第20話 創業は易く、守成は難し
昨日は珍しく平和に情報収集と精査に専念できた。
いや! 珍しいのがおかしい!
気を取り直して、町で見た列車の残骸を思い出す。
箕子の憂いってやつで、転生前の技術を無理やり再現したものは列車だけではないだろな。
どうせそのあたりは展示会で出ているだろう。
信仰心で列車のメンテナンスはできないのだが、この世界は何でも信仰心や使徒の御利益に結び付ける。
そして使徒が力を乱用することを期待している神様。
この状態は神とやらによっては都合が良いのだろう。
◆◇◆◇◆
展示会は、使徒が持ち込んだ知識で作ったものをオブジェとして飾っていた。
「これってどんな道具なのよー」
やっぱこの2人は仲がいいな……結婚してしまえよ。
俺の離れた所でな。
展示物は転生前ではありふれたものだらけ。
予想通り、列車だけでなくバイク、冷蔵庫、エアコンetcetc……。
電気の代わりに何を使ったのかはちょっとだけ興味があるが、優先度は低い。
道路のアスファルト、バスタブ、水洗トイレ……。
できるかぎり転生前の生活に近づけようとしたのだろう。
ん? 変だな……そういえば、水洗トイレは既に家や酒場とかあちこちにある。
「先生、ここに展示されているものは現在使われていないものだけでは?」
「ああ、そうだが……気になるものでもあったのか?」
俺は首をかしげる。
「水洗トイレって今、普通に普及していますよね」
「ああ、第1使徒の持ち込んだ水洗トイレは死後に運用できなくなった」
「今、使われているものは?」
先生はニヤリと笑う。
「それは後の旅で判明する」
違いがあるのか。
「後、ここにあるアイテムバッグって何です?」
小さな袋のようなもので、説明ではアイテムを大量に収納できる。
確かによくある異世界ものでは……無限ストレージは存在していたな。
だが、これは転生のときに持ち込まれるわけはない。
先生がちょっと教師然とした態度になる。
「昔から、アイテムバッグは存在していたがな。
第1使徒は無限の量を収納できたらしい。
死後、暫くしてから全てのバッグが使えなくなったのさ」
「そんなことが起こったんですか?」
「そもそも、どんな仕組みでアイテムバッグに収納できているかは謎でな。
使えなくなってから数十年後にまた、使えるようにはなった」
「安定性がないですね」
先生が俺の意見に同意するように肩をすくめた。
「さらに問題が出てきてな。
古いアイテムバッグの中身は……別のバッグの中身に入れ替わっていたのさ」
んー、対応するキーが入れ替わって別物につながったってことか?
データベースじゃあるまいに。
しかし、原理が分からんものをよく使いまくる気になったな。
「それで、何時使えなくなるか分からないものは使えない……となって廃れたのさ。
例外として、使徒だけは無限に使えていたな」
無限と定量はそもそも原理が別な気がする。
そのまま先生が口を開く。
「バッグの禁止によって、戦争が難しくなって小規模化したって話もあったな」
ああ、兵站を維持できないだろうな。
略奪するにしても軍隊の食料を支えるほど、地方は豊かではないのか。
「それで過去の遺物として展示されているわけですね」
「そうだ」
「第一使徒の活動期間ってどれくらいでしたっけ」
先生がちょっと何かを思い出す顔になった。
「確か1年から40年くらいだな。
後は引退して拠点に引きこもっていた」
40年でノウハウのないオーバーテクノロジーは定着するはずがない。
使徒がいる間だけは維持できているのがちょっと気になるな。
転生前は飛行機事故の番組とかを好んで見ていた。
そのあたりのテクノロジーはさまざまな試行錯誤、失敗と対策の積み重ねで運用されていることは知っている。
駄目ならもっと早くにトラブル続出のはずなのだが。
「駄目になるときってどんな感じなんですかね」
先生の顔が渋くなった。
「詳しい伝承は残ってないな」
珍しく歯切れが悪いな。
そう思っていると、小声で耳打ちしてきた。
(法王庁の使徒資料室なら残っているかもしれないがな)
どうやらアンタッチャブルな話らしい。
つまり教会にとって都合が悪い話。
これはまた、別種の課題かぁ。
確かにこのテクノロジーの洪水を提供されたら奇跡と思う。
そして死後に運用できなくなったとしたら……信仰心のせいにでもしたくはなる。
実のところノウハウをためようとしないのは教会の意向にそうのか。
胡散臭い世の中だ、この世界の常識からしておかしい。
差し当たり、まだ情報の分析って段階でない。
判断は情報を集めて捨てて分析する。
まだ初期段階だ。
「私は少し町とかを回ってみますので、2人は宿に戻っていてください」
「ああ、気を付けてな」
「変な女に捕まるんじゃないわよー」
もう捕まっているよ……。
◆◇◆◇◆
町を見回って、昔はどんな風景だったか想像してみる。
転生前でも、城跡や遺跡に行ったときはそうしていた。
外観だけ残っていて部分的に改造されていたりするとガッカリする。
城をめぐっても、中身はエレベーターが設置されているとか仕方ない。
観光客の利便性は大事だからな。
それでも、何だかなぁと思ってしまう。
むしろ、昔のままのつくりだとテンションが上がる。
イメージしたのはひどくチグハグな世界だ。
ふと思ってしまう。
部族社会だったアフリカが欧米の植民地にされた。
その後独立したが、急に近代の文化を与えられてもうまく回せない。
社会制度にしてもそう、首長制からいきなり議会民主制になったとして待っているのは汚職と腐敗だ。
立派な大統領はいても、立派な倉庫番はいない。
日本みたいな一足飛びに近代化できる特殊な国はめったにない。
この世界に便利な異物を持ち込んでいいのだろうか。
悩んでいるとタバコが吸いたくなる。
ヤニカスなどと言われても、吸いたいものは吸いたいのだ。
もしかして、前の使徒もこんな感じで欲望+善意で技術を持ち込んだのかな。
技術も力の一種だ。
与えることは簡単でも、維持は難しい。
創業は易く、守成は難しだ。
気分を出しながら宿屋に戻ると、2匹のヒドラが争っていた。
飲むのは簡単だが……ほどほどは難しい。
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