第21話 女の決断

 次に向かうのは、海沿いにある第2使徒の拠点である。


 馬車の中、いつもは五月蠅い喪女シルヴァーナが大人しい。

 黄昏れている感じである。

 先生が楽しそうに茶化す。


「どうした? 布が多くて蒸れでもしたのか?」


 先生、そんな言動だから独身なのだよ……。

 喪女シルヴァーナのリアクションには、いつもの元気がない。


「五月蠅い永遠の童貞」


 放置するのがいいのに我慢できずに、ちょっかいを出すから……。

 内心のため息とともに、仕方なく助け船を出すことにする。


「シルヴァーナさん、体調が悪いなら寝ていた方がいいんじゃないですか?」


「アリガト、でも大丈夫よ。

ホントそこの永遠の童貞と大違い」


 元気なくぽつりとつぶやく。


「道中の宿場町、アタシの生まれ故郷なのよ」


 できるなら寄りたくないってことか。


「なら手続きを済ませたら、すぐ宿で一休みしましょうか」


 全く気が付いてない先生。

 ニヤニヤ笑いのままだ。


「実家とかないのか?」


 思わず天を仰ぐ。

 こんなネタは……本人が触れたくなさそうなら、黙っていろよ。


「飛び出したようなもんだし、今更戻ってもね」


 先生がウンウンとうなずく。


「そうか。

俺は追い出されたようなもんだし、似た感じか」


 いや全然違うし。

 喪女シルヴァーナは物憂げに外を向いたままだ。


「それだけじゃないんだけどね……憂鬱の理由は」


 頭に豆電球がついたような表情の先生。

 あ……マズイ、絶対良くないことを言う。

 こんなときのために、口を塞ごうと用意していた猿ぐつわを持って立ち上がった。

 それより早く……爆弾を投下しやがった。

 ドヤ顔の先生が喪女シルヴァーナを指さす。


「友人あたりが結婚していて、それで寄りたくないのだろう!」


 俺……何でこんなに苦労ばっかりするの?

 先生……俺の保護者のはずだよね……。

 しばいたろか? このオッサン。

 能面のような顔になった喪女シルヴァーナ


「エエソウヨ、ドウセアタシハウレノコリヨ」


 俺は思わず顔を両手で覆う。

 先生は朗らかにフォローのつもりで笑っている。


「まあ、気にするなって。

人の幸せは人の幸せ。

おまえ使徒狙いなんだろ。

気にするな! 気にするな!」


 俺がデリケートな会話の機微を教育せんといかんか?

 ちょっとこいつを黙らせないと駄目だ。

 

 そう思っていると、静かな殺意をまとった喪女シルヴァーナと目が合った。

 仕方ないが……不本意だが……何かが通じ合った。

 俺と喪女シルヴァーナがすっと立ち上がった。


 先生は全く気が付かずにヘラヘラ笑っている。


「ん? 2人ともどうした??」


 俺と喪女シルヴァーナがうなずき合う。

 

 俺はすかさず距離を取る。

 喪女シルヴァーナ電光石火のスリープ。

 俺は黙って猿ぐつわをかませて、両手両足を縛りあげる。

 この間所要時間1分。


                  ◆◇◆◇◆


 縛りあげられて幸せそうに寝ている中年男性。

 実にシュールな光景である。

 しばしの沈黙が馬車を支配した。

 沈黙を破るように喪女シルヴァーナが苦笑する。


「アリガト。

あのままずっと、喋らせていたら殺っていたかもしれないわ」


 なぜか申し訳ない気分になる俺。


「何と言うか……デリカシーのない先生で済みません」


 どうして俺が謝っているんだよ。


 俺の顔を見て、ケタケタと喪女シルヴァーナが笑い出した。


「アルのせいじゃないし。

ま、これを見てちょっと気が晴れたわ」


 ひとしきり笑った後、涙目を拭って静かに口を開いた。


「ここの町でさ、アタシ友達とコンビを組んでいたのよ」


「でしょうね、ソロの魔法使いはちょっと危険ですし」


 喪女シルヴァーナが遠い目になった。


「相棒は友達の女剣士でね。

アタシたちって……ちょっとしたコンビだったのよ。

町には第2使徒さまに救われた伝承があってね。

子供の頃から延々とそんな話を聞かされてたのよ。

それで2人で使徒さまに選ばれようと……誓い合っていたんだけどね」


「それで、あそこまでこだわっていたのですか」


「それだけじゃないけどね。

ある日突然友達が『ゴメン!アタシ結婚するから!』って言い出してさぁ」


 友達が現実に帰ってしまったのか。


「ああ……」


「友達が相手に選んだのが、普通の鍛冶職人でさ……それは別にいいのよ。

でも、それなら前もって言ってほしかったのよ」


「言い出せなかったと言われたわけですね」


 喪女シルヴァーナが苦笑する。


「そうそう、よく分かるわね。

本当にあの童貞の教え子?」


 俺は眠りこけている先生を見てため息をつく。


「ええ……この旅で先生の株は爆下がりですが」


 喪女シルヴァーナが小さく笑って、ため息をついた。


「そこでアタシも感情的になって言い争いになったのよ」


 何を言われたのか何となく想像はつく、だが他人が言って良いことではないので黙っている。

 何かを察したのか、喪女シルヴァーナがこっちをじっと見て肩をすくめる。


「やっぱアルはイイ男だよ。

ちゃんと分かっている。

絶対モテてるでしょ」


 俺も小さく笑って肩をすくめた。


「何のことやら。

貴族の女の子は使徒さま狙いで、私なんて眼中にないですよ。

貴族だと家の勢力とかに直結しますからね。

一般人は身分の関係で対象外です。

それに何より、私はイケメンでない」


 喪女シルヴァーナが突然ウインクして、指を横に振った。


「見た目は大事だけどね。

女ってそのあたり男が思っているより、許容範囲は広いよ?

その後が大事だしね」


 喪女シルヴァーナはまた、遠い目になって外を見た。


「『あんたは本当に使徒さまに選ばれるとでも思っているの?

売れ残ってから探しても手遅れよ?

今なら男を捕まえやすいんだよ?

さっさと決断しないと年取ってから後悔するよ』

って言われたわ」


 過去に向かって話をしているのだろうな。

 それに俺は当人ではない。

 余計な判断をする義務も権利もない。


「どっちが正しいかなんて……私には言えないですね」


「言っていることは分かるんだけどね。

アタシにも意地があるし。

喧嘩別れしたまんまで、顔を合わせたら嫌だからね。

それを考えてずっと憂鬱だったのよ」


「では宿で1泊したら、さっさと行きましょうか。

私もそこにとどまる理由はありませんからね」


 喪女シルヴァーナは俺を見てニヤニヤ笑った。


「うーん。

使徒さま狙いじゃなかったら、アルを狙い撃ちしていたなー」


 結構です、遠慮します。

 だが今それを言ったらアカン。

 もっと元気なときなら言うけどね。

 おセンチな気分の相手には地雷に他ならない。


「ま、私もモテる可能性があるって思えましたからね。

恋人はぼちぼち探しますよ」


 喪女シルヴァーナは眠りこけている先生をジト目でにらむ


「それに比べてこいつは……」


 今後の旅で微妙な空気では困る。

 俺の胃が持たない。


「一つ策を授けます。

今回はその懲罰で許してあげてください」


「んー、いいけどどんな策よ?」


 俺が耳打ちすると喪女シルヴァーナが爆笑する。


「アル天才だわ。

実はかなり性格が悪いんじゃない?」


「どうでしょう。

先生もこれで少しデリカシーを学んでくれるといいのですが」


 喪女シルヴァーナが呆れ顔になった。


「ほーんと……どっちが先生なんだか」


                  ◆◇◆◇◆


 俺の授けた策。


 猿ぐつわをほどかずに縛り付けたまま、夕食のときに椅子に座らせる。

 そして目の前で喪女シルヴァーナが美味そうに、先生の欲しがっていた高級酒(俺のおごり)をゆっくり飲み干すことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る