第45話 役人はどの世界も魑魅魍魎

 しばしの休憩の後、第2ラウンド開始


 パパンが立ち上がり、全員を見渡してから口を開いた。


「アルフレードの提案を整理するぞ。

一つ目、行政の統合を行い、ムダを排除。

決裁をアミルカレとする。

二つ目、争いの元になる町外の利権は、中央で一括管理する。

三つ目、役人機構の再編成。

二と三はバルダッサーレが行う。

四つ目、二で発生する都市の減収は、減税によって補償する。

五つ目、全体の減収は、5年後に解消させる。

六つ目、ラヴェンナの鉱山から採掘できる水晶の売却で、減収の穴埋めとする。

役人も減らすことも考えれば、減収額はかなり減らせるだろう。

最後、三の実行は改革になる。

これを若手中心で行う」


 パパンは確認するように、俺を見る。


「こんなところだな?」


 俺は黙ってうなずいた。

 さすがベテラン。

 あっさり整理された。


 改革案を出すのは大体若手だ。

 少なくとも既得権益でガチガチに硬直化していない。

 ソフトな手直しなら、中堅以上でもできるがな。

 それではどうにもならないほど、統治機構は硬直化している。

 必死に働いてなんとか破綻を抑えているが……。

 それでは早晩行き詰まる。

 外からそれを眺めていたからこそ、半ば無責任に改革と言えるわけだ。


 パパンは行政機構の再編を昔から考えていて、兄さんたちが言い出すのを待っていたのだろう。

 次世代が改革することによって、継続性がでてくる。

 だがそれを敏感に察知した役人たちに、身動きが取れないほど、ガチガチに固められてしまった。

 

 俺は暢気に感心していたが、パパンの少し鋭い目に気がつく。

 これは教師の目だな。

 こと統治に関しては、とても厳しい。

 古き良き大貴族としての伝統を背負い続けているのがウチだからな。

 何か俺に問いただすつもりか。


「アルフレードに聞きたい。

決裁をアミルカレ。

諸々の計画策定はバルダッサーレ、としている。

その根拠はなんだ?」


 やはり突っ込むか。

 暢気に構えているが、実のところ回答のミスは許されない。

 少しでも言い出した俺に不安要素があれば、改革に乗り出せないだろう。

 だからといって力んでもいいことはない。

 ベストなパフォーマンスは自然体から生まれる。

 転生前にオッサンまで生きていた俺のモットーだ。

 兄さんたちを見た後で、パパンに向き直る。


「兄上たちの能力を見て判断しました」


「能力とは?」


「アミルカレ兄さんは、物事の決断力があります。

今は役人に振り回されてしまっていますが。

バルダッサーレ兄さんは、物事の計画を立てる能力に秀でています。

今は役人に振り回されてしまっていますが」


 兄さんたちが立ち上がって、俺を指さす。


「「を繰り返さなくてもいいだろ!」」


 見事にハモっていた。

 パパンは声を殺して笑いはじめる。

 笑いが収まってから、真面目な表情に戻った。


「良かろう。

アルフレードはふたりをよく見ているな。

私も同じ意見だよ。

欲を言えば、ふたりには改革の実行と、役割の分担。

これに自力でたどり着くことを……期待していたがな。

若いときから任せたせいで、かえって魑魅魍魎ちみもうりょうの役人たちに操作されてしまった。

いくら才気にあふれていても、経験不足は大きなハンディだ。

しかも役人を使いこなせ、と教えてきたからな。

協調せざるを得なかったのだろう」


 役人はどの世界でも魑魅魍魎ちみもうりょうだな。

 パパンが一息ついてから、兄さんたちに向き直った。


「私の失策だった。

済まなかったな。

おまえたち」


 兄さんたちは驚いて、口をパクパクさせている。

 俺自身も、パパンが謝る姿を見たのははじめてだ。

 少し気恥ずかしかったのか、パパンはせき払いをする。


「私はアルフレードの方針を是とする。

おまえたちもそれでよいか?」


 兄さんたちが、覚悟を決めたような顔になった。


「「わ、わかりました。

詳細はアルフレードに確認してもよろしいでしょうか?」」


 再びハモっていた。

 最近はハモるのがはやっているのかね。


「構わない。

おまえたちは正しいと思えば、弟に教えを乞うことをためらわない。

これは凡庸な人物にできることではないからな。

それを見られただけでも、大いに満足だ」


 たしかに変なプライドがあれば聞きたがらないものだ。

 この場合は、俺が火をつけたから、消化方法を教えろ……という話だな。

 パパンが満足げにうなずいた後、表情を改めた。


「で、ラヴェンナ開発の話をしようか。

人員はどうするのかね」


 決めている人と意中の人物はいる。

 今後のプランから役人を使わないつもりだ。

 だが武力はそういかない。


「ファビオ先生を顧問にします。

軍事は領内の騎士団トップであるエドモンド・ルスティコ卿と面会させてください。

彼と話して、騎士の人選を委ねたいと思います」


「よろしい。

役人の陣容は、バルダッサーレと相談するがよい。

その他の人民は、どうするのかね?」


「役人は不要です。

柔軟な思考を持った、貴重な役人は改革に当たらせるべきでしょう。

それこそ難事ですからね。

頭の固い役人は邪魔なので、こちらでは不要です。

実務については私がなんとかします」


 パパンが驚いた顔になる。

 俺以外全員か。

 当然と言えば当然だな。


「何とか……と意気込んで、どうにかなるものではないぞ。

たしかに優秀な役人は出しにくいが……」


「なんとでもなりますよ。

育ててしまえばいいのですから。

私は実務に首を突っ込みません。

そんな余裕もありませんからね。

ここは一つ任せてもらえないでしょうか」


 パパンは腕組みをして考え込む。

 少しして小さくため息をついた。


「おまえのことだ。

成算があるのでろう。

だが、そう言ったからにはやり遂げるのだぞ。

やっぱりダメでしたとはいかない」


「有り難うございます。

やり遂げて見せますよ」


 パパンは小さく首を振った。


「自然体で……できると言われてしまっては、何も言いようがない。

おまえくらいの年齢ならば、もっと力むものだが……。

まあいい。

それで移植させる人民はどうするのだ」


 大きなお世話だ。

 中身が枯れたオッサンだからしゃーない。


「人民についてですが……。

人頭税が払えるかギリギリのところの人民を、100名ほど募りたいと思います。

加えて貧困世帯を70世帯ほど。

それなら連れて行っても、税収は悪化しないでしょう」


 父が俺の意図を探るような目になる。


「それはそうだが……。

普通に生活している領民は除外するのか」


「生活できているものを移住させると、かえって不満を持ちます。

一からのスタートです。

しばし非課税で、食事もこちらで用意する。

となれば貧困世帯は、喜んで参加してくれるでしょう。

払えない税に悩まずに済みます。

そして必要な仕事があり、社会に居場所を見つけられるでしょう。

それなら新たな生活を受け入れてくれると思います。

ここで一番大事なのは意欲なので」


 パパンは妙に感心した顔でうなずいたが、すぐに頭を振った。


「やはり疑問だ。

聞かないと夜も寝られなくなる。

役人なしでどうやっていくのだ?」


 やっぱりそこを聞きたがるか。


「領民たちを教育するつもりです。

仕事をある程度分割して、単純化すれば可能でしょう。

自分たちで考えて成長すれば、自分たちの生活が楽になる。

それなら頑張るでしょう。

当家の開祖もたしか私と同じ三男でしたね。

家督相続の目はないので、食うにこまる民を引き連れ、家を興したではありませんか。

その子孫ができませんと言ったら、ご先祖さまが泣いてしまいますよ」


 貴族なら家のことを教えられるが……。

 記憶が戻る前から知りたがりで、開祖までの日記などを読みあさった。


 ラヴェンナ地方の開発を任せてもらうにあたって、格好の先例だと内心ニヤニヤしたものだ。

 ミルにちょっと引かれたが。


 パパンは小さく苦笑した。


「まさか開祖を持ち出すとはな。

そんなことを言われては納得せざる得ない。

自分たちで考えろか……。

開祖もきっと、そうされたのだろうな。

とんでもない話だが、アルフレードの責任でやれるならやってみなさい」


 やはりご先祖さまは効果抜群だ。


 この世界は、中世の封建社会。

 民はらしむべし、らしむべからず。

 これが社会通念だ。

 教会もそれを望んでいる。


 だが、そんなものは糞食らえだ。

 そんな贅沢をする余裕など、俺にはないからな。

 口に出せない毒づきを隠し、頭を下げる。


「はい。

有り難うございます」


「しかし……。

その募集条件だと、応募が殺到しかねないな。

自慢できる話ではないがね」


 それは社会が未発達なのだから致し方ない。

 それでもスカラ家領内で飢え死にする者ははるかに少ない。

 兄さんたちが必死に働いたおかげだ。

 だからそれを責める気などない。


 あくまで臆測だが……。

 他領での餓死者はそれなりに多いらしい。

 他領の正確な情報など知る由もないからな。


「ある程度落ち着いたら、追加で募ります。

後々で人手が必要になりますからね」


 パパンはうなずきつつアゴに手を当てる。


「しかしあそこの土地は広いぞ。

貧困世帯を全世帯移住させても足りないだろう」


「人ならいるではありませんか」


 パパンは怪訝な表情を浮かべた。


「一体……どこにいるのかね?」


「現地に」


 俺の即答に、パパンが少し慌てた。


「いや待て……。

避難民たちだぞ。

化外の民だと知っているだろう。

それが領地に組み込まれることを受け入れる、とは思えないぞ。

そもそも、この社会に居場所がなくて逃げた連中だ。

それがまた組み込まれるとは、到底思えない」


 そもそも化外などと思っていない。

 彼らにも考える力はある。

 むしろ辺境だからこそ、自分で考えないと生きていけない。

 だから納得して仲間になってくれれば、力になると踏んでいる。


 そのためにも役人は連れて行かない。

 見下す感情が必ず漏れ出る。

 そしてそんな感情に、現地の人たちは敏感だろう。


「条件次第でしょうね。

彼らも好きで避難民になっているわけではないのでしょう」


 パパンはしばし目をつむっていたが、なにかサッパリとした表情でうなずいた。


「アルフレードには、秘策があるのだろう。

今まで誰もしていない手段なのだな?」


 俺は強くうなずいた。


「ですので、していただけると幸いです」


 パパンが許可をしたとなると、政敵から攻撃されかねない。

 形式から外れることをするだけで……非難されかねないのだ。

 大貴族とはこんなときには、実に不便だよ。


 したがって俺への一任の形にする。

 俺が変なことをしたことが知られると、パパンは多少追求される。

 だが、俺が強く一任を求めたことで、俺に矛先が来る。


 そんな先例が、多々あるからだ。

 保身の手段としての一任は、結構使われている。

 トカゲの尻尾がいての手段だがな。


 俺は三男だから、トカゲの尻尾だと見なされるだろう。

 失敗しても、王家に言い訳が立つからだ。

 俺の評判だけ下がって、スカラ家は守られる。


 どうせ失敗する……と思ってくれれば、大変結構。

 これで町が大きくなるまで、時間稼ぎができる。

 できてしまえば、既成事実として追認させる。

 なにせ王家からの条件は、『スカラ家の領地として、しっかり管理すること』だ。

 揚げ足を取るための罠だが、逆に利用させてもらうまでだ。


 俺の涼しい顔を見て、パパンがニヤリと笑った。


「では楽しみにするとしよう。

そしてエドモンド卿に連絡をしておく。

この後は任せるぞ。

その他の具体的必要な物資などは、マリオと相談するとよい。

行政機構もマリオのように、簡単にスリムになればよいのだがな」


 ダイエットって大変なんですが……。

 なにがあったかは知らないけどさ。

 キアラだけがクスリと笑ったのであった。


                 ◆◇◆◇◆


 パパンが退出した後、背後に殺気を感じた。

 気がつけば俺の左右は、兄さんたちにがっちり固められている。


「「アルフレード! 仕事は楽しいぞぉぉぉぉぉぉ!」」


 目が据わった状態の兄さんたちに、改革の具体的方針を説明する羽目になった。


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