第19話 ハプスブルク家のスルタン、愛のハーレム

 前は抑揚のない平家物語が今やラップのBGMまで付き始めている中、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

 

 変態先生喪女シルヴァーナって1周回って仲が良いと思っている。

 でもさ、「塩素系の漂白剤や洗浄剤」と「酸性タイプの洗浄剤」って混ぜたら塩素ガスがでるのさ。

 うん、そして俺ガスマスクを持ってないんだ。

 唯一の救いは、自然魔力について考えているときだけは平和だという事実。

 おかげで何とか今日も生きています。


                  ◆◇◆◇◆


 そんな俺の気持ちも知らずに、先生が目の前に見える町を指さす。


「坊主、やっと第1使徒アレッサンドロ・トウヤ・オルシーニの拠点に着いたぞ」


「トウヤなんて珍しいミドルネームですね」


「使徒になってから名乗り出したらしい」


 転生前の名前だろうな、多分。


「拠点って、そもそも今はどうなっているのですか?」


「昔の拠点の外見だけを復元して、博物館にしている。

中は展示物があって、そこに活動の記録が載っている」


 そのあたりの活動って、カタログ的な後世に伝えたいことだけを書いているからな。

 それより、魔力が弱まった後にどうなったかに興味がある。

 没前と没後の差だな。

 問題のカギは多分ここだろう。


 喪女シルヴァーナが思いついたように言い出した。


「確か、ここの使徒さまだよね。

最初にハーレムって言葉を使い始めたの」


 オスマントルコがないのにハーレムなんて単語、転生でもしないとでてこない。

 この世界でイスラム圏のような国は知られていない。

 あるのかもしれないが、不思議と人の行動範囲が壁で区切られたかのように限定されている。

 まるでゲームだな。

 先生が町を見渡すのを止めて、喪女シルヴァーナのほうを向いた。


「ああ、それで定着したな。

とにかく、手続きと宿の確保。

見学は明日だな」


 珍しく、先生が先生らしいことを言った。

 喪女シルヴァーナが満面の笑みになった。


「賛成~! ここの酒ってけっこうイケるんだよねぇ」


 喪女シルヴァーナ、お前は酒と結婚しろよ。


                  ◆◇◆◇◆


 宿に行く途中で町の真ん中に鎮座する、巨大な長方形の錆びた鉄の塊に気が付く。

 どこかで見たフォルムだな。

 俺はオブジェを指さして尋ねる。


「先生、あれは何です?」


「第1使徒は確か列車とか言っていたな。

使徒没後は運用ができなくなって誰も使わなくなった。

使徒の意志をちゃんと継がないと、偉業もこうなるって意味で見せ物になっている」


 列車の運用は列車を置いただけじゃ駄目なのだがね。


「使徒生存中は稼働していたと」


「ああ、使徒が直接教えた弟子たちが運用していたな。

没後20年くらいで使い物にならなくなっている」


 理由が分かってきた気がするが、結論はまだ先でいいか。


「ほーんとアルって、どうでもいいこと気にするわね」


「いえ、とても面白いんですけど」


 喪女シルヴァーナがニヤニヤ笑う。


「若い男の子ならもっと女子に興味を持つと思うけど?

と言ってもめぼしい女の子たちって、使徒さま狙いだから難しいけどね。

アタシのように」


 お前はめぼしい女の子たちには入ってない。

 不毛な会話をしつつ手続きを済ませて宿に入る。


                  ◆◇◆◇◆


 そして試練の夕食時。

 できるなら避けたいが他の人の会話に聞き耳を立てて、何か有益な話が聞けるかもしれない。

 まだ情報を集める段階だ。


 夕食の席上、フォークをジャガイモに刺したまま喪女シルヴァーナが何かを思い出す顔になった。


「そう言えば、第1使徒の子孫って1人も残ってないんだよね。

他の使徒さまの子孫はいるのに」


 驚いたな。

 珍しく有益な会話だ。

 先生は真面目腐った顔になる。


「使徒の血は高貴って認識が広がって、一族内でしか結婚しなくなったのさ。

他の血が混じると価値が落ちると」


 確か人体の構造は転生前のそれと大差ないと思う。

 そうなると待っているのは……しゃくれアゴの一族か、墓地だけが有名な少年王のような王家か……。


「近親婚って教会の教義で禁止されていませんでしたっけ」


「当時は誰も表だって、近親婚はしていなかったのさ。

だから禁止されてなかったんだよ」


 ああやっぱりね。

 異世界に来てまでハプスブルク家、どこに行っても人間の馬鹿さは変わらんな。

 ヨーロッパに近いから、ハプスブルク家でいいだろう。


「でも第1使徒はハーレムを作ったんですよね。

子孫はハーレムを作らなかったのです?」


 先生が肩をすくめた。


「幾ら第1使徒の妻が10人いたと言っても、子供は30人いなかったんだぞ。

同族内でのみの婚姻だと、ハーレムなんて作ったらあぶれるのがでるからな。

一夫一婦だったのさ」


「近親婚を繰り返した結果……異常な子供が生まれたり、すぐ死んだりして最終的にはお家断絶ですか」


 先生は酒臭い息を吐きながらうなずいた。


「最後にはもう危ないってことで、よその血を入れようと画策したがな。

時代はもう第2使徒さ」


 喪女シルヴァーナがウンウンとうなずいている。


「そりゃ……第2使徒の時代で、第1使徒の子孫なら見向きもされないわね。

健康だったらまだしもね。

アタシだって頼まれてもいやだし」


「それでも使徒の子孫ブランドを欲しがる家はあると思いますが?」


 先生が偉そうに胸を張る。


「それが子孫はすごい贅沢な生活していたのさ。

使徒が定住する際に、国が子々孫々面倒を見るって誓約していたんだがなぁ。

その頃はもう価値がなくなって、大金食い虫でしかない家は……分かるな」


「つぶしてしまいたくなると。

結婚話があっても妨害したんですね」


「そういうことさ」


 異世界でも人の本質は変わらない。

 類似の世界だからこそ転生可能なのかもしれないけどな。

 ともかく……だ。


「話は変わりますが、ここの拠点付近は自然魔力が弱まったんですよね」


 先生が推理小説の犯人をネタバレするような顔になった。


「それもある。

魔法が使えないだけならまだしも……天罰のような異変があったのさ」


「異変ですか?」


 先生は酒をあおってから、偉そうに講義を続ける。


「作物の育ちが徐々に悪くなる。

肌にほくろのような大きな黒いしみができる。

目に激痛が走って涙が止まらなくなる。

大体、こんな感じだ」


「地域って拠点周辺です?」


 先生はスケベオヤジのような顔になって、喪女シルヴァーナの脚を指さす。

 転生前ならセクハラと言われていたな。

 この世界にはまだそんな概念がなくて良かったな。


「そうさ。

それと元痴女も脚は露出しているんだ。

そうなると黒いしみがバシバシできるぞ」


「ちょっと止めてよ! 寒気のする話は!」


何なのだろうな、罰、異変、呪い。

駄目だ……もっと情報がいる。

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