第17話 閑話 キアラ・デッラ・スカラ 5

 それから夕食後、兄に自分の転生の話をした。


 あの夜のことは余りに感情が高ぶっていて、うまく思い出せない。

 馬鹿にせず疑わずに、ただ優しく真剣に話を聞いてくれた。

 つらくて怖い思いが強かったが、兄にだけは知ってほしかった。

 その思いが遙かに勝っていた。


 兄には驚かされてばかりだ

 こんな話も論理立てて聞いてくれる。

 分かってはいた、確信していたつもりだった。

 実際にそうだと分かったときの安堵感は全く別物だった。


 そのまま必死に話を続けた。

 できるだけ平気を装っていたけれども、多分私はとても酷い顔をしていたと思う。


 そんな私に兄は変わらず優しく穏やかだった。

 それだけではなかった。

 使徒を非難することまで言って、私の側に立ってくれた。


 それがとれだけ危険なことか兄は知っていても変わらない。

 そしてどんなことがあっても曲げないだろう。

 さらに、私のために怒ってくれさえする。


 兄は常に公平であろうとしたがる。

 誰かの側に立ったことはない、そんな兄が私の側に立ってくれたのだ。


 そして、兄はお願いを聞いてくれた。

 多分私が報復を本心は望んでいることを知っているだろう。

 もう行き場のない思いであることも。


「何時頃にのですか?」


 この言葉に私は救われた、本当に打ち明けてよかった。

 兄を知らないと、ただの平凡な言葉に聞こえるだろう。

 兄は信じてくれないと、論理立てて話をつなげようとしない。



 そして昔のように優しく頭をなでてくれた。

 とても穏やかな気持ちになった。


「3歳頃からですわ。

よく普通の人が転生すると思いましたね」


「とんでもない力をもった使徒とやらが、定期的に出てくることに比べたらね。

人の魂が転生するなんてちっとも変じゃないでしょう」


 その後いろいろ話をした。

 夢見心地のようで、ただ幸せだった。

 1人で寝ると夢になってしまいそうで、兄の隣で昔のように寝たくなった。

 もちろん兄は「仕方ないなって」顔で許してくれた。


 次の見送りの朝

 みんなと挨拶をしていた。

 最後に私は駆け寄ってちょっとだけ意地悪をすることにした。


「ちゃんと戻ってこないと、昨日の夜一緒に寝て……純潔を奪われたって言いふらしますよ」


 兄の耳元でささやく。

 兄の驚く顔、これが見たかった。

 めったなことでは兄は驚かない。


                  ◆◇◆◇◆


 兄を見送った後の日々は、とても無機質に感じた。

 そして心配もしていた。 

 兄は自分で気がついていないことがある。

 傷ついていたり助けを求めているような人を、凄い力で引き寄せる。 

 あれは魅力じゃなくて魔力だ。 

 見た目は地味だからさしてモテないけど、中身を判断する女性がいたら危ない。


 でも、兄が選んだ女性なら受け入れよう。

 このときだけは妹の立場が恨めしかった。


 こんな仮定の未来を悩んでも仕方ない。 

 だから、幾つか心の慰めを用意していた。


 巡礼は宿場町に着くたびに、到着の手続きをする。

 なので、どこまで行ったのかを知らせてもらうようにお願いした。


 そしてもう一つ、普段何をしているのか知りたい

 支払いの請求があったら教えてほしいと、わが家の家令にお願いしてある。


                  ◆◇◆◇◆


 兄は宿場町に着いたとの報告は受けたが、支払いの請求を家令が持ってこない…。

 もしかして何か兄にトラブルが!?


 家令のマリオを呼び出す。

 茶髪で青い目、口ひげがあってちょっと小太りだが愛嬌のある働き者だ。

 そういえば出発前に兄がマリオを見て「配管工……」と呟いていたけど、何のことだったのだろう。


「マリオ、使徒騎士団からわが家への請求は来ていないのですか?」


 マリオは珍しく硬直して大量の汗を出していた。

 そんなことより私は聞かなければいけない。


「マリオ。

私は言いましたよね、お兄さまの記録は全部見せてくださいと」


 マリオがさらに怯えたような顔になる。

 そんな怖い顔をしていたかしら……。

 私が気の毒になるくらいカチコチになって紙を差し出した


「は、はぃぃ、じ、実は……これが……」


 ひったくるように報告書を受け取って目を通す。

 酒代が多いが、どうせこれはファビオ先生だろう。

 兄は酒をたしなむけど溺れない。








 1分くらいだろうか…立ったまま意識を失っていた。

 そしてハッキリ分かるくらい手が震えていた。


「この…女性の服の請求額は何ですか? 泥棒猫がもうお兄さまの優しさにつけ込んだのですか?」


 自分でもびっくりするくらい、冷たく無機質な声だった。

 と同時に、マリオが卒倒してしまった。


 これは……帰ってきたら必要がありますね……。

 泥棒猫なら私が駆除しないといけないわ……。

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