第30話 酔狂だからこそ世界を敵に
すべての解がここで集まるとは限らない。
だが、方向性だけは定まると確信している。
ミルヴァが下を向いてブツブツ言っていたが……意を決したように俺を向いた。
「もうアルが何を言っても驚かないことにするわ。
生まれて200年ちょっとだけど……この5分程度で1000年分くらい驚いた気がするわ」
「驚かせる積もりは全くないのですがね。
人間界に出てきたのですから、驚きが有っても良いでしょう」
「アル……限度ってものが……」
父親が亡くなっている、多分教会に消されているのだろう。
それを俺から聞くのは良くないな。
無神経に興味本位で聞き出そうとするのは、ただ相手を傷つけるだけだ。
しかも、今回は悩みを聞き出すものではない。
俺が勝手に情報を引き出そうとしているだけだ。
俺を真剣な目で見ていたミルヴァが軽くため息をつく。
「ヴァーナがアルは知りたがりの癖に無神経なことは、絶対に聞かないって言ったけど……本当ね。
16歳って噓にしか思えないわ」
「いや、ピッチピッチの16歳ですよ」
ミルヴァにジト目で見られた。
「まあ、良いわ。
父はね、第5使徒エレニ・クロロスの仲間だったのよ。
恋人ではなかったけれどもね」
ここで第5が来たか……しかも危険なヤツだ。
教会がもみ消しを図るのに一番苦労してそうだ。
「なるほど、第5が没後の様子を確かに見てそうですね」
「ええ。
エレニは恋人バシレオスを失った事件が有ってね。
それ以降、情緒不安定になったのよ」
ここで焦って核心に迫ろうとしてもダメだ。
ミルヴァを無駄に傷つけてしまいかねない。
あえて普通の質問をして会話のきっかけを作ろう。
「使徒の恋人が亡くなるケースって有るのですか」
「ええ、ちょっと複雑な経緯が有ってね。
表に出しにくい話なのよ」
だろうな、つまりミルヴァの父も事態を把握していたのか。
「もしかして不安定になってすぐ死んだのですか?」
「いえ、その後も長くは生きていたけれどもね。
父はその事件の前までは彼女に惹かれていたのよ。
その事件の後からは距離を置いて、冒険の協力だけするようになったのよ」
ちょっと意外だったな……全員が全員盲信したのではないのか。
「その話をしたってことは……惹かれていた前後でも何か違うのですね」
「ええ。
惹かれていたときは不思議と、彼女の期待することをスムーズに実行できていたそうよ」
「距離を置いた後はできなくなったと?」
ミルヴァが古い記憶を探すような顔になった。
「何て言っていたかな。
惹かれていたときは、何か夢の中にいる感じだったかな」
催眠術みたいなものか?
「そんな感じだと、逆に何をするにしても精度が落ちないですか?」
「それがね、弓を射っても無心で射る感じで見事に当たるのよ」
無心か……余分な力や雑念が入らないことなのか。
「で、距離を置くと夢から覚めた感じですか」
「そう。
でもそのときの方が自分の本来の力だって感じていたみたい」
なるほど…精神的に何か影響が有るのか。
余計なことも考えずにすむような。
「何か魔法みたいですね」
ミルヴァが少しだけうなずいた。
「父もそう言っていたわ。
その後エレニが亡くなってから、他の人も徐々に夢から覚めたような感じになったみたいよ」
「父上が仲間に聞いたのですか?」
「エレニの葬式のときにね、仲間たちが顔を合わせて思い出話をしたそうよ。
そこでその話が出てきたみたい」
「父上は没後に変化は?」
「特に変化はなかったそうよ」
精神的なつながりか……中枢が止まると影響も消えるのか。
「その後、使徒が持ち込んだ技術が廃れますよね。
その辺りが影響したのですかね?」
「技術の使い方を日に日に忘れていったと聞いたのよ。
段々思い出せなくなる感じだったかな」
技術を教えたけど、知識として根付かなかったのか。
「それでは社会が混乱しそうですね」
ミルヴァは困惑顔になった。
社会の変化は具体的には聞いてないのかもしれないな。
「その後は作物が不作になったり、原因不明な病気が流行ったりして……その場所から人がいなくなったわ」
それもそうか、危険地帯になるものな。
「巡礼地って使徒没後にすぐ作られないのですか?」
ミルヴァは何かを思い出す感じで、ちょっと考え込んだ。
「私がこっそり見たときは没後30年くらいかな……教会の人が調べて聖地として教会が認定。
そして騎士団が拠点を再建するみたいよ」
超短期間の放射能みたいなものか?
放射能だったらもっと酷いはずだな。
「何とも迷惑な話ですね」
素朴な感想だが、なぜか受けたようでミルヴァが思いっきり笑い出した。
涙目になりつつ笑っていたが、落ち着いてから真剣な表情になった。
「本当にアルって使徒を崇拝してないのね」
「そうですかね」
「そうよ、そんな態度を教会の人たちが知ったらシャレにならないわよ」
思わずため息が出た。
「困った人たちだ」
ミルヴァはまた笑い出した。
そして急にさっきより真顔になった。
「私の父はアルの態度ほどではないけど……崇拝していなかったからね。
だから、教会に殺されたのよ。
証拠はないけどね」
ああ、やっぱり。
使徒の協力者が崇拝してなければ、教会にしては不味いことこの上ない。
俺の立場をある程度明確にしておいた方が良いだろう。
彼女も相当なリスクを負って教えてくれたのだ。
俺は馬鹿にしたような顔をした。
「虚構もすがり続けると、それに捕らわれる。
手段が目的に入れ替わる。
愚かしい限りですが」
ミルヴァは面白がっているような顔をした。
「良いの? そんなこと言って」
「事実が愚かなら愚かと言うだけですよ。
それを賢いだのと糊塗するのは私の主義に反するのです」
ミルヴァが穏やかな目で俺を見ている。
キアラと仲良くなれるのではないかな、そんなふうに思った。
「アルになら話してもいいわね。
バシレオスを失った事件のことよ」
実態は知っている。
だが、覚悟して話してくれるなら受け止めるべきだ。
「何かエレニに対して疑惑を持つ事件が有ったのですね」
「そう、バシレオスが死んだのは自業自得だったのよ」
◆◇◆◇◆
ミルヴァが話した内容はキアラのそれとほぼ同じだった。
何度聞いてもため息が出る。
不快なものを振り払う感じで俺は強く頭を振った。
「狂ってやがる…」
つい素の口調が出てしまった。
それをミルヴァは気が付かないフリをしてくれた。
「父もそれは間違っていると言ってね、せめて子供たちを救おうとその場所に向かったのよ」
分かっているが、何度聞いても胸糞が悪いことは変わらない。
無言で続きを促す。
「木の下でね……お互いを刺し合った子供の死体が転がっていたわ。
本当はね、父はエレニに裁きを受けさせたいとも思っていたのよ。
八つ当たりのような処罰は私刑でしかないってね。
でも話は簡単じゃなくて……父の一族はダークエルフとの抗争中だったのよ。
そしてエレニに一族を守っていてもらったの」
政治的には難しい話ではあるな。
「それで?」
「結局……見て見ぬふりをすることになったわ。
父は一族のために断腸の思いで受け入れたけどね。
エルフは長命よ。
できるだけ正しく生きようとして、醜い行為を嫌うわ。
そうでないと、その醜さと永久に付き合うことになるから。
醜さを気にしないと段々容姿が変わって別の種族になるらしいわ。
エルフは心の在り方が、肉体に反映されやすいって話よ。
だからエレニのように何でも自分は正しいと思い込む人に助けてもらう。
そのことに一部の人は耐え切れなくなったのよ。
それで、今はラヴェンナ地方の森に移住することにしたのよ」
自分が違う生き物になるのは恐怖か嫌悪だろうな。
残ったエルフはどうなったのだろうか。
これを詮索するのは無粋というものだ。
それより無難な話を聞こう。
「ラヴェンナ地方にエルフが住んでいるって聞いたことはないですね」
ミルヴァが肩をすくめた。
「それは教会から存在を否定されているもの。
隠れないと消されるわよ。
父もエレニのやったことを知っていて長命よ。
それにエレニが死んだら一族を守ってもらうこともなくなったしね。
それで真実を話されたら教会としても不都合でしょ」
「よく……ミルヴァさんは無事でしたね」
ミルヴァは辛そうな表情で俯いた。
「私は別の里に使いに出ていたときに父と母が襲われたのよ。
一見すると魔物の仕業に見えたけどね。
父は生前、自分の身に何かあったら100年は姿を隠せと言っていたわ。
それで別の部族のところに匿ってもらったのよ」
やはりこの点への疑問が深まる。
「なぜ、今になって出てきたのですか?」
「実は私も分からないのよ。
どうしてもラヴェンナに行かなきゃって急に強く思い立ってね……なんでかな」
済まない……それは多分俺のせいだ。
不味いことに巻き込んでしまったか。
無意識とは言え責任を感じてしまう。
俺は黙ってミルヴァを見つめた。
彼女もキアラと同じで世界の敵か……こういうのって俺は弱いんだよなぁ……。
それにおそらく俺が原因で、ミルヴァを危険な目に遭わせてしまっている。
辛い過去を掘り返してもいる。
埋め合わせをしないと俺の気が済まない。
これは余計な重荷になる可能性も有る。
だが……俺は自分の気持ちに正直になることにした。
「私の力の及ぶ限り、その里を守りましょう」
ミルヴァが微笑んだ。
「そんな危ないことをしてくれる理由はどうして?」
「ミルヴァさんが、そんな不遇な目に遭うのが気に入らなかっただけです。
単に私が勝手にそう思っただけですよ」
俺のらしからぬ理屈抜きの理由に、ミルヴァが笑い出した。
「そんな酔狂で 世界を敵に回したら ダメよ」
結局は好き嫌いの話だ。
ミルヴァがそんな隠れて住む状態が気に入らない。
「そんな酔狂だからこそ 世界を敵にする んですよ」
ミルヴァはひとしきり笑っていた。
笑い終わったミルヴァの目には光るものが有った。
世界が敵だと思っているなら、鬼でも悪魔でも味方がいるならうれしいだろう。
「ほんとアルって変わった人ね、できるだけ迷惑をかけないようにするわよ。
でも……本当にありがとう」
笑顔で返したが、多分悪人の笑いになってそうだ……。
「どういたしまして」
俺のやることが明確になってきた。
後少しで結論を出せそうだ。
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