第34話 戦争より疫病が怖い

 その後、夕食ではありきたりの儀礼の応酬があった。

 だが特筆すべきでもないので記憶からデリートすることにする。

 ある1点を除いて。


 お蝶夫人アネーシャ自ら明日の案内をする、との申し出があった。

 断ると変に勘ぐられるか、トラブルの元になるので感謝して受け入れた。

 理由は大体気が付いている。

 第5の伝承が極端に少ないからだ。


 だからただ展示物を見て説明を見るだけだと、業績が少ないと思われてしまう。

 先祖の威光=子孫の力だからな。

 この宮殿も伝承の少なさをごまかすための、涙ぐましい努力なのだろう。


                  ◆◇◆◇◆


 翌日の朝食の席で予想通りの展開になっていた。

 ミルヴァがげっそりした表情をしている。

 対照的に喪女シルヴァーナがツヤツヤした顔をしていた。

 だからさ、君も無関係ではなかったろ?


 その後お蝶夫人アネーシャに従って、あちこちに移動しつつ説明を聞く。

 涙ぐましく、一つの説明を長々としてくる。

 うん、水で薄めないとね。


 そんな中で、ふと思い出したことを先生に聞いた。


「先生、何か面白い業績があると言っていませんでした?」


 先生はニヤリと笑った。


「ああ、それそれ。

まだ出ないかな」


 お蝶夫人アネーシャの動きが止まった。

 俺たちの反応を気にしていたからな。

 俺は波風を立てないように、お蝶夫人アネーシャの説明に礼儀正しく驚いたフリをし続けていた。


「一体何の話ですの?」


 先生がお蝶夫人アネーシャに向き直る。


「ええ。

第5使徒さまがもたらしたもので、他の使徒さまでは残せなかったもの。

今も残る技術がありますよね」


 お蝶夫人アネーシャが不審な顔をしたまま首をかしげた。

 記憶を探っているのだろう。

 少しして思い当たる節があったようで、ゆっくりうなずいた。

 だが合点がいかないのか、けげんな顔をしている。


「ええ。

確かにありますけど……そんなことが面白い事績なのですか? もっと危険な魔物討伐の話などの方がよろしくありません?」


「いえ、アルフレードさまの興味は……もっと別の所にあるのですよ」


 さすがに他の貴族の前では坊主とか言えない。


「そうなのですか?」


「ええ。

使徒さまのすばらしい技術が、なぜ今まで残ってないのか。

第1使徒さまの巡礼で出た質問がそれでした」


お蝶夫人アネーシャが驚いた目で俺を見ている。


「珍しいお方ですね」


 俺……そんなに変なことを言ったのか?

 技術の進歩は対症療法でしかない魔物討伐より、得られるものは大きいぞ?


 お蝶夫人アネーシャは今一納得していない顔だが、ここで断るわけにいかないのだろう。

 軽くうなずいた。


「それでしたら、そちらにも御案内いたしますわ」


                  ◆◇◆◇◆


 案内されていったのは他の討伐の展示物とかは違い、扱いが小さいものだった。

 ある意味人類の有益な発明品

 タンク式の水洗トイレ


「これって、他の使徒も作ったけど廃れているのですよね」


 一応確認する。

 ちょっと微妙な表情のお蝶夫人アネーシャ


「ええ。

第5使徒さまのご威光は、他の使徒を凌いでいたのです」


 いや……あんた、これの重要性理解してないの? 防疫って超重要よ? 普通に考えれば魔物に殺された人数より、疫病の死者数が断然多いよ。

 前世でも、戦争より疫病の死者が多い。

 この世界脳筋すぎだろ……。


「なぜ、第5使徒さまのものだけ残っているのですか」


 御威光で済む話ではないだろう。


「使徒さまは、大変慈悲深い方でした。

民衆の生活の向上に、最も熱心でしたわ。

その功績は多岐にわたっています」


 ピンぼけの回答がきた。

 そらそうだな……トイレを置いただけで済む問題じゃない。

 魔法で水を生みだして、流すなんてきりがないし絶対継続しない。

 しかし、そんなに多岐にわたる課題をどう解決したのだ?


「幾ら使徒さまでも、1人で多岐にわたる開発は大変だったのでは?」


 当然の疑問をぶつける。

 お蝶夫人アネーシャは興味がないのか無表情だった。


「使徒さまは具体的な方法は示さず、ただ改善を指示して他の者に作らせましたの」


 使徒が直接手を加えたわけじゃないから、功績として宣伝しにくいのか。

 だが、俺にとってこの違いはとても重要な情報だ。


 つまり、使徒が具体策に介在していない。


 言われるがままに作ると忘れる。

 それでも使徒が存命中の場合は、完璧に覚えているし運用もできる。


 丸投げで現地人が試行錯誤したものは、使徒が死んだあとでも覚えている。


 ミルヴァから聞いた死後の時間経過で、技術が失われる話と整合性がとれる。

 なるほど……一つ疑問は解決したな。


 その後の業績の説明は聞き流しながら、俺の思考は使徒介在の弊害について占められていた。

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