第46話 トップを飛び越えて人事を掻き回してもいい事はない

 スカラ家の騎士団を束ねるエドモンド・ルスティコ卿との面会中である。

 40代前半、金髪碧眼の精悍せいかんで高潔な騎士といったイメージ。

 若いころは、かなりモテたんだろうな。

 そして俺の横には、なぜかキアラ。


「後学のため、お兄さまのやり方を、隣で勉強させてください」


 そう言い張って、隣に座っている。

 帰還してから、あれこれ理由をつけて俺の近くにいる。

 『半年間離れていましたから』と言われると、反論が難しい。

 結局なすがままである。


 ともかく……。

 エドモンドと何度か顔を合わせたことはあるが、まともに会話するのはこれが初。

 俺の彼に対する印象は『誠実で頼りになる』と好意的。

 では逆はどうかと言えば……。

 せいぜい『無害な変人』が限界だろう。


 記憶が戻る前から、俺はすでに家中随一の変人扱い。

 記憶の有無は人格に影響しなかったようだ。


 変人だと思っている俺の提案に、エドモンドは怪訝な顔をしている。


「アルフレードさま。

今何と?」


「新規開拓で随行する騎士の人選です。

主流ではないが、部下の信望がある騎士を推薦してください」


 エドモンドは、俺が変人でも主君の息子として扱ってくれる。

 とっぴなことを言い出しても、眉をひそめる程度にとどまる。

 

「私は精鋭を30名ほど、アルフレードさまに同行させるつもりでした。

少なくとも巡礼街道のように安全ではありませんぞ。

もしご子息の身になにかあれば、ご主君に顔向けができません。

危険が大きい辺境の開発。

しかもご自身が赴かれる、と伺っております。

主流でないと言われましたが、それは重要な任務を与えられない程度の騎士となります。

いわば不平分子です。

私の目が届かなくなったところで、日頃の不満をご子息に向けることだってありえるのです」


 常識的な正論だけにどう説得したものかなぁ。

 思わず頭をかいてしまう。


「もし私が傲慢ごうまんに振る舞って、彼らをないがしろにすればそうなるでしょうね」


「不平分子とは、改易された主君に仕えていた者たちでしょう。

そのような者たちは、弱腰であればつけあがります。

また、強気で臨めばご子息のおっしゃったとおりになりますぞ」


 エドモンドは視野も広くすこぶる有能だ。

 エリート中のエリートだが、決して狭量な人物ではない。

 だがそんな人物ですら、気づかずに落ちる穴がある。

 主流から外れた者を意図せず、軽く見てしまうことだ。


「救いようがない不平分子であれば……そのようになりますね。

ですが、ただ部下に迎合するわけでなく、本当に信望を得ている人物とその配下であればどうでしょうか」


「そのような者があるのでしょうか。

騎士たるもの一度誓いを立てたなら、決して道を踏み外してはならないものです。

ご子息はお優しい。

ですがその優しさが正しく通じるとはかぎりません」


 そう簡単にはいかないかぁ。

 俺が言葉を探していると、エドモンドが表情を改めた。


「傍流の騎士を希望された理由はなんなのでしょうか?

アルフレードさま主導の事業です。

失敗は許されません。

最初に失敗しては、以降の人生において、困難が待ち受けますぞ」


 正面から突っぱねるのではなく、別方面から俺の翻意を迫ってきたか。

 逆にこれが説得の突破口になるかもしれない。

 少なくとも頭ごなしに否定されないのはラッキーだ。

 しかしそのまま言ってもだめだろう。

 ちょっと変化球を放るか。


「元から失敗する気はありません。

失敗すれば、私が無能のレッテルを張られるだけのことですよ。

今の変人が無能に変わるだけです、大した差はありません」


 エドモンドが眉をひそめた。


「お言葉ですが……。

スカラ家に長年奉公している私にとって、ご子息の失敗はわれわれの恥辱です」


 俺の態度を軽すぎる、と見たのだろう。

 エドモンドがやや非難めいた顔になっている。


「王家から推奨されている事業です。

そして未開拓の地に、自ら住むと言われる。

不測の事態は、容易に想像されます。

万全を期して精鋭を当てるべきでしょう。

こちらの安全は揺るぎないのですから」


 やっと糸口をつかませてくれたか。

 なかなかに綱渡りだなぁ。

 昨日から綱渡りばっかりしているぞ……俺。


「ルスティコ卿。

騎士団の配置変更があるのですよ。

領内にひそんでいる野盗が、これ幸いと騒ぎ出しませんかね?」


 エドモンドは渋い顔になる。

 彼にしても痛いところをつかれた、といったところだ。

 ようやく説得できる土俵に上がってくれたか。


「遺憾ながら否定できません。

ですがそれでも平穏を保つのが、騎士としての務めであります」


 そう簡単に逃がす気はない。

 ここで逃げられたら説得もままならない。


「今は騎士たちが絶妙に配置されています。なので野盗は穴からでてこられません。

ところが辺境開発に伴い、騎士団の配置変更が発生。

結果的に平穏が乱れた場合です。

被害を受けた領民は、どう感じますかね」


 エドモンドは『なにを気にしているのだ』と言わんばかりの表情で、首を横に振る。


「領民は常に不平をいうものです。

それよりご子息の成功が大切でしょう。

何よりご自身の、立場と重みをご配慮ください」


「そこなのです。

遠くの知らない土地の開発など領民は無関心ですよ」


おっしゃるとおりです。

領民の気持ちなどにこだわっていては、何事もできませんぞ。

政治的な判断に伴う辺境開発について、民ごときに理解を求めるおつもりですか?」


 なんとか土俵に踏み止まってくれたか。

 もうちょっと引き寄せないとな……。


「損害を受けた、領民がため込む不満は……。

いつもより大きくなるでしょう。

見知らぬ土地の開発より、自分たちを守ってくれと。

さらには三男のお遊びで騎士を連れて行った、とまで思い込むでしょうね」


 領民のことばかり気にする俺を、あまりに弱腰すぎると思ったのだろう。

 エドモンドが俺を詰問するような顔になる。


「失礼ながら、お優しいを通り越して……弱腰に見えます。

領民の細かな不満を気にされるとは、いかがなものでしょうか。

領民はなにがなくても、不満を探して口にするものです」


 その意見は間違ってはいないのだがね。

 転生前でも人々は、ニュースを欲した。

 平和ボケした日本は、そのニュースのチョイスがあまりに馬鹿馬鹿しかったな。


 俺が非難されたと感じたキアラは無表情になる。

 ああ、怒っているな。


 抑えてくれよ……。


 この話は彼に納得してもらわないと、前に進めない。

 長年ウチを守るため、体を張ってきたのだ。


 相応の敬意は払うべきだと思う。

 そろそろ俺がもっている唯一のカードを切る場面だな。


「実は大幅な行政組織の統合も実施されるのです」


 エドモンドが驚いた顔になる。

 俺が未発表の情報を口にしたからだ。


「何と! ついにですか……

喜ばしいかぎりです。

しかし……まだ発表されておりますまい。

それを私に話してもよろしいのですか?」


 やはり行政機構の改革は、皆が期待しているようだ。


 それより俺が事前に漏らしたことが気になったようだ。

 

 未発表事項を勝手に漏らすと、当人の評価は大きく下がる。

 最悪二度と信用されなくなる。


 だが俺が彼に切れるカードは、これしかない。


「長年ルスティコ卿は、わが家を守ってくださいました。

その方を説得するのに、相応の態度を示す必要があると思っています。

ところが……何の実績もない私には、感謝と信頼を示せるものはこれしかないのですよ」


 俺にとって、致命傷となりうる武器をエドモンドに預けた。

 貴族社会を生きていく上でだがな。

 このカードは切るタイミングが大事。

 間違えると、ただ口の軽いボンボンとして評価が確定してしまう。

 単なる自爆行為で終わる。

 

 今回はそのタイミングを間違っていないだろう。

 その世界だけで生きているエドモンドに、俺の感謝と信頼が伝わったようだ。

 エドモンドは小さく息をのむ。


 背筋を伸ばして、真剣な目で俺を見ている。

 先ほどまでのどこか侮るような態度は消えていた。

 これでようやく話を進められそうだ。

 それでも大丈夫だ、とかたくなに突っぱねることはしないだろう。


「そのせいで、しばらく行政に混乱が生じると思います」


「でしょうな」


 俺はわずかに身を乗り出す。


「そんなときにですよ。

騎士団の配置まで変わっていたらどうなりますか?

いつもより、対応に遅れがでませんか?」


 騎士団への連絡も遅れる。

 配置が換わったことで、最短距離もわからない可能性がある。

 いつも以上に対応が遅れてしまう。


 しばし沈黙のあと、エドモンドが残念そうな顔になった。


「残念ながら、そのとおりですな」


「これは必ず起こることです。

行政機構での大幅な変革を行うので、安全保障は変わらない必要があるのです」


「ふむぅ……。

そこまで領民のことを考える理由。

これをお聞かせ願いたい」


 純粋な疑問になったようだ。

 これで決められそうだ。


「下手をすれば、暴動が発生しかねないのです。

たきつける者がいればなおさらですよ。

当家は大貴族です。

必然的に隠れた敵は多いでしょう。

隙あらば喜々として、足を引っ張りたがる人たちは多いでしょうね」


 どうやら気がついてくれたようだ。

 エドモンドの視線が鋭くなった。


「王家だけでなく他家も引っ張りたがるでしょうな。

嘆かわしい話ですが。

精鋭の温存は理解しました。

主要の配置を換えない点についても。

一つ疑問があります。今になって、行政改革と辺境開発を同時にされる。

あえて危ない橋を渡っているように見受けられます」


「行政改革は、もう時間的猶予がないからですよ。

兄上たちは疲労困憊こんぱいしきっています。

それでも驚くことに、失策なしにやっているでしょう。

ですがそろそろ限界だと思います。

そうなると、一つの失策が次の失策を呼ぶ……。

王家に当家を、減封か改易する大義名分を与えてしまいます。

辺境開発についても、王家の催促をやり過ごす時間的猶予がほぼないでしょう。

わずかでも猶予がある今、主導権を握って動かないと間に合いません」


 最後通告を受けて動き出すと、あれこれ口を出されかねない。

 それこそ失敗する方向にだ。

 だから主導権を握っている必要がある。

 エドモンドは嘆息して天を仰ぐ。


「意図して危ない橋を渡ったのではなく、火が迫っているから渡らざる得なかったと。

そこまで当家は危うかったのですか。

不覚にも気がつきませんでした」


「それは致し方ないかと思います。

それだけ王家が、手の込んだ罠を仕掛けていたのですから」


「それに気がつかれたのですか……。

驚きです。

驚きついでにあと一つお聞かせ願いたい。

主流ではないが、部下の信望がある騎士を指定された理由。これをお教えいただきたい。

実は、意中の人物がいるのではないのですか?」


 すっかり若造と侮る雰囲気は消えて、積極的に話を聞いてくれるようになった。

 有り難いことだ。

 誠意が通じる相手にしか使えないが。


「どうでしょうかね。

ここで大事なのは、であることですよ」


 騎士団のトップを飛び越し、冷遇されている騎士を指名すると抜擢になる。

 ところが一つの問題が発生する。

 その人物が活躍した場合、『トップはなにをしていたのだ。まったく人を見る目がない』などと、陰口をたたかれる。

 最悪、足を引っ張るものもでてくる。


 トップを飛び越えて、人事を引っかき回してもいいことはない。

 権力構造は可能なかぎり尊重すべきだ。

 そうでないと協力作戦が必要なときに、ムダな軋轢が生まれる。


 使徒であれば、自分は絶対正義で押し切れるから……それでもいいのだがね。


 必要なら、俺は敵を作ることなど気にしない。

 必要もないのに敵を作るのは、ただの馬鹿である。

 こちらの意図を悟ったエドモンドが、真剣な目になってうなずいた。


「承知いたしました。

まったく驚くばかりです。

たしかアルフレードさまは……成人されたばかりですよね。

本当に16歳なのですか?」


 なぜ疑問形になるのだ。

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