第31話 とある家令のとばっちり

 何事もなく怠惰に、ヒドラの争いを避けながら過ごし続けた3日目のことだ。

 喪女シルヴァーナがホクホク顔で服を抱えている。


「いや、アルさまさまだわー」


 ミルヴァがちょっと申し訳なさそうにしている。


「アル、本当にありがとう」


 喪女シルヴァーナとの対比ですごくマトモに見える。


「いえいえ」


 笑顔で返した瞬間、何か背筋がゾクっとした。


(ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ)


 空耳かな? 絹を裂くような男の悲鳴が聞こえた気がする。



                  ◆◇◆◇◆


 スカラ家での出来事。


 穏やかな顔でキアラが家令を見ている。

 見た目は穏やかだが、なにかドス黒いオーラが見える。

 敏感な人間ならそう感じるなにかだ。


「マリオ、お兄さまの支払いの請求は来ていないのですか? 第4使徒の町にもう……ついているはずですよね?」


 哀れ蛇ににらまれた蛙のようにマリオが震えている。

 今にも卒倒しそうな様子だ。

 キアラからぞっとするような冷気が漂ったのをマリオが感じた。


「黙っていては分かりませんよ」


 その氷のような声にマリオが硬直したまま、飛び上がった。

 そして、後ろに隠していた紙がぱらりと落ちる。

 ゆっくり歩いてキアラはその紙を拾って、しばしの硬直。


 密にキアラから低い笑いが漏れ聞こえた。

 マリオが絶叫。


「ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ」


 そして卒倒した。

 キアラが肩を震わせていた。


「2人目ですか? 3人目ですか? たくさんですか?」


                  ◆◇◆◇◆


 喪女シルヴァーナが不思議そうな顔をした。


「アルどうしたの?」


「ああ、いえ……何か寒気がしたのですよ」


 ミルヴァが心配そうな顔をした。


「風邪? 無理せずにちょっと休んでいった方が良いんじゃない?」


「大丈夫ですよ、ただ……不思議とここにいると駄目な気がします」


 喪女シルヴァーナがウキウキしている。


「なら第5使徒の所に行こうか、唯一の女性だからアタシは楽しみなのよねぇ」


 あの問題児か。

 思わずミルヴァと俺は目を合わせて肩をすくめた。


「む、何そのアイコンタクト! いつの間にいい仲になっているのよぅ」


 恋バナに飢えているオバチャンのような勢いで食いついてきた。


「気のせいですよ。

男に飢えすぎて禁断症状でも出たのでしょう」


「失礼ね! アタシは使徒さま一直線よ」


「ハイハイ」


                  ◆◇◆◇◆


 酒だけ飲んで空気だった先生を回収して、因縁の第5使徒の拠点向けて出発をする。


 馬車の中で先生が、何かを思い出した顔になった。


「実は第5使徒は他の使徒と、結構違うのだよ」


喪女シルヴァーナが女を馬鹿にするな、と言わんばかりの勢いで突っかかった。


「女性ってことが?」


 そうじゃないといった感じで先生が首を横に振った。


「残されている業績が少ないのだよ。

他の使徒に比べて差は歴然としている。

比率で3分の1だな」


 喪女シルヴァーナが首をかしげた。おおまかだが数値をだされて不自然さを感じたのだろう。


「記録に残らない功績が多いんじゃない?」


 第5の危険さを知っているミルヴァと俺は目を合わせて肩をすくめた。

 先生は気のないそぶりの俺が気になったのか、不思議そうな顔をする。

 普段なら少ない理由に食いつくと思ったのだろう。


「珍しいな坊主が聞いてこないの。

食いつくと思ったのだが。

もう興味を失ったのか」


「まあ、内容自体は繰り返しですしね。

繰り返しの数が多いか少ないかは興味がないのです」


 実際は少ない理由に、察しがついているからだが。


「先生、寂しいよ……あっ!」


「どうしました?」


 おもちゃを見つけた悪戯小僧のように、先生がニヤリと笑った。


「坊主が気になりそうなものがあった」


「ほう、それは何です?」


「ついてからのオ・タ・ノ・シ・ミ♪」


 指を振りながらもったいぶる先生を、喪女シルヴァーナが白い目で見た。


「童貞キモイ」


 喪女シルヴァーナの意見に珍しく全面同意したくなった。

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