第33話 恋のピラニア

 ミルヴァもここに来たのか。


「アル、どうしてここに?」


 俺はちょっと意地悪な笑みを浮かべた。


「驚くのはやめたのでは?」


 思えばここにくる可能性が有ったな。

 何とか言い訳を考える時間を稼ごう。

 ミルヴァが苦笑した。


「アル、わりと意地悪ね」


「失礼、ちょっと意地悪したくなりました」


 ミルヴァは無言で俺を見ている。

 キアラのことを話すわけにはいかない。


 キアラは俺を信じて打ち明けてくれた。

 俺が誰かにしゃべっても、怒りすらしないのは分かっている。

 だからといって、俺が話す気はない。

 これはキアラが自分で話すことだと思っている。


 他人の重大事って、俺には結構重たい。

 しかも、世界を揺るがすレベルだ。

 中世で地動説を唱えるレベルなんて物じゃない。

 イエス・キリストは神の子ではなく、ただの人って中世で言ったらどうなるかってレベル。

 重たいなんて物じゃない。


 いろいろな急展開で、どうやら調子に乗っていたらしい。

 このパターンを想定してしかるべきだったが、すっかり失念していた。

 この生来のすぐ調子に乗る悪癖は、生まれ変わっても治らない。

 馬鹿は死ななきゃ治らない、なんて言葉が有るがそうとは限らない。


 一つだけ賢くなったね……俺。


 現実逃避は止めて慎重に言葉を選ぶ。

 とっさのアドリブでボロを出したら目も当てられない。


「話を聞いてここなのだろうなと。

どうしても見ておきたかったのですよ」


 噓は言ってないぞ、意図的に主語をぼかしているけど。


 ミルヴァから聞いた話もめっちゃ重い。

 そんな後に、俺が噓を言ったと分かったらいろいろマズい。

 噓はつけないし、重要事項は勝手に話せない。

 自分でハードルを上げている。

 俺の言葉に何かを感じたのか、ミルヴァは少し笑った。


「そう……私も話を聞いた場所に来てみたかったの」


「初めて来たのですね」


「ええ」


 何せここは使徒のお膝元、うかつな会話はできないのはお互いに分かっている。

 屋敷の人間の誰かが、俺を護衛という名目で監視をしている可能性だって有るのだ。

 誰も聞いていないと思い込んで油断する。

 うかつにしゃべった内容が漏れて破滅した人間は、転生前でも腐るほどいた。


 しかも、俺は重要人物だ。

 何かを得ると何かの不都合がついてくる。

 世の中そんなもんだ。


「誰なのでしょうね、この木に名前をつけたの。

巡礼のガイドブックに小さく書かれていることが、ずっと気になっていたのです。

木の名前なんて他に書かれていませんから」


 ミルヴァが笑顔でウインクしてきた。


「さすがに分からないわ」


 つまり、ミルヴァの父か。

 俺は理解したといった顔でうなずいた。


「そうですよね、名前の由来は誰もしらないのでしょう。

そろそろ戻りましょうか」


 ミルヴァは木の根元を見つめていたが、俺を向いて静かにうなずいた。


「ええ」


 2人で屋敷に帰ると、猛烈な勢いで喪女シルヴァーナが身を乗り出してきた。

 あ、しまった。


「ちょっとぉぉぉ、やっぱりアンタたち、アレなんじゃない。

もーちゃんとアタシに教えてよー! 水臭いじゃない!」


 喪女シルヴァーナの妄想にすぎないよ。

 俺はあきれ顔になる。


「たまたま会っただけですよ」


 ミルヴァも呆気にとらていたが、俺の言葉にうなずいた。


「うん、バッタリと会ったのよ」


 喪女シルヴァーナはドヤ顔をしつつニヤニヤ笑っていた。


 あかんやつだ。これ絶対しつこく繰り返す。

 幻想でも事実でもどうでもいい。

 恋話にピラニアのように食いつく人種がいる。


 まさに、俺の目の前に。


 しかも、喪女をこじらせている上に、現実の恋愛を知らない。

 つまり……妄想の加速が半端ない。

 将来の粘着ぶりを思い、深い深いため息をつく。


 そんな俺を見て、ミルヴァがクスクスと笑っていた。

 あのさ、君も無関係じゃないのよ。

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