第12話 星を観察して下水にはまる
大量の服を買わされた俺は、無表情に店員の言葉にうなずいた。
「出来上がりまで2日ほど頂きます」
出された受取票を黙って
「いやぁ悪いわねぇ。
こんなに買って貰って」
大丈夫、先生の給料が減るだけだ。
ごくごく普通のキャミソールとデニムスカートである。
悲惨なセンスではなくてほっとした。
「聞かなかったけど……何着買いました?」
「普段着が7着でしょ、あと仕事用が5着かなー。
いやー、男の人に服を買って貰うのって初めてでさー。
ついつい……舞い上がって張り切ってしまったわ」
この撤退戦によって引き起こされる影響を考えてしまう。
俺の場合は、預金引き出しはなく大貴族のツケ払いだから家に請求が届く。
言い訳を考えておこう。
先生の給料から天引きさせる。
だが、それは戻ってからの話だ。
どう考えても一波乱待っている。
特に、キアラへの説明がもの凄く大変なことになる。
◆◇◆◇◆
帰り道でシルヴァーナが、ハッと気が付いたような顔になった。
「アルは服を買わなくて良かったの?」
もう略称になっている。
この距離感のなさ……絶対喪女だな。
巨乳だったとしても。
「十分持っていますからね」
「アルはお偉いさんだものねー。
そうだ! 使徒さまから選ばれなかったらだけどさ。
服の恩義もあるし愛人になっても良いわよー」
いや、本心は恩じゃないだろうに。
見え見えのアピール下手も喪女説の裏付けになる。
「ハイハイ」
激しく気のない返事をする。
きっぱり断ってまた絡まれても面倒だ。
面倒くさすぎるだろう……この
「そういえば、アルはアタシと巡礼ルート一緒なんだよね」
「そうですね……」
「じゃ、一緒に行っても良いでしょ?」
面倒くせぇ。
碌なことがない。
断ろうとも思ったが、一つ気になることがあった。
先生と違って、本職の魔法使いで冒険者だ。
普通の人が持っていない情報を持っているかもしれない。
仮に持っていなくても、冒険者にコネができるわけだ。
こんなのでも……違う視点で世界を見ているのは大事だ。
俺は世界のことを何も知らない。
そして、この図々しさが却ってプラスになる。
普通の人なら、俺の立場を考えて俺の意に沿った考えばかり述べる……そんな可能性がある。
コイツは本音で話すだろう。
身分差がある人間の本音は貴重だ。
ウザいのは確かだが……何事も否定していては始まらない。
全てが駄目なら、また考えよう。
「分かりました、酔って絡まないなら良いですよ……」
「だ、大丈夫よぅ」
ほんまかいな。
◆◇◆◇◆
宿屋に戻ると案の定食堂で5本の瓶を空けている先生がいた。
「おー、戻ったか。
ほうほう、馬子にも衣装とはよく言ったもんだ。
結構いいんじゃねーか」
明るく
「やー失礼ねー」
上機嫌なので言い争いにはならなかったか……が……ん? ハッと気が付いた。
馬子にも衣装は日本の諺だろ! 何で普通に通じている?
あああああああああああ!
迂闊にも今気が付いた。
他のことばかり気にしていて……見落としていた。
俺たち 日本語 で会話しているじゃねぇか。
なんてこったい。
星を観察して下水にはまったギリシャの学者みたいだ。
「あのですね、先生」
「どうした坊主? 服のセンス自慢か?」
「そうじゃなくて。
私たちが話している言葉って……何時からこの言葉になったのですか?」
先生は呆れ顔になった。
「また、藪から棒に……」
藪から棒まで通じるのか。
俺の質問の意図が不明で
「アタシたちの言葉って確か使徒語だよね」
先生がちょっと記憶を探るような顔になった。
「そうそう、確かなぁ……3代目のときだな。
教会で使徒が使っている言葉を整理して共通語としたはずだ」
「どうして共通語にしたのですか?」
「ん? そりゃ、もともと国ごとに違う言葉を話していたのさ。
使徒がたまに言い出す言葉で、意味が当て嵌まらない言葉があって不都合が出てきたのさ」
確か転生前でも言語によっては、その概念に該当する言葉がないとかあったな。
そのあたり、日本語は柔構造でなんでも取り入れられる言語だったか。
だが俺は共通語の理由が、たったそれだけでは弱いと思っていた。
「たったそれだけで?」
「ハイハーイ、アタシ知っているわ。
使徒さまにアピールしたくても言葉が通じなくて、差が出るのはズルいって話でしょ?」
はぁ? マジか?
先生が肩をすくめた。
「お、よく裏事情を知っているな。
そうそう、女性陣からの圧力がすごくてなぁ」
やれやれって感じで先生が続けた。
「今までの使徒が使っていた言葉が同じと教会が発見してな、使徒語として共通言語にしたのさ。
名前は無理に変えなくても使徒語に組み込めたからな。
今も元の言語の特色が残っている。
そのあたりの使いやすさも共通語にされた要因の一つだな。
ただ難しい言語だったらしく、大変だったらいけどな」
言語を握れば世界を制御しやすい、そんな世俗的な理由が本音だろうな。
先生が更に真面目腐った態度になる。
「あと、他にも利点があった。
エルフだのドワーフと獣人かはもともと別の言語を使っていたのさ」
そりゃそうだ。
酔っぱらってはいるが真面目モードの先生の講義は続く。
「人間と交流するのに各国の言語を覚える必要があったのが、たった一つで良くなった。
それで交流が進んだのもある」
そこで当然出る疑問を俺はぶつけることにした。
「でも言葉ってすぐには変えられないでしょう。
どれだけの期間かかって普及したのですか?」
「確か、第3使徒10年くらいに公用語として認定されて、第5使徒直前には大体普及したかな。」
1使徒150年として、大体300年か。
そんなもんか。
「あんた変態の癖にやけに博識でない」
「うるせぇ、これでも使徒学博士の資格を持っているっつーの。
痴女でなくなったからっていい気になるなよ喪女」
「はぁ、ベテラン童貞がなに言っているのよ!」
いつの間にか
やべぇ、逃げよう。
このままだと平家物語が夢で出てくる。
これよりキスカ島撤退作戦を開始する!
木村少将 樋口中将 我を守り給え……。
頃合いを見計らって食事を取りに行く振りをしつつ、部屋に遁走。
食事もしっかり確保して鍵をかける。
無事に撤退できたことに安堵したが、大きな不安が襲ってきた。
もしかして毎日なのか?
同行を承諾したことを激しく後悔しながら、俺は一人恐怖に慄いた。
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