第32話 ベルサイユ宮殿にお蝶夫人は違和感がないと思う

 俺の中で絶賛危険人物認定中の「第5使徒エレニ・クロロス」の拠点に到着した。


 淡々と手続きをしていると、突如後ろから声をかけられた。


「失礼します。

アルフレード・デッラ・スカラ卿とお見受けしました」


 ああ、やっぱり来たか……。

 振り向くと、家令の服装をした初老の男性が立っていた。


「クロロス家の方ですか?」


 俺の返事に少しだけ驚いたようだが、家令はすぐに落ち着いたようだ。


「そのとおりでございます。

当家の主がアルフレードさまと、そのお供の方々をお招きしたいとのことです」


「ご招待をお受けいたします」


 俺はすぐにうなずいた。

 返事の早さに家令は少し驚いたようだが……すぐに厳粛な態度に戻る。


「有り難うございます。

では、ご案内いたします」


 うなずいて、家令に付いていく。

 質問役がすっかり板についてきた喪女シルヴァーナが小声で聞いてきた。


(ちょっと話が見えないんだけど。)


(第3で騒ぎが起こったじゃないですか。

それで話が広まったんです。

問題が発生する前にわれわれを招待しておけば大丈夫だろうとの判断ですよ。)


(でも第4では何もなかったじゃない。)


(あるとは予想していたのですがね。

間に合わなかったのか、当主が不在だったのか分かりませんがね。

関わらない方が良いとも思われたか。)


 喪女シルヴァーナがドヤ顔でうなずく。


(アルは問題児だからねー)


 おまえにだけは言われたくはない。


                  ◆◇◆◇◆


 当主の屋敷に案内されたが……でかいな。

 どう見えてもベルサイユ宮殿です。


 応接室に通されると一同が思い思いに口を開いた。

 喪女シルヴァーナがはしゃぐ。


「さすが、唯一の女性使徒の末裔。

これ宮殿よねー」


 先生も物珍しげに見回している。


「俺も入ったのは初だな。

坊主の問題児っぷりが良い方向に出たな」


 あんたにも言われたくないわ。

 ミルヴァも物珍しそうに部屋を見回している。


「豪華ね、凄くお金がかかっているのかな?

アルを招待するのは何か用事でもあるのかな?」


「招かれたのは特に深い意味はないと思いますよ」


 実はあるのだけど。

 どこかで聞かれていると面倒なのであえて触れない。


 喪女シルヴァーナが俺を感心したような目で見た。


「アルの実家って凄いんだねぇ。

あ、駄目よ! アタシは使徒さま第一だからね」


 もうええって……。

 先生が部屋の中をジロジロ見ている。


「大貴族だからな……坊主を見ていると、学者の家に見えるだろう。

どっちかというと武力に秀でている家だな。

文武両道の家だが本質的には武に重きを置いている家だな」


 兄2人もああ見えて戦闘指揮と武芸に長けている。

 ゲームのステータスにすれば、統率と武勇80くらい。

 22歳でその能力は天才だろう。

 ある意味チート兄貴だ。

 俺? ないよ、そんなもの。

 ミルヴァは素っ気ない俺を見て苦笑した。


「アルは偉ぶらないから……たまに貴族だって忘れるわ」


 大本が庶民のオッサンだからだよ。

 虚勢を張る気は全くない。

 

                  ◆◇◆◇◆


 そんな話をしている中、扉が開いて声がした。


「高名なスカラ家のご子息をお招きできて光栄ですわ」


 当主のご挨拶かと思って、声の方向に視線を向けた。

 目に飛び込んできたのが、お蝶夫人……見た目がまんまだった。

 余りのはまりっぷりに吹き出しそうになった。

 吹き出しそうになったのを誤魔化すため、即座に一礼する。


「こちらこそお招きにあずかり、恐縮です」


「これはご丁寧に。

お初にお目にかかりますわ。

私はアネーシャ・クロロスと申します。

クロロス家の当主を勤めておりますの」


 女使徒なので当主も女性と限っているのだろう。


「夕食前にまずはご挨拶に伺いましたわ」


「これはご丁寧に。

食事前にお姿を拝見できたので、ちゃんと食事もできそうです。

あまりの美しさについ見とれてしまいました」


 いけしゃあしゃあと社交辞令。

 吹き出しそうになったのを誤魔化した。

 俺の社交辞令にお蝶夫人アネーシャが上機嫌でほほ笑んだ。


「あらお上手で。

スカラ家の殿方は勇猛な方ばかりで……女性の扱いは平凡と聞きましたが、噂はあてにはなりませんわね」


「若輩者なので、口の端にも上っていなかったと存じます」


 お世辞と礼儀のキャッチボールを、ずっとすると疲れるのだよね。


「まずはご挨拶だけでもとお伺いしましたの。

後ほど、夕食をご一緒いたしましょう」


「ええ、喜んでご一緒させていただきます。

ところでご当主、一つお願いがあるのですが」


「何でしょうか?」


「夕食まで、少し町を見て歩いてもよろしいでしょうか。

すばらしい町ですのでいろいろと見て回りたいのです」


「構いませんわ、それでしたらお供をお付けいたしますわ」


 それは困る。

 俺一人で片付けないといけない要件だから。


「お心遣いは有り難いのですが、一人で気ままに見て回るのが数少ない私の慰めなのです。

どうかご容赦を」


「分かりましたわ。

日が暮れる頃に夕食にいたしますので、それまでにお戻りくださいませ。

荷物はお部屋に運ばせておきますわ」


「感謝いたします」


 キアラからのお願い事を早く済ませておきたい。


 こういうのは最優先でやらないと何かのトラブルに巻き込まれた挙げ句、時間がなくなって……家に帰るに帰れなくなって……無実の罪をでっち上げられる。

 そんな社会的に抹殺されるコンボなんてゴメンだからな。


                  ◆◇◆◇◆


 町に出て早速ミッション開始。

 花屋があったのでカーネーションでも買っておくか。

 墓標に何の花がいいのか分からないが……。


 キアラの言葉を頼りにしおりに印された場所を探す。


 街外れまで出て…海沿いの近くにある大きな木だったな。

 しばしウロウロ探して、それらしいものを発見。

 何か看板が木に打ちつけられているな。


「墓標の木か……これだな」


 花を添えてキアラが来たら祈ると思う時間を思って黙祷をした。

 もう、故人の魂はいないと思うが。


 黙祷も終えたし戻るか。


 振り返るとそこには驚いた顔のミルヴァがいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る