第36話 安眠の為には術策も辞さず
思い切った決断ってやつか。
どうしてこうなった。
いつものように宿を取るときに、相部屋を2部屋確保する。
いつもなら男女で別れるのだが……ミルヴァと相部屋である。
言い出したのが珍しくミルヴァだ。
「えっ……ちょっと大胆! ついに隠さなくなったのね! キャーーー!………!?」
「ちょっと待って! アタシこの童貞と相部屋!? いや……ちょっと……そ、それは駄目よ! アタシの貞操の危機よ!」
先生も慌てだした。
「ちょっと待て! 喪女と相部屋だと俺がモテなくなる!」
もともとモテないだろうに。
そんな2人に笑顔でミルヴァは向き直った。
だがその目は笑っていなかった。
「2人ともあれだけ騒いで応援する、とか言っていたのは嘘だったの?」
妙な圧がある。
硬直するヒドラ2匹。
序列が今確定した気がする。
「さ、アルいきましょ」
◆◇◆◇◆
腕を組まれて、なかば引きずられるような感じで部屋に連れ去られた。
ミルヴァは部屋に入ると、力なくベッドに倒れ込んだ。
「ごめんなさいアル。
部屋に戻ったらのんびりしたいわ。
それに安心して寝たいのよ……。
会話は良いのよ……良いけど……限度が……」
ずっと絡まれ続けていたのか。
ご愁傷さま。
思わず苦笑してしまった。
「それは災難でしたね。
さぞかし……しつこかったでしょう」
ミルヴァは苦笑したあとで、ゆっくり体を起こしてウインクした。
「ええ。
アルと同室なら、会話は適度だから落ち着けそうなの。
それに紳士だからね。
襲われるとは思わないわ」
「そりゃどうも」
ミルヴァは俺をからかうような顔になった。
「でも健全な男の子だから何かあるかもね。
そうなったら、アルは責任取ってくれるでしょ」
やれやれ……ここまで値踏みされると、ちょっと反撃したくなる。
それにミルヴァはスレンダーな美人で、見た目は俺の好みだ。
性格も常識人で好ましい。
だからといって襲う気などない。
でも、揶揄ってみたくなる。
俺は真剣な視線でミルヴァを見つめた。
「ミルヴァさんは美人ですし、私の好みのタイプですからね。
もし我慢できなくなったら、ちゃんと責任は取りますよ」
そう言って少し身を乗り出すと、ミルヴァはあっという間に真っ赤になた。
即座にガバっと飛び起きて後退る。
それを見た俺は笑って、隣のベッドに腰かける。
「ア、アルって実は遊び人?」
疑惑のまなざしで見られた。
俺は軽いジョークといった感じで肩をすくめた。
「いえ、ちょっとからかっただけです」
ミルヴァは小さくため息をついた。
「全く……アルの年幾つなの? 実は60歳くらいじゃない?」
やるなぁ、けっこう正確に当ててくるものだ。
俺は澄ました顔で口を開く。
「まさか、16ですよ」
肉体年齢はね。
ミルヴァの顔色は元に戻ったが、頰は少し赤いままだった。
ちょっと刺激が強すぎたか。
「エルフにとっては16も60も関係ないけど……年のことは良いわ。
他人に聞かれたくない話があるのよね」
俺は黙って隣の部屋の壁を指す。
ヒドラ2匹が隣の部屋なのは知っている。
そして壁に耳を当てて、聞き耳を立てているのが見え見えである。
ミルヴァが苦笑して、音声遮断魔法を掛けてくれる。
「はい、大丈夫よ」
「ちょっと行き詰まっていて……感想を聞きたいのですよ。
その話ができる人は限られていますから」
ミルヴァは真剣な顔でうなずいた。
俺は話を続ける。
「使徒没後に住人の肌に黒いシミができたり目の病気になったりとか、作物が不作になるじゃないですか」
「そうね、そんな話ばかり聞くわね」
「私の知る知識ですがね、日焼けってあるじゃないですか。
日焼けが悪化すると、シミができてしまったりします。
目の病気と作物のことは、いったん脇にどけます」
紫外線の概念はちょっと説明しにくいな。
そもそも紫外線なのかすら証明できない。
ミルヴァは少し宙を見上げて、何かを考える顔になった。
「日光を浴びすぎると生き物は生きていけない、だから昼と夜がこの世界にある。
エルフの神話でそんな話があったわね。
そもそも、日焼けって危ないの?」
エルフの神話か。
想像すると果てしない話だ。
でも……この世の始まりや神について示唆があるかもしれないな。
だが神話はあとの楽しみにしておこう。
「軽度なら自然治癒しますから、問題ありませんよ。
悪化しすぎると、軽い火傷のような感じになります。
あと日光は適度に浴びないと、体によくありません」
「適度が大事ってこと?」
「食事みたいなものです。
食べ過ぎは体に良くないですよね」
ミルヴァは首をかしげた。
「シミは日光に当たりすぎているサインなのね?」
「大体それの認識で良いと思います。
今までの生活を変えてないのに、使徒没後になぜ伝承に残るほどの事象がでるのか。
問題はここです」
ミルヴァがベッドに倒れ込んで、頰づえをつきながら考え込む表情をする。
「変わったのは使徒の生死だけよね」
「使徒の死去によって、環境が変化したから災いが起こります」
「確かに理屈に合うわね。
死去によって何が変わるの?」
ここからが本題だ。
俺は真面目な顔をする。
「一応断っておきますが……推論に推論を重ねているだけです。
ですから私の推論に、変な部分があれば指摘してほしいのです」
俺の断りにミルヴァは小さく笑った。
「使徒が死んだら自動的に災いが起こるなんて、教会の教義否定よね。
他人には絶対言えないわ」
「日焼けの話に戻りますが、日光の力を防いでいるのは大気中の魔力だと思います。
これは自然魔力と呼ばれているものです」
「日光の力を防ぐの?」
「正しくは日光に含まれる有害な力です。
自然魔力は見えない膜みたいなもの、だと思ってください。
日光が自然魔力を通過するときに、日焼けやシミを引き起こす有害な力が弱められます。
有害な力は0になりませんから浴びすぎると、日焼けになり……肌の許容量を超えてシミになります。
自然魔力が衰えると、日焼けやシミがすぐに起こるようになります」
ミルヴァがうーんとうなっていた。
「自然魔力が膜になる話は分かったわ。
でも、使徒が死ぬと自然魔力が弱まる理由はなに?」
「自然魔力の減少を起こすのは何か。
ここで使徒がでてきます。
使徒は魔法を使うときに膨大な体内の魔力を使います。
自然魔力との対で体内魔力と呼びます。
そのときに周囲の自然魔力を同じ量だけ吸い寄せるのです。
そして、魔法が発動すると体内魔力と自然魔力は消滅します。
使徒が魔法を使うと、周囲の自然魔力は当然減っていくのです」
「でも、それだと生きているうちにも起こらない?」
すばらしい……俺の自問自答の手間を省いてくれる。
思わず顔がほころぶ
そんな俺を見てミルヴァは苦笑している。
ちょっと恥ずかしくなった。
俺はせきばらいして、真顔に戻る。
「体内魔力が膨大すぎるのです。
魔法を使っていなくても、体内魔力は勝手に放出されます。
肉体に収まる量ではありませんからね。
そして勝手に放出された体内魔力は自然魔力に変化します。
ただし一定期間を過ぎると自然消滅します。
疑似自然魔力とでも言いましょうか」
仮説に過ぎないが……立証することもできない。
一度門を開け放つと止められないからだ。
「それで死んだら、自然魔力が枯渇した状態になるのね」
俺は上機嫌でうなずいた。
「死去で自然魔力の補給が途絶えます。
自然魔力が枯渇して人々に降りかかる現象……それが使徒の罰と呼ばれるもの」
「実は罰でも何でもないと……ちょっと待って。
使徒は同じ地域にずっととどまっていないでしょ。
各地で同じ現象が起こらない?」
実に有り難い指摘だ。
推論が進んで、俺は柄にもなく興奮していた
「良いところに気がつきましたね。
自然魔力はすぐには枯渇しません。
ただ拠点を構えて10年以上同じ土地にとどまり続けると、さすがに枯渇します。
全ての使徒は拠点をつくって、そこに定住しますからね。
使徒は便利な生活を維持するため、魔法を使い続けます。
死去後は自然魔力が徐々に失われて、日光に含まれる毒は急激に増加するわけです」
俺は一度言葉を切って、息を吸い込む。
そして再び口を開く。
「その毒は植物にも悪影響を及ぼします。
目に関しても光を見るものですから、目にも毒がたまります。
蓄積の限界を超えたときに、災いと呼ばれる現象が発現するのです」
話を聞いていたミルヴァは、顔をベッドに力なく埋めた。
「1000年分と前に言ったけど訂正するわ……100万年分くらい驚いたわ……。
通り越して呆然だけど」
「さらに自然魔力は自然回復するのでしょう。
使徒が亡くなって、しばらくしてから回復しているのが根拠です。
導きだされる結論として、使徒は短期的には恩恵がありますが……それ以外は有害です」
ミルヴァの頭が限界を迎えたようだ。
力一杯ため息をつかれた。
「ゴメンちょっと頭整理させて。
世界を根底から崩されて、理解が追いつかない。
続きは明日お願い……」
ミルヴァは遮断魔法を解除して、緩慢な動作で布団に潜り込んだ。
その様子にたまらず俺は苦笑してしまった。
「ちょっと外にでますから着替えるなら、そのときにどうぞ」
ミルヴァは布団から顔を出してほほ笑んだ。
「あ……そうね。
有り難う。
アルはやっぱり紳士ね」
いや、普通だろ。
冒険中ならそんな余裕ないけどね。
◆◇◆◇◆
俺は少し頭を整理したかったので、宿屋の外にでた。
夏だが外は涼しい。
そして、奇麗な夜空を見上げた。
世界が変わっても、夜空はさほど変わらない。
ご丁寧に月まである。
月がないと地球に生命が誕生しなかったという説があったな。
ふと現実に戻る。
使徒に害がある。
この世界ではとんでもない話だ。
ミルヴァの受けた衝撃は、中世で地動説を唱えられたような感じなのかな。
異端だと言って排除するのは簡単だ。
ところがミルヴァは俺の話を理解しようとしてくれている。
生真面目なのだろう。
よくあんな境遇で人間不信になっていないものだ。
芯が強いのか、それとも甘いのか。
そんな人に限って不幸な目に遭う。
必然なのか不運なのか。
多くの悪人が幸せに暮らせる。
天道是か非か。
そんな人を守りたくなるのは俺の性分だな。
どちらにしても、ミルヴァの里を保護する意思は変わらない。
その手段も手に入れる算段はついている。
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