第47話 はみ出し者の為の世界
エドモンド・ルスティコの推挙する人物が到着する日。
キアラと、2人で待ちながら話していた。
キアラは揶揄うような目で俺を見ている。
「お兄さま、すっかり年齢詐称疑惑が定着しましたね」
「俺、16歳なんだけど…」
キアラは意味ありげに含み笑いを浮かべる。
「お兄さまが16歳だって言ったら、その人はおかしいですわよ」
どうしてこうなった。
思わずため息が出る。
「ひどい話だ……」
そんなひどい話を振ってきたキアラは平然としている。
「いえ。
お兄さまは、今のままでないと困りますわ」
返事に困って頭をかいていると、家令のマリオ(スリム)がやって来た。
「アルフレードさま。
ルスティコ卿のご推挙された方が、お見えになりました」
「ああ、応接室に通してください。
それと……マリオ、ダイエットでもしたのですか?」
そのときマリオは『おまえが、それを言うのか』といった顔をしていた。
ん? 俺なんかしたっけ?
俺が首をひねっていると、キアラが笑顔で立ち上がる。
「マリオ、早く案内をお願いしますよ」
マリオは慌てて硬直した。
「は、はいぃぃぃぃぃ」
そしてアニメにあるようなピューーーという擬音とともに去っていった。
「一体何があった?」
「さあ……いろいろと、マリオにも悩みがあるのでしょう」
悩みであそこまで痩せないと思うが。
◆◇◆◇◆
応接室に入る。
そこには精悍で不敵な感じのする、チョイ悪親父のような男が待っていた。
そのまま、慇懃無礼といった感じで、俺たちに一礼した。
「お初にお目にかかります。
ルスティコ卿の推挙で参上しました。
チャールズ・ロッシです」
意中といったのは彼のことである。
転封前からいた在地の騎士だった。
前領主がやらかした揚げ句に領地が召し上げになった結果、ワリを食った人物である。
主人が失脚した騎士は、肩身が狭くなる。
大抵は原因を確認もせずに、主君を守れなかった無能者のようなレッテルを張られる。
元から従順な騎士ではなかったので、転封後はスカラ家の騎士団でも浮いた存在である。
だが、従来の部下からの信望は厚い。
お互い着席をしたが、チャールズはこちらを値踏みするような目で見ている。
「ロッシ卿。
ルスティコ卿から、大まかな話は聞いていますか?」
「ええ、一応は」
「それでは、改めてお願いします。
ラヴェンナ地方に新設される騎士団のトップとして就任していただきたいのです」
「なぜ私を選ばれたのですかな?」
「なぜ……と言われても困りますね。
この任務は、ロッシ卿でないと困難だからですよ」
チャールズはからかうような感じになった。
「ほう、随分と高評価ですな。
それとも逆だからですかな?」
「私は失敗するつもりは、サラサラありませんよ」
チャールズは、小さく鼻で笑った。
「前領主を守れなかった無能者に、何を期待しているのですかな?」
「あれは前領主が無能だったからですよ。
戦略を誤れば、戦術での挽回はほぼ不可能でしょう」
チャールズが値踏みするように、俺を見つつあごに手を当てた。
「ほーう、私に責任はない……と?」
「ええ」
「面識もなく統合後に、さしたる功績もない。
前騎士団の部下と不平ばかりを言っている……そんな私を高評価ですか?」
「面識は必須ではないでしょう。
顔を見ないと人を判断できないなら、貴族なんてできませんよ。
あくまで補足ですよ」
チャールズは、片方の唇をつり上げつつ身を乗り出してきた。
「面白い見解をお持ちだ。
ですがね、こうは考えられないでしょうか。
王室から開発を催促されている。
だがそこまで手が回らない。
だからポーズを取るために、変わり者の三男を責任者にする」
俺の反応を、楽しみにしているような顔だ。
残念ながら期待されている反応をする気はない。
チャールズはそんな俺の様子を探察しながら口を開いた。
「ただし失敗をしても三男の評判が落ちないように、不平分子を配下につける。
それこそ、不平分子の救済を名目にして……ですがね」
キアラは露骨に、ムッとしている。
なるほどなぁ……そこまでは考えが至っていなかった。
つい頭をかく。
「なるほど……そんな見方もあるのですね。
これはうかつでした」
チャールズが反発を期待していたのだろう。
こちらの今一な反応に、肩透かしを食ったような表情になった。
そのあとの慇懃無礼な態度はより強くなったが。
「トップからの推薦ですので、断ることはできないのですよ。
なので失敗を当て込んでいるなら失敗するようにしますよ。
ただし部下を、無駄に死なせたくないのでしてね。
台本があれば、それに沿って踊りますから教えていただきたいのですよ」
キアラは席を立って、文句を言おうとしたが俺が止めた。
「台本ですか? 実はほぼ白紙なのですよ」
子供だから、ロクな計画もないだろうといった表情のチャールズ。
「ほーう……ノープランですか?」
「いいえ、軍事はロッシ卿に任せるとだけ書いていますよ」
チャールズが、俺の言葉は理解不能といった表情になった。
「全面的に? 失礼ですが正気ですか?」
「もちろんですよ。
狂気だったら領地開発なんて地味で面倒なことしませんよ」
チャールズが戸惑った表情になった。
俺の人物像が、予想と外れて困惑しているのだろう。
「なぜ私を、全面的に信じられるのですかな?」
ようやく話を聞いてくれるな。
俺は、身を乗り出した。
「部下の信望ですよ。
ただの不平屋ではロクな部下がそろいません。
ロッシ卿の部下は十分優秀な人たちですし、領民を害することを決してしない。
そんな部下を持っているのですから信用できる。
そのグループのトップの器量を計るなら、部下を見れば事足りますよ」
部下が失言を連発。
もしくは態度が悪い。
勿論、仕事ぶりが極めて有能なら良いが……大体は雑で主観的だ。
そうなると組織の実態が見えてくる。
そしてその上司もだ。
チャールズの反応を見たが、無言で続きを促された。
部下を褒められて皮肉を言うほど……捻くれてはいないようだ。
「能力に関しても転封前の戦いぶりは調べましたよ。
そして、十分有能であると確認しています。
いろいろ注文をつけて縛るより丸投げした方が、より力を発揮する。
と見ています」
チャールズが、不敵に笑った。
「では幾つかあなたのことを伺ってもよろしいですかな?」
卿、さま抜きで……どんな反応をするか値踏みもしているのか。
「ええ、どうぞ」
チャールズは俺が即答すると、一瞬片方の眉をひそめた。
「一体何を求めているのですかな。
未開拓地の開発など普通は、未経験者がやらないでしょう。
それこそ遊び感覚でもないかぎりですが」
キアラが拳をぎゅっと握った。
そんなことで怒らなくてもいいよ。
態度は悪いだろうが、俺の話を聞かない態度ではない。
「単に何もないところなので、新しい在り方で町が造れるのです」
「できれば……ですがね」
「私は今の世間で、窮屈な思いをしている人たちのための町を造りたいのですよ」
チャールズは、用心深い目になった。
「だから、私のようなはみ出し者がいいと?」
俺は残念とばかりに、肩をすくめた。
「ちょっと足りないですね。
そんな人の気持ちが分かることが大事なのですよ」
立場か変わった瞬間に、豹変して嫌っていた尊大な連中と同じ態度を取る。
そんなヤツは要らない。
「あと1点、なぜあなたまで移住するのですかな?
生活は絶対不便です。
屋敷暮らしのお貴族さまには耐えられませんぞ」
そんなことは、分かりきった話なのだがね。
「それは私がいれば、ロッシ卿が責任を問われることがなくなる。
それだけですよ」
さすがに驚いたらしい。
初めて動揺したようだ。
騎士だけ派遣して不都合があると、部下が暴走をしただの……指示を理解しなかったみたいな言い訳をされるケースが多々ある。
責任者が現地にいると、安易にその手は使えなくなる。
ため息まじりに、チャールズが首を振った。
「なるほど、変わった人だと聞いてはいましたが……予想以上ですな。
つまり失敗の責任はご自身でお取りになると」
チャールズは不敵に笑った。
だが慇懃無礼な態度は消えた。
代わりに何かを楽しむような顔になっていた。
「では……はみ出し者のための世界を作るために、微力を尽くすとしますか」
握手を求めてきたので、握手を交える。
それにも驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑いかけてきた。
「しかし、本当に16歳なのですかな?」
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