第13話 閑話 キアラ・デッラ・スカラ 1
「はあ…」
今日何度目か分からないため息が出てしまった。
私はキアラ・デッラ・スカラ、前世の記憶を持った異質者。
生まれたときから。
ほとんど泣かなかった。
立つのが早かった。
しゃべるのが早かった。
いろいろ言われているけれども、小さい頃から漠然と知っていただけ。
ぼんやりした記憶がある程度戻ったのは3歳頃。
悪い夢かと思った。
悪夢は繰り返し、やって来る。
起きているときでも眠っているときにも。
ただ、怖かった。
夜中に悪夢を見て泣き出すことも多かった。
そんなとき、お母さまたちはこう言ってくれた。
「悪い夢を見ただけよ。
すぐに見なくなるわ」
でも、そんなことはなかった。
そして、同じ年ごろの子供たちと一緒にいても、仲良くなることができなかった。
仲良くなろうとはしたけど。
(何でこんなことが楽しいの?)
心の中でそう思ってしまった。
子供は敏感。
そんな心の中を悟られたのか、皆私から離れていった。
うん、仕方ないよね。
年の離れた人との会話はすんなりとできた。
でも、年の離れた人たちは優しくこう言ってくれる。
「子供は子供同士で遊ぶのが良いよ。
今は分からないだろうけど、後できっと分かるよ」
私のためを思って言ってくれるのは分かっている。
でも、仲良くなれない。
◆◇◆◇◆
そんな私には二つ年上の兄がいる。
子供の私が言うのもおかしいけど、変な子だなと思った。
年の割にとても落ち着いているようで、気になることがあると何でも知りたがる。
そんなときは別人のようなとんでもない行動力を出す。
たまに、ボーっと遠くを見ているときがある。
そんなときは、お父さまより大人びて見えた。
もしかしたら、この人なら仲良くなれるのかも。
でも、違ってまた仲良くなれなかったら……どうしよう。
怖い。
悩んでいると、兄から私に話しかけてきた。
「キアラはいつも怖い夢みたいなものを見ているの?」
びっくりした。
周りの人は夢だと言っているのに夢みたいなものと言ったことだ。
もしかしてちゃんと聞いてくれるの?
兄は私をじっと見ていた。
「ずっと続いているんだよね。
嫌なことを聞いてゴメンね」
兄は心配そうな顔をした。
「でもさ……僕は気になるんだよ、何でそんな嫌なことがずっと続いているのかがさ。
キアラがそれを見なくなるように手伝えるかな」
大人は「そのうち見なくなる」と言うだけ。
でも兄は違った。
助けてくれようとしている。
内容を口に出そうとすると恐怖で言えない。
「怖いの」
これが精一杯。
「あ、ゴメン……詳しく言わなくていいよ。
怖いんだろ。
それを見るのはどんなときでも?」
「ううん、夜とか……一人のときとか……」
「なら、できるだけ一緒にいるよ。
そうしたら見なくて済むだろ。
夜も怖かったら僕のところに来ていいよ」
今までのことで警戒心が強くなってしまった私はつい聞いてしまった。
「どうして、そこまでしてくれるの?」
兄は照れたように笑った。
「キアラが怖がっているんだよ。
どうして放っておくのさ。
僕も怖いのは嫌だよ。
だから助けてあげられるなら助けたい」
その後のことは分からない。
兄に抱き着いて声を出さずに泣き続けた。
そんな私に兄は優しく頭を撫でてくれた。
◆◇◆◇◆
その日から兄は私にとっての特別になった。
今になって思えば、ものすごく甘えてしまったと思う。
夜に怖くなったときは兄のベッドに潜り込むことは常だった。
余りに甘えすぎて遠慮してしまうときは、兄の方から来てくれて私の頭を撫でてくれた。
あの日以降、悪夢は見なくなった。
でも、年とともにこれは悪夢でなく記憶なのだとおぼろげに気が付いてしまった。
困ったときにはつい兄に聞いてしまう。
「お兄さま、夢って細かいところまで覚えているものなの?」
「僕もたまに夢を見るけれども、内容がぐちゃぐちゃでさ。
何て言えばいいかな……絵本をビリビリに破って散らかしたのを眺めている感じかなぁ」
不思議と兄は抽象的なことを、できるだけ具体的に答えてくれる。
そして私に答えをくれる。
「はっきりしているのはさ、記憶なんじゃないかな」
兄には一体何が見えているのか分からないときがある。
絵本で読んだことがある、この世界の全てを知っている賢者のイメージが重なる。
兄の記憶という言葉に、答えが欲しくなって聞いてしまう。
「他の人の記憶って見えたりするの?」
「他の人の記憶を見ることはできないよ。
僕の知るかぎりはね。
他の人の記憶が見えたとしたら……その人の記憶なんじゃないかな?」
兄の言うこと、することは大体理解しているつもりだった。
だけれどもこの答えはまるで分からなかった。
分からないって顔をしていると、兄は少しだけ考えてからゆっくり話し始めた。
「パパの書斎にあった本で見たんだけどさ。
人が死ぬとまた生まれ変わるんだって。
まれに前のことを覚えている人がいる。
そんなのがあったよ」
兄の言うことだからではないが、すんなり受け入れられた。
その記憶とは……今まで信じられてきたものが嘘だと言っている。
そして、世間の常識ではあり得ないことを。
使徒さまは常に正しくて、皆を守ってくれる。
それが噓だってことに。
このことは誰にも話せない。
兄にすら、こんなことを聞かせて嫌われてしまったら……私は本当に一人になってしまう。
ものすごく怖かった。
でも、兄なら受け入れてくれるかも。
そうでなかったら?
とても怖くて答えが出なかった。
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