第15話 閑話 キアラ・デッラ・スカラ 3

 兄が転生者と確信はした、でも聞きたいような……聞きたくないような矛盾した感情に私は揺れていた。


 兄は私を守ってくれて理解してくれる。


 それは分かっているが、兄は自分のことを余り語りたがらない。

 いろいろと物事は知りたがる、でも自分のことには無関心。


 むしろ、兄は自分自身を嫌っているのではないかとも思う。

 私が兄のことを褒めたりしても、反応が薄い。


 私を傷つけないように笑顔で「ありがとう」とは言ってくれるが、兄の心には響いてはいないように見える。

 すぐ話題を変えてしまうのだ。


 そんな人に「転生者ですか?」なんて聞いても誤魔化される。

 転生したとして、その前世が悪人だったりしたら自己嫌悪するだろう。

 兄を見ていると本当の悪人でなくても、環境に流されて悪事に染まっていたらやっぱり自己嫌悪するのだろう。


 知りたいけど……兄を傷つけてまで知りたいと思えない。


 でも知りたい。


 私が何か悩んでいると驚くほど、正確に読み取ってくれる。

 そんなに顔に出ているのかなと思うときもある。

 でも兄以外に気が付く人は誰一人としていない。

 兄以外にそこまで深く付き合ってないのもあるが……母ですら気付かない。

 下手な女性以上に勘が鋭い。


                  ◆◇◆◇◆


 もしかして前世は女の人だったのか?

 もし、あの第5使徒だったらどうしよう。

 飛躍しすぎだけど、一度思いついてしまうと頭から離れない。

 そうだったらとても耐えられそうにない。

 黙っていても、悩みに気付かれる。

 どうすればいいか悩んだ揚げ句、違う方向で兄に質問をぶつけてみることにした。


「お兄さま。 

もし、Aの恋人のBが勘違いで、Cを傷つけたとします。 

BがCの家族であるDに仕返しされたとき、AがDを罰する。

これって正しいのでしょうか」


 名前を誤魔化したから、すごく分かりにくい質問になってしまった。

 それでも理解してくれたようで、いつになく兄は真剣な表情だ。


「それはAがダメだ。

あくまで腹が立って仕返しただけだよ。

正しいなんて言ったらダメだよ」


「報復自体は……否定されないのです? だって、近しい人が悪いんでしょ?」


 兄が妙に大人びた顔で腕組みをした。


「そうだなぁ……おかしな例えでごめんよ。

キアラが間違って、誰かを傷つけてしまったとする。

それで仕返しされたとするよ。

キアラが原因ではあるけど、僕は不愉快だよ。

その仕返しの程度によっては、その人に僕が仕返しするかもしれない」


 恋人の例えで私が出てきたことに、ものすごくうれしくなった。

 自分の頬が赤くなったのが分かる。 

 でも今は話の続きが聞きたい。


「そうなんですか」


「そりゃね。

でもそれ自体を正しいと言って、自分を正当化する気には絶対なれないよ。

ただ、自分でどうにもならなくなって報復したってだけだね」


「じゃあもし……そのDが別の悪いことをしていた場合、AがDを罰するのは正しいってことです?」


 兄はものすごく嫌そうな表情で吐き捨てた。


「ははっ、それは無関係だよ。 

普段、悪いことをしていたらDはAに報復されて当然だって? 冗談じゃない」


 初めて見た表情だ。 

 それと吐き捨てるような言い方にびっくりしてしまった。

 兄すぐにいつもの平静な表情に戻って頭をかいた。


「僕は正しいとか、正義って言葉は嫌いなんだよね……」


 そのときの兄は、何かを悟ったのか諦めたのか……曖昧な表情だった。

 気にはなったが、あの使徒とは全く違うと確認できて安心した。

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