第44話 政治家に経済は必須科目

 帰宅した翌日に、家族会議のような感じで、俺の進路と相成った。

 まず希望を聞かれたので、素直に答える。

 パパンは驚いたようだった。


「ラヴェンナ地方の開発をしたいだと?」


「ええ。

王家から開発を早くはじめろ、と催促されているのでしょう?」


 バルダッサーレ兄さんが驚いた顔になる。


「たしかにそうだが……。

おまえは統治経験ゼロだろう。

それなのに、最初から開発をはじめるのは難しいぞ。

役人たちがいうことを聞かず、好き勝手して失敗する。

おまえに私の担当を任せる。

だから私がいくよ」


 スカラ家の統治が面倒なのは、10年前に転封されてきたことに端を発する。

 元々このあたりを、ふたりの貴族が統治していた。

 ふたり仲良く大チョンボをやったのだ。

 ふたり分の領地を合わせると、元いた領地より大幅加増になる。

 もちろん王家に思惑があって、大きな功績がないのに加増と相成ったわけだ。


 イメージ的に、ふたつの町を統合して市にした感じだろうか。

 悪いことに、町が違えば統治の慣習が異なっている。

 封建社会なので独自性が高い。


 転生前の間隔で言えば、ふたつの国をひとつにまとめた感じ。

 銀行や会社の合併より難しい。

 行政システムがまったく異なるのだ。

 

 転封直後に統治機構を一元化すると、機能不全に陥る。

 片方に寄せれば、片方が不満をためる。

 まったく新しくすれば、両方が混乱するだろう。


 それこそスカラ家が邪魔になりつつある王家の思うつぼ。

 領内の混乱を口実に減封をしてくるだろう。


 仕方なく当面の混乱を避けるべく、それぞれの慣習にしたがってって統治をすることになった。

 兄ふたりはそれぞれの旧領を担当。

 総合の決裁を、パパンがする感じだ。

 お互いがそれぞれの利益代表にならないように、交代もさせている。


 それでも問題は収まらない。

 元々の領主たちは仲が悪く、領地の境目で争いが絶えなかった。


 その弊害と言えば……。

 境界間の町と町をつなぐ街道が、直線で引けていない。

 橋にいたっては、自分の近いほうに建設させようと必死になる。

 橋などの通行税は、近い町に帰属するから余計もめるんだよなぁ。


 おかげで政務より、利害調整でキリキリ舞いしている。

 日本のように、明確な行政の区割りがない。

 町や村を起点とした、不明確な区割りなのも問題を加速させている。


「いえ。

兄上たちの苦労を軽減する案があります。

おふたりには今のスカラ領を統治していただきたいのです」


 パパンが首をかしげた。

 俺の意図は察したようだが……。


「アルフレード。

問題が多発している境界問題などの解決策を思いついたのか?」


 パパンは後継者育成のためと、ふたりの兄に政務を任せている。

 ウチはそのあたり厳しい。

 バカボンでは家を放り出される。


 『ふたりで相談して統治せよ』が、パパンの出した指示だった。


 最初であれば、分割統治は致し方なかった。

 もう安定期になったので、その必要はなくなっている。

 それを察知したそれぞれの役人たちが、問題をことさら大きくして、既得権益を守ろうときゅうきゅうとしている。

 利権調整で疲労困憊ひろうこんぱいしている兄ふたりは、問題の対処で手一杯。

 それこそ役人たちの思うつぼである。


 俺はアミルカレ兄さんをチラ見して、せき払いをする。


「アミルカレ兄上が、全領地の決裁をすべきかと」


 アミルカレ兄さんが驚いた。


「アルフレード! 私を殺す気か!」


「行政区がふたつに分かれて、ムダが目立っていますよね。

それを統一する必要は、父上たちも痛感されているでしょう。

今はそれが可能な時機だとも思います」


 地獄から解放される……。

 そう思ったのだろう。

 バルダッサーレ兄さんが拍手した。


「おお! それはそうだ! すばらしい!」


 俺はバルダッサーレ兄さんをチラ見した。

 即座に視線をそらされる。

 だが言わせてもらう。


「ですのでバルダッサーレ兄上の出番です。

都市に属している橋の利権などを、すべて引き剝がすべきでしょう。

それらを領地全体の視点から采配なさればいいかと。

必然的に、統治機構の再編成がなされると思います。

元々考えられていた、効率的な統治機構を目指すべきでしょう」


 アミルカレ兄さんが、しっぺ返しとばかりに同じセリフで拍手した。


「おお! それはそうだ! すばらしい!」

 バルダッサーレ兄さんが絶望した顔になる。


「おまえ……。

私がそんなに嫌いか」


 このふたりの天然漫才は相変わらずだ。

 パパンは笑いをこらえている。

 すぐに小さくせき払いをしてから、真面目な顔に戻った。


「利権は簡単に剝がせないぞ。

抵抗された揚げ句、かえって混乱するぞ」


「自分が損をすると思うから抵抗するのです。

都市に課している税を軽減することで、以前と同等以上の収入を補償すればよろしいかと」


 パパンの目が鋭くなる。


「ふむ。

その減収は、どこで補うのかね?」


 そう。

 これだけだと理想論止まりだ。


「通行税はこちらで徴収します。

次に道路や橋は最短でたどり着くようにして、物流の効率を向上させます」


「それだけでは減収の補充にはならないぞ」


 俺はあえて自信満々の表情を装う。

 ここで不安そうにしては、話を聞いてもらえない。


「短期的にはそうなりますね」


 パパンは思案顔になる。


「長期的には物流の利便が上がれば、都市からの税収も自然と上がる。

長い目で見ればプラスだ。

だがプラスになる前に、当家の財政が破綻しては元も子もない。

収入が回復するのに、何年くらいかかると思うのだ?」


 これも想定される質問。

 一応大まかな見積もりはすませている。


「5年ですね」


 パパン突然身を乗り出す。

 半分は興味。

 半分は『こいつ何を言っている』といった疑念だな。


「たった5年か?

どんな魔法だね?」


 魔法というだけあって現実味がないのだろう。


「そこで鍵となるのがラヴェンナ地方です」


 パパンは小さく眉をひそめる。


「ラヴェンナ地方からの収益なら、20年は赤字だと思うが?

どうしてそれが5年になるのだ」


 普通にやればそうだ。

 普通ならね。


「3年程度である程度、軌道に乗せられるでしょう。

あそこは交易に、有益な資源が眠っていると睨んでいます」


「一体何が採れると予想しているのだ?」


 ここからが正念場だな。

 話を聞いてもらうためには多少のハッタリもやむを得ない。


「私は小さい頃から、父上の書斎で地図や文献を読みあさっていました。

ラヴェンナ地方の山と沖にある島は、古い伝承では火山だったそうです。

そして元火山だった山の近くには、水晶の鉱脈が高確率で眠っていますよ。

水晶がないにしても、鉱石は豊富に眠っているでしょう。

これは断言できます」


 水晶はこの世界で、希少な装飾品やマジックアイテムの素材として有用。

 つまり高額で取引される。

 

 転生前で言えば、レアメタルに近い。

 高額かつ需要がとても高いのだ。


「水晶の鉱脈か? 初耳だよ」


「ええ。

使徒さまの記録に、小さくありました。

あまり地下資源に興味がなかったようですけどね。

知識として知っていたようです」


 知った理由は嘘っぱちだ。

 転生前の知識に他ならない。

 ガキの頃、遠足で火山を訪れたときの説明が妙に印象強かった。

 何が取れるのか、そのあと興味本位で調べたものだ。

 あのころは、それで一攫千金とか……アホなことを考えていたなぁ。


 火山地帯には、水晶の鉱脈が多く見られる。

 火山は鉱物の宝庫だよ。

 これは、口に出せないがな。


 なので、使徒の名前を出せば無原則に信じられる。

 しかも先生から聞いたとでも言えば、誰も疑わない。

 権威とは便利なものである。

 したがって有効に利用することにした。


「ラヴェンナを平定して鉱山の運営をすれば、利益は莫大ばくだいなものになる。

水晶が採れなくても、鉄や銅でも十分お釣りが来る。

我が国はその手の資源が少ないからな」


 パパンは頭の中で、ソロバンをはじいている。

 政治家は、経済がわからないと失格だ。

 パパンは有能で知られており、収支計算はしっかりできる。


 アミルカレ兄さんが心配顔で頭を振る。


「未来の夢についてはわかった。

おまえなりの根拠があることもな。

それより足元を疎かにできないだろう。

行政の最適化が有益なのは誰でも知っている。

だがな……。

ふたつに分かれている行政区を統合なんて、とても反発が大きいぞ。

最悪サボタージュにおよびかねない。

役人たちの悪知恵にはあきれるばかりだよ……」


 それも当然想定している。

 だがこちらには伝家の宝刀。

 つまり人事権を持っている。

 封建社会なのでメディアからの追求もない。


 強引な処置も可能だ。

 この社会の優位性は、存分に活用しようじゃないか。

 俺はニヤリと笑う。


「そこでです。

ラヴェンナ地方の開発に伴って、行政組織の再編を発表します。

はたしてどの役人が、不便な辺境に飛ばされるのでしょうね」


 連れていく気はないけどな。

 そんな役立たず連れていっても、ものの役に立たない。


 バルダッサーレ兄さんが、腕組みをして考え込む。


「だが……。

ラヴェンナ地方開発で支出が増えるのは事実だ。

そんなときに『既存の組織を改編するのは危険だ』と反対されるだろう」


 既得権益を守る役人は、縄張りを死守する野生動物の如しだな。


「そこは決まったこととして無視すればいいでしょう。

言葉は通じるけど、話の通じない相手となど話してもムダですよ。

どんな組織でも、改革を志す人はいるでしょう。

その人たちを頼ればいいのです。

改革に協力的なものは、ここに残して改革に当たらせる。

反対したらラヴェンナ地方に異動させる、とでも脅せばいいのですよ

それでも解雇されるものは出ますが、定員オーバーとでも言えばよろしいかと。

全体の異動辞令など知らせないのです。

残っている役人たちに全体像はわかりませんよ」


 スカラ家は大貴族だ。

 自然と役人の数も多い。

 だが役人とは名ばかりの寄生虫が多く存在する。

 俺は悪い笑みに家族は薄情にもドン引きしている。

 キアラですら目が点になる始末。

 悲しい。

 仕方ないので話を続けよう……。


「現在でも不要な仕事を捻り出す輩。

汚職が酷い役人も結構いると思います。

これを機会に掃除すればいいでしょう。

バッサリいきましょうよ。

サッパリします。

それでかなりの支出が減ると思いますよ」


 アミルカレ兄さんは首を、横に振った。


「たしかに汚職役人がいるのは知っている。

だからと人員を減らせば、組織が回らなくなるぞ」


 アミルカレ兄さんは疲労困憊。

 役人の配置換えまでする余裕がなさそうだ。

 今の仕事を処理するだけで手一杯になるように、役人に操られているな。


「実際に必要な役人の数は、今の3分の2程度ですよね。

余分な役人がいて、ムダな書類を回しているかと。

ただ無意味に兄上たちの仕事を増やしていますよ」


 バルダッサーレ兄さんが嫌そうな顔をする。


「たしかにそうだが…」


「行政区の統廃合で、役人の必要数はかなり減るでしょう。

先ほども言いましたが……。

改革を志望する、有望な若手がいるのではありませんか?」


 官僚組織が肥大化した北宋も、王安石のような改革の鬼がいた。

 どこにだって理想に燃える、若い改革派は存在する。

 問題は上がそれをどう拾い上げ、守ってやるかだ。


 バルダッサーレ兄さんが、ため息交じりに頭を振った。


「ああ。

意見書は上がっている。

正直、考える余裕がない」


 現状は地獄。

 そう知りつつも……。

 脱出のため、組織を変革する気力も勇気も持てない。

 まるで自転車操業の会社役員だなぁ。

 しなだれる兄さんたちを見てパパンが苦笑した。


「過激な意見だが、いい機会だ。

いろいろと考える必要があるな。

一度休憩してから、続きをしようか」

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