破民のような顔をした。


「ボウズ! ちょ、ちょっと待て。

慈悲! 慈悲の心はないのか!」


 俺は見えていないフリをして、軽く口笛を口ずさむ。

 ビートルズのHELPだが、だれもわからないだろう。

 そして部屋を出て、扉を閉める。

 同じことを繰り返していう気はない。


                  ◆◇◆◇◆


 今のうちにパパンの書斎に、籠もる。

 この世界で、実現が可能な技術を確認するためだ。

 都市開発の基本技術のどれをベースとするか、何が可能なのかを片っ端から調べる。


 建築素材として鉄筋コンクリートは駄目だろうな。

 当然、技術レベルが追いついていない。


 実績からローマン・コンクリートならいけるだろう。

 そのあたりは、エンジニアに任せてしまえ。

 一応先例が有ったからな。

 問題となる材料は、火山灰、石灰、砕石……。

 これなら何とかなるだろう。


 やはり都市のインフラは、古代ローマをベースで考えれば実現は可能か。

 元々現地の材料だけで賄うつもりだ。

 ガラスだけは送ってもらわないと駄目だが……。


 次の問題は、エンジニアをどこで確保するかだな。

 新しいものにトライするなら中堅までだろうな。

 ベテランは余程の人物でないと難しい。

 そんなベテランはどこかに囲われている。


 中堅でも経験を積ませて、俺が長い目で見ればいいだろう。


 差し当たり、マリオにでも聞いてみるか。

 スカラ家の家令なので顔が広いからな。


                  ◆◇◆◇◆


 書庫を出てブラブラしていると、ちょうどマリオがいた。


「マリオ。

ちょっといいですか?」


 マリオはビクっと電気ショックを浴びたような反応だ。

 俺が何かしたか…?


「は、はい。

アルフレードさま。

何で御座いましょうか」


「実は領地開発でインフラ構築に、エンジニアが必要なのですよ」


 本来は、職人や技術者と言ってもいい。

 使徒がエンジニアと呼んで以降、この呼び名でないと通じないのだ。

 使徒の影響恐るべし。


 マリオは露骨に安堵の表情を見せた。

 だから俺が一体何をしたというのだ。


「一言でエンジニアと言われましても、いろいろとおります。

なにか指定は御座いますか?」


「コンクリート建築と水道橋の建築経験が有る人ですね。

新しいことにチャレンジする精神を持っていれば、もっと好ましいです。

なにせ現地調達が多くなります。

あれがないこれがない、と言われても困るのですよ」


 マリオは口ひげを整えながらしばし考えた。


「なるほど。

それならピッタリの人材がおります。

私の弟のルードヴィゴです。

最近独立したのですが……。

手紙で『仕事がない』と、愚痴をこぼしていました」


 ルードヴィゴ……。

 略称ルイージ。

 この兄弟、前世は花札屋だったのか?

 ともかく俺が出した条件にピッタリというのだ。


 それにマリオの弟というのも安心だ。

 それなら逃げ出すこともないだろう。

 縁故採用のメリットだな。

 逃げたり態度が悪いと推薦した側に迷惑がかかる。

 この世界はコネ社会。

 つまり自殺行為になる。


「なるほど。

なにもないところからの都市開発ですが……。

総責任者は可能でしょうか?

当然、いきなり完璧を望みません。

長い目で見ますよ」


 ただの末端だと難しい。

 ある程度の管理職経験がないとグダグダになる。

 最大の前提が有って、俺は口出しできない。

 俺が手を下すと、死んだら忘却パターンになる。

 あくまでこの世界の人が、自分の手でやらないといけない。


「そうですね……。

総責任者の経験は有りませんね。

ですが補佐の経験なら有ります。

ある程度方針を示していただければ可能かと」


 おお……。

 こんなところで解決できるは実に有り難い。

 幸先のいいスタートになりそうだ。


「それは有り難いですね」


 俺のホクホク顔にマリオは少し恐縮した。


「ですが、ルードヴィゴひとりではムリです。

彼の仲間も一緒に雇っていただく必要が有ります」


 当然だな。

 手足となる人材は絶対に必要だ。

 問題は人数だ。

 足りなければ追加を考える。

 多すぎると問題だ。


「それは当然ですね。

仲間は何人くらいですかね?」


「ルードヴィゴの仲間は20人くらいでしたね。

そろそろ使徒さまの降臨が近いと世間が思っています。

だから新規の建築がないのですよ。

おかげで建築家は補修程度しか仕事がないのです」


 使徒が降臨したら、パパーンと建物を建てまくる。

 その前に自力で建設していたら、ムダ金になってしまう。

 結果的に、皆が大きな事業はしなくなる。

 あれだ……。

 使徒不況ってやつだ。


「まとめて雇用しましょう。

父上にその旨の報告と、予算の変更を伝えてください」


 なぜかマリオは、ビシっと姿勢を正した。


「はい! かしこまりました!

大丈夫です、ルードヴィゴの仲間は全員男です!」


 意味がわからない。


「どうして、性別が関係するのです?」


「いえ……。

キアラさまは、アルフレードさまに女性が関わると途端に……ィィィィィィィ」


 いきなりマリオが卒倒した。

 振り向くとキアラが、後ろにいた。

 キアラは驚いた顔になる。

 演技が下手くそすぎるだろう。


「あらあら……。

マリオは疲れているのかしら」


 おいおい……。

なにをやっているんだ。

 思わずため息が漏れる。


「マリオに圧力をかけたら駄目だろう」


 キアラは演技くさいキラキラした笑顔をしていた。

 絶対何かしたな…。


「そんなことありませんわ。

とても辛い経験を、突然思い出したのではありません?」


 近くの使用人にマリオの介抱を依頼した。

 しっかし……。

 キアラを家に残していったら、大変なことになりそうだ。

 だからといって、連れて行く気はないけどな。

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