第39話 誰かのためになら

 ついに、最後の第6使徒の拠点にきた

 先生、出だしから以下省略しやがった。


「最後の使徒ノエ・ツカサ・レオスの町だが……以下省略」


 それより気になっていることがある。


「先生。

出発するときに言っていた……特殊な試験ってもう終わりですか?」


 力を使っていないから、どんな使徒認定試験内容なのか分からない。

 多分大丈夫だろう。

 使徒の診断基準は力だからな。

 先生が意味深に笑った。


「ああ、この町をでたときに言うさ」


 喪女シルヴァーナが興味津々って顔になった。


「ん? 何か隠しているの?」


 先生がとぼけた顔をした。


「町をでたら教えるよ」


 ミルヴァがちょっと寂しそうな顔になった。


「じゃ、宿を取って明日巡礼して終わり……ね」


 喪女シルヴァーナが拳を天に突き上げる。


「じゃ今晩はパーーーっと派手に騒ごうよ!」


 おまえいつも騒いでいるだろう。


「分かりましたよ。

でも、余り飲みすぎては駄目ですよ」


 こんなことを言うとは、俺は保護者かよ。

 俺の言葉が終わるや否や、ミルヴァが俺の腕をつかんで宿に引っ張っていく。


「じゃアル、宿を取ったら一緒に町を見て回りましょ」


 あの話以降……友達以上恋人未満的なポジションになって呼び名も愛称の「ミル」になっている。

 表立って親しくされると喪女シルヴァーナも突っ込みにくいのかおとなしい。


「そうですね。

ではいきましょうか」


 喪女シルヴァーナがジト目で俺たちをにらむ。


「何かこう……モヤっとするのよね。

人がイチャついているのをみると」


 先生が似たようなジト目になった。


「巡礼で恋人を作るとか……使徒でもないのに手が早すぎるだろう」


 おまえら結婚してしまえよ。

 俺から離れたところで。


                  ◆◇◆◇◆


 デートのような町の観光が終わった夕食の席でのこと。

 狂乱の宴でヒドラ2体が暴走しかけたときに、ミルに笑顔でにらまれる。

 ピタリとおとなしくなった。


 序列万歳。


 すっかり固定となった相部屋に入ると俺は感謝を伝える。


「いやぁ……助かったよ。

あの2人が暴れると面倒くさいことになるからね」


 すっかり親しくなると『口調を演技しないで』と言われてしまった。

 ふだん丁寧口調の演技をしているのを知られているので、2人きりのときは普通に話すように押し切られてしまっている。

 ミルが困った顔をした。


「あの絡み酒に巻き込まれたくないわよ」


 2人で笑い合った後、ミルが口に人さし指を当てたのを合図に遮断魔法をかけた。


「巡礼が終わったら、本当にアルはラヴェンナ地方の開発をするの?」


 もともと考えていたラヴェンナ地方開発計画。

 今の領地は前領主が改易された影響で、パパンがここに領地替えになった。


 ラヴェンナ地方は、山に区切られた半島のような形になっている。

 そこは広大な森林が広がっていて、国や貴族の手が入っていない。

 一種の飛び地みたいな感じで、ラヴェンナ地方と一応名はついているが……行政の影響は及んでいない。

 山伝いには移動はできるので、難民などの逃げ込み場所となっている。


 改易された2貴族の領地を統合して割り当てられたので、行政区域の利害調整に手間取ってラヴェンナ地方の整備は後回しになっている。

 そこの治安が悪かろうが、山と海で隔離されているので安全。


 飛び地で管理に手間がかかる。

 一から開発しようとしても不安分子が逃げ込んでいて割に合わない。

 昔小貴族が平定しようとしたが、失敗して以降危険地域となっている。

 強引に武力平定すれば楽だ、という意見もあったがリスクとリターンが見合わない。


 領地替えのさいに領地が大幅に増えたが、そこの開発を前提とされていたため、王家から催促が来ている。

 開発でスカラ家の力をそぐのが王家の目的。

 平定で騎士を戦死させて武力を弱め、開発で経済力を落とす。

 そして反乱でも起これば儲けもの。

 邪魔なスカラ家を取り潰すまでいかなくても、中小貴族まで蹴落とせる。


 そんな地雷源となっているラヴェンナ地方が、ミルの目的地となっている。

 俺はそこの開発責任者になるつもりだと伝えたのだ。


 地政学的にも山で区切られたハートランドを背後にもって、湾とチョークポイントがあり、大都市候補の立地があいている。

 夢が広がる。

 そして従来の征服とは違うアプローチを試みるつもりだ。


「そのつもりだよ。

それは何とかできると思う」


「確かに、アルが領主さまだと安心かな」


いくら隠れているとはいえ、危険な地方であることは間違いないだろう。

里を守るにしても距離があれば難しい。


「町を大きくして周りが手を出せないようにするさ、そうしたら俺のところに来てくれればいいよ」


 一瞬ミルが固まった。

 そしていたずらっぽい感じの顔になる。

 だが目は真剣で頰が少し赤かった。

 あ、そんなつもりではなかったのだが……。


「それってもしかして……プロポーズ?」


 『いや違う』と言いかけたが言葉が止まった。

 ミルの何かを期待する顔をみて、勘違いと済ませる気にならなかった。

 この世で数少ない味方からのこんな台詞。

 普通の関係なら、ここまで大事には取られない。

 直感に従おう。

 自分でも呆れるほど、スムーズに言葉がでる。


「そうなるか」


 ミルは顔を真っ赤にして硬直した。

 そしてプイと横を向かれた。


「さらっと言われると……遊ばれているかもって思うじゃない!」


「いや、そんなつもりは全くないのだけど……」


 そもそも、世界を敵に回しているのだ。

 それなら、近くで守ってやれれば良い。

 ミルのことは嫌いではないし、それでも良いかなと思っている。

 ミルが俺に向き直って、大きく息をはいた。


「はぁ……分かったわよ。

私は自分で言うのも変だけど……結構面倒くさい性格よ。

今更あれは冗談なんて許さないからね。

エルフは執念深いんだから」


「引っ込めたり誤魔化すくらいなら、最初から言わないさ」


 ミルは照れくさそうに下を向いていたが、何かに気がついたようで不安そうに顔を上げた。


「でもね、人間の領主にエルフのお嫁さんって大丈夫なの?」


 ああ、それを心配するか。

 俺は心配ないと伝えるように、笑顔を向ける。


「実はね、種族を問わない町を作るつもりなのさ」


「えっ?」


「住民になる条件は、町の決まりを守ること。

人種は関係ない。

種族での上下はない社会にする」


「またとんでもないことを言い出すし……。

そんな国は一度もできたことはないわよ。

異種族混在なんて、使徒のハーレムくらいよ」


 国ではないけどね、半ば自治領にするのが狙いだ。


「領主が率先しているのも、説得力があるだろ」


 困惑していたミルは強く首を振った


「あーもう……そのうち私のアゴが外れたらちゃんと治してよ」


「俺は治癒ができないぞ。

慣れてくれ」


 ふとキアラのことを思い出して、2人を頭の中で見比べた。


「ミルだったら俺の妹と仲良くなれるかな。

根っこが同じだから気が合うと思う」


ミルは妹と聞いて一瞬考え込んだが、すぐにほほ笑んだ。


「妹さんね……会うのが楽しみだわ」


「気の合う友達が1人もいなくてね。

それがずっと心配だったのさ」


「いろいろあるのね」


「ああ、本人に聞いてみてくれ」


 ミルはちょっと考え込むポーズをした。


「で、どれだけ待てば迎えに来てくれるの?

再会したらおじいちゃんでした……なんて嫌よ」


「さすがにそれはないだろ」


 ミルは少し息を吸って、ビシっと俺を指さす。


「3年、待ってあげる。

3年たったら私から会いにいくからね。

良い? 拒否権はないわよ! 女を待たせるのだから」


 3年か……基盤作りが精一杯だぞ。

 でも女を待たせると言われると弱い。


「ミルにはかなわないな。

3年だと大きい街になってないぞ」


「いいわよ。

完全にでき上がった後でお嫁さんになるよりね」


 確かに、妻が最初から苦労していたら存在感もまた違う。

 安定してから妻になっても嫌われたり、敬遠されたりする。

 立場の弱さにつけ込むやつもでてきかねない。

 俺が少し考えていると、ミルが少し顔を赤くしてうつむいた。


「作り始めで苦労しているときから、一緒にいた方が私はうれしいわよ。

一緒に頑張りたいのよ」


 ヤバい、不覚にもドキっとした。


「最低限の町ができたら呼ぶよ」


 ミルが軽い感じで笑った。

 だが顔は真っ赤だった。


「決まりね。

エルフのお嫁さん、お買い上げありがとうございましたー」


 いつの間にか結婚の約束までしてしまったが、それもまたいいだろう。

 誰かのためになら……諦めずにつき進められる。

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