第38話 エゴイストの流儀
次の宿場町についてからのことだ。
俺は泊まっている部屋で素朴な疑問を口にした。
「なぜ個室を四つ取れるのに、私たちだけ相部屋なのですか?」
ミルヴァにビシっと指を指された。
「アル……ヴァーナを甘く見すぎよ」
「あー……まさか……」
ミルヴァが強めに床を踏んだ。
「そのまさかよ! だから、私の平穏のためには、アルと相部屋でないとダメなのよ!」
力説のあまり、ミルヴァは肩で息をしている。
俺は
1人でいると押しかけてきて、状況は全く変わらない……と。
息を整えてから、ミルヴァは俺に視線を向けた。
「それで、2人が寝不足なのはどうして?」
自分の口に指を当てて音声遮断する? との無言の問いかけに首を横に振る。
どうせ聞き耳を立てている、なら聞こえるように言ってやろう。
左右の個室に泊まってることは知っている。
反応が楽しみだ。
「そりゃ、私とミルヴァが抱き合って、ヤることをヤってないか。
その声を聴きたがって、聞き耳を立てていたのですよ」
ドタバタって左右から音がした。
ほらやっぱり。
俺は気取った感じで肩をすくめた。
「といった次第です」
ミルヴァが顔を真っ赤にして硬直していた。
俺はミルヴァに苦笑する。
「今後、これに懲りて聞き耳は立てない……と思います」
「な、何か……今一自信がない?」
直視するのが困難なのか、横を向かれてしまった。
変に意識してしまったのか、エルフでも年頃の女性なのだろうな。
「正直に言いますと、2人の行動力を計りかねています」
ミルヴァがちょっと黒い笑いを浮かべた。
「あの2人に
「まあ……ほどほどにどうぞ」
止める気はない、
昨日の続きとして最後にすり合わせたいことがある。
俺は口に指を当ててアイコンタクトを取る
ミルヴァは無言で遮断魔法を掛けてくれる。
そして平常心に戻ったようで、俺を見て口を開いた。
「確か、アルは『使徒はいる間だけしか良いことがない』と言っていたわね」
「ええ、もっと踏み込んで言えば、そんな劇薬のような麻薬に依存しきっているのが今の世界です」
ミルヴァが驚いたようだ。
「そこまで言いきっちゃう?」
「麻薬中毒だから、それがないと生きていけなくなります。
麻薬を止めようとするとその人に襲いかかりますね」
「確かにそうね。
でも……今までずっと完全ではないと疑ってきたけど、有害とまで思ったことはなかったわ。
私は知らないうちに、世界の敵になっていたのよ。
アルは自分の意志で、敵になるつもり? ロクなことがないわよ?」
既に敵か味方か……そんな判断の領域ではなくなっている。
俺は苦笑せざるを得なかった。
「麻薬中毒が正しいありかた。
それを称賛しないとダメなら生きていても仕方ないですね」
植物状態や年老いて自活ができなくなり、周りに介護されないと生きていけない。
トイレにすら一人で行けない。
それでも生きたい人は生きれば良い。
俺はそんな状態で生きていたいとは思えない。
転生前でそんなことを言ったら袋だたきだがな。
俺の考えは古代ローマ人のメンタリティに近い。
不治の病に冒されたりして、自分を保って生きることが難しくなったら、食事を絶って自死を選ぶ。
その考えは素直に受け入れられた。
肉体に限らず精神的な死でもそう考えて良いと思う。
その業績に俺は否定的だが、自死を選んだ小カトーの行動には素直に頷ける。
生きる権利があるなら、死を選択する権利は持っていても良いだろう。
ミルヴァが驚いた顔をした。
「人間って自分の寿命が短いから、大事にするって聞いたけど逆みたいね」
「大事にしていますよ」
意味が分からない、といった表情のミルヴァ。
「大事にしているのに…生きていても仕方ないの?」
俺は首を横に振る。
「不本意な生き方を強要されるなら、それは私の観点では生きている……とは言わないのですよ。
大事にするからこそ、質にはこだわるのです」
ミルヴァは納得がいかない顔だ。
「誰だって多少は不本意な生き方をしていない? 何事も思い通りなんて…使徒じゃないと無理よ?」
あくまで、俺自身のことなのだがね。
「そうですね……程度によりますよ。
罪もない人を害することを強要される。
それを断ると死ぬ。
もしくは、罪もない他人を迫害する。
一緒になって迫害しないと、社会的に抹殺される。
ダメと知っている行為を強制される。
そうでないと生きられない。
そんな状態では、生きていても仕方ないと思います。
いつかその常識が崩れたときを考えるとね…。
そのときに
『あれは仕方なかった。自分のせいじゃない』
と言いたくはないのですよ」
言うのは簡単なのだが…現実ではとても難しい。
ホロコーストに加担した元ナチスを追う。
そんなドキュメンタリーを見たことがある。
報復を求める被害者や遺族の気持ちは理解ができる。
そんなことをしたヤツが、のうのうと幸せに生きていたら、そりゃ腹が立つだろう。
だが…気が付けば、体制に組み込まれ、そうしないといけなかった人たちも大勢いたろうに。
そう思うと俺は単純に、末端の元ナチス全てが完全なる悪、とまでは断じることができない。
数十年掛けて追跡して裁判に掛ける。
これは正義だ、そう言いきることには違和感がある。
それは単に、その悲惨さを経験してないから言えるのだろうが。
その仕方なく組み込まれた末端の構成員は不本意だったろう。
それと同時に、末端だろうと全てのナチスを悪と言わなければダメな社会も不本意だと思う。
考えることを奪ってしまっている。
悪と断ずるのは、明確に犯罪を犯したものに限って客観的に裁かないと危険だ。
報復にしか見えない行為は、反対側に寄って立つ論理を与えて、結果として力を与えてしまう。
また、ナチス自体語ることを禁止するのも危険だ。
禁止するなら、全ての行為を洗い出して是非を判断した結果にすべきだ。
禁止している体制の信頼が失われた時、明確な論理もなく禁止されていたものが、力を得ることになる。
そのことを理解しているのか。
俺の言葉を聞いて、ミルヴァは力なくうつむいた。
「それは確かに……とてもつらいわね。
でも、教会が使徒の評判を守るために、無実の人に害を与えるのは…実行者の意志ではないの?
命令だけで徹底的にやれるものなの?」
うまく論理的に伝えられない。
変な誤解を与えて、俺が他人を見下しているように思われたかもしれない。
だが、今はミルヴァの問いに、正直に答えるしかないか。
「その意志は何を目指しているのでしょうね。
使徒の評判自体を守るのは、別に構いませんよ。
ずっと聞かされてきて、恩恵も実際にあった。
それなら恩人を守る理由も納得はできます」
キアラのことを思い出して、どうしても容赦ない口調になってしまう。
「恐らく無条件に使徒は正しいと信じている。
だから評判を守ろうとしたのでしょう。
ですが、その前提が誤っていたなら本意ですか? 恩人が実は罪を犯していた。
それを指摘することも許されない」
どうにもうまく言葉にできない……だが、立ち止まることもできない。
俺はそのまま口を開く。
「結果を最初に決めて、不都合なものを消そうとしなければ、あんなことは起きないでしょう。
疑問を持つものを弾圧する。
それは変だろうと思っても保身から加担する。
もし不自然さを知っていたとして、それを見なかったことにする。
それを悪だとは思いません、ただ…不本意だろうなとは思います」
ミルヴァが深いため息をつき、俺の思想の危険さを感じて心配するような顔をした。
「そんな人は生きてない人だから、殺しても平気ってなりやすくない? アルが人の価値を決めているように感じるわよ」
他人のことではないが、変に例えたのはまずかったか……思わず首を横に振る。
「私は人の生死を決められるほど、偉いと思ったことなんてありませんよ。
もし関わるとしたら、報復とか感情的な理由ですね。
優劣とか価値ではありません。
私の生死は物質的ではなく…概念的なものですから」
ミルヴァは理解ができないって顔をした。
「何かすごく難しいことを言ってない?」
「私も未熟ですね……もっと分かりやすく伝えられれば良いのですが」
ミルヴァが笑った。
「16歳でそれだけ考えられて未熟なんて、世界の基準がおかしくなるわよ」
ま、実際は60歳近いが。
「では質問します。
両親が教会に証拠もみ消しのために殺された。
そう知ったとき教会や世間の常識通りに、使徒を称賛できますか?」
「それは無理よ。
知ってしまったらね」
きつい言い方にならないよう、できるだけ注意をする。
「でも反対も無理、それで生きていけますか?
不本意な生き方 でありませんか?
生きていて楽しいですか?」
嫌なことを思い出したのか、ミルヴァがつらそうだった。
「つらいし……逃げるしかできないわよ。
他の人にそれを強要できないし」
ミルヴァは自分が非難されている、そう思ったのか口調が強くなる。
「家族がいる人に、家族まで危険にさらして戦えとは言えないわよ。
それで生きていないって思える。
そんなのはよほど強い人か、やけになっている人ね」
しまったな…俺がミルヴァの立場なら生きてない。
軽蔑してるかもしくは哀れんでいるか……そう考えている、と思わせてしまった。
思いっきり例えを間違った。
分かりやすくしたつもりで傷つけてしまった。
この例えなら俺がこう考えると理解して貰えると思った。
理解はできたろうが不快にさせる。
相手の気持ちを軽視する俺の悪い癖は、死んでもなおっていない。
俺にできることは素直に謝るだけだな。
「すみません……繰り返しますが、この考えを他人に当てはめるつもりは全くないのです。
人にはそれぞれ事情があります。
知っていたとしても、私自身の勝手な判断を押しつける気など毛頭ありません。
他人を巻き込んで、その人の生活を脅かす気もありません。
いろいろと理屈をつけていますが、結局は幼稚な子供なので、嫌な状態で我慢できないだけ。
嫌なことをさせられて、笑顔で生きていく気になれないだけです。
子供が我慢できずに死んだ方が良いと騒いでいるとでも思って下さい。
私は
好きか嫌いか、理屈はあとでトラックに載せて山ほど届けるさ。
俺はどうせこんなヤツだ。
ミルヴァがあきれた顔をした。
「とてもそう……見えないけどね」
「この世界が嫌いな
ミルヴァが俺の内心を見極めるかのように、真剣な目で見ている。
「使徒という麻薬に頼らない人が生きていける、そんな世界を作りたいのですよ。
妥協なり納得している他人を巻き込む気はありません。
世界が嫌いだから一部をこじ開けて好きな世界を作りたい。
ちょっとくらい世界を貰っても良いでしょう。
世界に居場所が無い人が笑って暮らせる場所があっても良いと思いますよ」
長い沈黙のあと、あきれたような……驚いたような……感心したような複雑な表情をミルヴァがしていた。
「私のような人が隠れなくても平気な世界を作るの?」
「信じたい人はいても良いと思っています。
それを排除する権利は私にはない。
信じることしか許されない……それが嫌なだけです。
私はね、何にもまして自分に忠実に生きたいのです。
だから他の人もそうあって当然。
そう思っています。
どんな失敗も相手からの恨みも、私が起こしたものです。
他人のせいになど……したくないのです」
ミルヴァが深く息をはいた。
「結局やろうとしていることって、皆のためでしょ。
聞いていると自分にだけ厳しすぎない? それのどこが
「いえ、とんでもない
ただ…一流の
「どう違うの?」
俺はきっと自嘲的な顔になっているだろうな。
「三流は自分のやりたいことができずに、周りを不幸にする。
二流は自分のやりたいことはできたけど、周りを不幸にする。
一流は自分のやりたいことはできたうえで、周りを幸福にする」
俺は自分に苦笑してしまった。
枯れたと思っていたが、まだこんな部分も残っていたのか。
でも…最後まで言わないといけない。
「私は使徒に寄生して称賛するだけの、こんな世界が嫌いなのですよ。
それを押し通したいのは、ただのエゴですよ。
ただ、そのエゴにでも居場所を見つけられる人がいるなら守ろう、と思っただけです」
ミルヴァは絶句していた……だがすぐに優しくほほ笑んだ。
「では、
私は何をすれば、あなたの目的の役に立てるの? 助けてもらうばかりは嫌よ」
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