第24話 飢えると質は問わなくなる

 次の拠点に到着した。

 ここは景色もがらりと変わって、大河と森の近くにある拠点。

 そして、さらっと国境を越えている。

 越境も巡礼札を持っていたらフリーパスか。


 先生が町の中を指さす。


「ここが第3使徒、アデラール・リュウキ・マントノンの拠点だ」


 正直どうでもいい。

 俺が宿に向かう途中で、ちょっとした騒動の場にでくわした。

 野次馬の山ではないが人が集まっていて、言い争う声が聞こえてきた。 

 声は男と女。 

 ただの喧嘩ならスルーしたが……これは違うだろう。


 男が女を無理やりナンパしている。

 よくあるテンプレです。

 テンプレだと最初にこんな出会いがある。

 俺の場合は……喪女シルヴァーナ……。

 思わずため息をついてしまった。


 テンプレ劇場を見るとエルフの女1人に、身なりは貴族のボンボンと取り巻きが絡んでいる。

 エルフ女はよくある金髪、緑の目、色白で細身で小柄の美人。

 貴族のボンボンはダークブロンドの髪と青い目、顔立ちはそれなりに美形。

 背たけも結構あるな。


 とはいえ見過ごす訳にもいかないだろう。

 こういう光景が好きではない。

 それと解決できる地位があって、見過ごせば非常に寝覚めが悪い。

 実家が大貴族だからな。

 そんなときこそ、貴族の肩書き親の七光りを有意義に使うときである。


 男がエルフに顔を近づける。

 実に醜悪だ。

 見た目がではない。

 だが心の持ちようは表面にでる。


「いいだろ、このマントノン家のウジェーヌが君をエスコートしてやると言っているんだ」


 エルフは必死に抵抗する。

 誰かに助けを求めるように周囲を見ない。

 助けがこないと思っているのか。

 余りに気の毒だ。


「いいえ! 結構です!」


 テンプレって見ているときは無感動なのだが……。

 傍観者でなくなるときって……恥ずかしいのよね……。


 俺の表情を見た先生が耳打ちしてくる。


 (マントノン家は使徒の子孫でこの国の貴族だぞ。)


 黙ってうなずくと仕方なく、テンプレ劇場の舞台に上ることにした。

 俺は目立つ位置まで前にでて、できるだけ穏やかにその貴族に話しかける。


「無理強いをするのが貴族の流儀なのですか?」


 するとテンプレート的な表情とともに怒鳴られた。


「貴様! 邪魔するなよ! マントノン家に盾突く気か?」


 セリフまでテンプレだ、深いため息をつくとウジェーヌが顔を赤くした。


「おまえ、僕の邪魔をする覚悟があるんだろうな!」


 俺は表向き穏やかな態度を崩さないようにした。


「あなたこそ、覚悟はできているのですか?」


 冷静に返すと、相手が逆上する。

 ベタすぎて乾いた笑いがでる。

 それを見たウジェーヌが顔を赤くして、剣を抜く。

 ここで力を示して、女性を助けて仲良くまでがテンプレではある。

 だが、必要もないのに力を示す必要もない。

 親の七光りで事足りる。

 俺はウジェーヌを見て鼻で笑う。


「それは、デッラ・スカラ家と戦う意思表示ですか?」


 デッラ・スカラ家は有名だからな、流石に知らないとはならないか。

 ウジェーヌが目に見えてうろたえる。 

 その隙にエルフが俺の所に駆け寄ってきた。


「お嬢さん、ここは私が預かります。

早く離れたほうが良いですよ」


 エルフは俺に軽く一礼して俺の後ろに下がる。

 喪女シルヴァーナがエルフに駆け寄って何事か話している。

 エルフについては任せておこう。

 俺はウジェーヌに面倒くさそうな顔をして視線を戻す。

 ようやくウジェーヌが我に返ったようだ。


「は? 噓つけ! どうして他所の貴族がいるんだよ!」


 何だろう、ここまでの馬鹿って……普通ないぞ。

 貴族で軽率な行動は破滅につながるって学ぶだろう。

 違和感だらけだ。


「使徒巡礼の最中ですよ。

そんなことも御存じないので?」


 取り巻きが耳打ちする。

 俺がいる理由くらい、取り巻きは知っているだろ。

 そしてウジェーヌの顔が赤くなったり、紫になったりしている。

 取り巻きの1人が走ってどこかに向かっていった。

 ここまでは想定どおりか。

 人の顔ってそんなに簡単に変色したっけなぁ、と無感動に観察する。

 俺は腕組みして顎に手を当てる、偉そうな貴族ポーズをとる。


 ウジェーヌがへっぴり腰になったまま、俺を凄い形相で睨む。


「お、おまえこそ使徒の子孫たるマントノン家の邪魔をすることが、どんな意味を持つか分かるだろう!」


 あー、こんなときはタバコが吸いたい。

 さて、どう料理してこの場を収めるか……。


「使徒の子孫であれば、女性に無理強いをしても良いと仰るのですか?」


 もともと、こんなのは勝負にもなってない。

 この要求を通すのは無理がある。


 理屈が通じないなら、別の手だな。

 差し当たり手加減して攻撃を続けよう。

 大げさに両手を広げる。


「マントノン家の常識がそれであると。

寡聞にして存じませんでしたね。

これは是非広めなくてはなりませんね」


 俺が、絶対に引き下がらないことを悟った取り巻きが耳打ちする。

 ここで引くように説得しているのだろう。

 そして、俺を殺すような物理で解決なんてとんでもないことになる。

 理屈では勝てるはずもない。

 こんな単純な計算すらできないのか? 俺は子供を諭すような態度をとる。


「そろそろ引き下がったほうが傷口は少なくて済みますよ。

そうですね……酒に酔ってつい羽目を外してしまった。

今ならそうだと拝察しますよ。」


 騒ぎにはなっているし、時間稼ぎで判定勝ちが無難かな……。

 ウジェーヌが怒りの余り小刻みに震えている。

 テンプレートの咬ませ犬は動作もテンプレートだな。

 優秀なテンプレートだ。

 直接関わらなければだけどな。


「お、おまえ、マントノン家を侮辱するのか!」


 血走った目でウジェーヌが怒鳴った。

 毛細血管が結構切れてそうだな……。

 そんな程度で切れていたら、そのうち脳出血で死にそうだ。

 俺、かなり悪い顔でニヤリと笑っている。


「よほど名誉に飢えていらっしゃるようですね。

生憎、我が家はそこまで名誉に飢えていないので理解できませんね」


 ウジェーヌの剣を持つ手がブルブル震えている。


「な、何だと!」


 遠目に目的のものが走ってきたのが見えた。

 では、そろそろ終幕に向けて動きますか。


「いえね、女性に無理強いをした挙げ句、剣や地位で脅さないと保てない名誉に拘るとは。

私の知るかぎりそれは名誉ではなく恥辱なのですが」


 もうちょっと煽って激発させればこのあとの話はやりやすい。

 では彼の理性に止めを刺してあげよう。

 この程度での激発とは情けない。

 とてもドヤる気にはならないし、むしろ恥ずかしい。

 俺はウジェーヌに分かりやすいように軽蔑した表情になる。


「偉大なのは先祖であって、卿ではないでしょう? 何もかも

何も持ってないから汚物のようなものも名誉だ……と勘違いされるのですか?」


 これで、プッツンするだろ。

 ウジェーヌが何か意味不明な叫び声を上げた。

 止めようとする取り巻きを強引に振りほどいて、こちらに剣を振り上げて突進してくる。


「止めんか!!!」


 ドンピシャ。

 大声が響く、と同時にウジェーヌが金縛りにあったように硬直する。

 魔法で止めたか。

 待っていたのはこれ。


 町で息子が騒ぎになった挙げ句、相手は大貴族の子息。

 騒ぎの原因が息子の愚行。

 大急ぎで報告が上がり、当主が止めに来る。

 念のために魔法使いを連れてきているのだろう。


 喪女シルヴァーナが暴発して、先に手を出さなくて良かった。


 立派な身なりの中年男性がでてきて、俺に一礼した。

 背後に大勢のお付きがいて、その中に魔法使いらしき人がいた。

 バインドでもかけたのはその人だろう。


「愚息が失礼した。

私はオクタヴィアン・リュウキ・マントノンと申します」


 ミドルネームを名誉として継承したのか。

 幸いマトモな人のようだ。

 テンプレだろうからそこまで心配しなかったが。


 こちらも一礼を返す。


「いえ、謝罪はあちらの女性にこそ」


 俺の後ろで、喪女シルヴァーナと成り行きを見守っていたエルフの女性を示す。


「そうでしたな。愚息のご無礼をお許しください」


 突然話を振られたエルフが慌てた


「あ、い、いえ。

どうか頭をお上げください」


 オクタヴィアンが、お付きのものに目で合図する。

 お付きの者たちが、固まっているウジェーヌを運んでいく。

 生きている彫像を横向きで運ぶ光景は、実にシュールだ。

 そして、俺たちに向き直る。


「ご両名、どうか改めて謝罪を。

そして我が屋敷にご滞在いただきたい」


 喪女シルヴァーナが俺の隣に寄ってきて耳打ちする。


 (招きに応じたら危険なんじゃない? どう考えてもヤバイでしょ。)


 いらない心配に俺は首を振る、そのあとオクタヴィアンに一礼する。


「我々はお招きをお受けいたします。

そちらのお嬢さんもお聞き入れたほうがよろしいかと

信じ難いでしょうが、あなたの安全は私アルフレード・デッラ・スカラが保証します」


 エルフは俺をじっと見たあとで微笑んだ。


「分かりました。

アルフレードさまの保証なら信じます」


 そしてエルフは、オクタヴィアンに向かって一礼する


「お招きをお受けします」


 俺はエルフからオクタヴィアンに視線を戻す。


「後ほど、屋敷にお伺いすればよろしいでしょうか?」


 すぐに人を招く準備はしていないだろう。


「いえ、すぐにでもお越しいただきたく存じます」


 ふむ、そうきたか。

 余計な仕込みはしないと意思表示か。


「では、私は宿を決める前ですのでそのまま向かいます。

が、ええと…」


 俺はエルフを見る。


「私もまだ宿は決めてないので大丈夫です」


 オクタヴィアンはうなずいた。


「では、ご案内しましょう」


 俺たちはオクタヴィアンのあとに続いて、屋敷に向かうことにする。

 エルフが俺に寄ってきて軽く頭を下げた。


「あ、私はミルヴァ・ラヤラです。

先ほどは本当にありがとうございました」


 俺に向けられた笑顔を見て、助けて良かったと本心から満足した。

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