第14話 閑話 キアラ・デッラ・スカラ 2

 それからの日々は一見すると平穏に過ぎていった。


 だけれども、私の心の中はとても平穏とは言えなかった。

 私は知っている。


 使徒がそんな正しい者ではないことを。


 そして思い出してしまった。

 使徒への憎しみ。


 その使徒は死んでしまっていない。

 どうしようもない。


 それに他の子はどうなったのだろうか。

 皆一緒に死んだ。

 でも私だけ転生してこうして不自由なく暮らしていたら?

 他の子はまた犯罪組織のようなところに生まれてしまったら?

 飢えや病気に苦しんでいたとしたら?

 不公平すぎる。


 だけれども、本当にそうなのか分からない。


                  ◆◇◆◇◆


 一人で迷って悩み続けていたある日、つい押さえていた思いが漏れてしまった。

 それは、使徒の正しさ、偉大さの話を家族がしていたときだった。


「使徒さまってそんなに偉いのですか?」


 否定的な感じで言ってしまった。

 そのせいで周りが一斉に凍り付いたのが分かった。

 しまった……そう思っても手遅れ。

 周りの人たちは非難する目で私を見ている。


 一番大切な兄を恐る恐る見た。

 『そんなの知るはずがないだろ』と言っているような顔をしていた。

 ものすごくほっとした直後、父に怒鳴られてしまった。


「おまえはスカラ家の人間だぞ!

そんな使徒さまを疑うようなことを口にしてみろ!

家を潰す気か!」


 父の言うことも分かる。

 でも使徒をたたえるなんて私にはできない。

 でも私は養われている。

 意地は通せない……。

 うつむいて謝ろうとしたときだった……兄の声が聞こえる。


「父上。

知ろうとすることは悪くないと僕は思うよ」


 また助けてくれた。


「おまえ、何を言っているのか分かっているのか!」


 父が兄の方に向かっていく。

 あ!叩かれる!

 私のせいだ。

 止めないと。

 ところが兄が平然と口を開いた。


「偉大さをより知ろうとしています。

そうすれば褒めるだけの人たちより、ずっと偉いと思いませんか?」


 父の足が止まる。

 澄ました顔で言っているが、あれは絶対本心で言ってない。

 ずっと兄を見てきたから分かる。

 こう言われては、父も怒るわけにはいかない。


「おまえは全く……」


 父は困惑していた。 

 一度声を荒げた手前、怒りをすぐに引っ込めるわけにいかないのだろう。

 そんな父に兄がキラキラした瞳を向けた。


「僕は父上が家を守るために、どれだけ苦労されているかは分かりません。

でも大変なのは子供なりに感じています。

だからいろいろなことを知って、父上の役に立ちたいと思っています」


 私にだけ演技と分かる態度だ。 

 父はたとえ演技だと分かっても、兄が引き際を作ってくれたことには気がつくだろう。 

 そして振り上げた拳を下すしかないことも。


「う……うむ、だが無用な詮索をする者も多いからな。

2人とも今後は注意してくれ」


 兄と私は素直に返事をする。

 そんな私に兄はウインクをしてくれた。 

 私はウインクを返したかったけど、鼓動が早くなっていてうまく返せなかった。

 兄は一体何者なのだろう。

 とっさにこんな返しができる子供なんているんだろうか。

 あの計算した演技……度胸があって人の怒りを静めて、引き際まで用意する子供なんていない。


 そんなとき突然光が差した気がした。

 もしかして、兄も私と同じなのではないだろうか。

 ふとした思い付きだがそう確信した。


 そして、ものすごく心が温かくなって、とても嬉しくなった。

 私はやっぱり一人じゃない。

 兄がいてくれる。

 そして兄のことをもっと誰よりも知りたくなった。

 特別な人だったのが、この世でたった一人の大切な人に代わっていた。


 兄と妹なのは分かっている。 

 でも前世の記憶が混じっていて、どうしても男として兄を見てしまう。

 この感情だけはどうにもならなかった。

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