ゲーミング人間
権俵権助(ごんだわら ごんすけ)
ゲーミング人間
西暦2000年。
ゲームセンターでその男女は出会った。よきライバルとして戦い、しのぎを削った二人は、いつしかお互いに惹かれ合い、結ばれ、一子をもうけた。
ゲーマーの夫とゲーマーの妻の間に生まれた赤子は、産婆が取り上げたとき既に全身から虹色の光を放っていた。
名をゲーミング太郎と言う。
ゲーミング太郎はすくすくと育ち、小学校に入るや、たちまちクラスのヒーローになった。なぜなら小学生男子は光るものを無条件に格好いいと思い込む習性があり、また、ゲームの上手さがクラス内ヒエラルキーに直結していたからだ。唯一問題があるとすれば、かくれんぼができないことぐらいだった。
しかし中学校に上がり、彼は人生で初めての挫折を味わうことになった。一年の夏、初恋をした同級生に告白したのだ。答えはノー。
「だって、あなたいつも七色に光ってるんだもの」
いい雰囲気になり、明かりを消しても常時エレクトリカルパレード。そんなゲーミング太郎が思春期の女子に受け入れられるはずはなかった。加えて、ゲーム以外にもスポーツ、音楽と多様な価値観が広まる中学時代である。ゲーミング太郎のクラス内地位は瞬く間に地に落ちた。
ある時、ゲーミング太郎は風邪で学校を休んだ。3日経ってようやく熱が引き、久しぶりに登校すると、机に大きな字で「メンテ延長、補填しろ」と落書きされていた。
「俺は詫び石じゃねえ」
犯人に全治一ヶ月の怪我を負わせたゲーミング太郎は、それから不登校になった。高校へも行かず、引き篭もっていたゲーミング太郎を見かねて、両親は彼の特技を活かせる進路を、とプロゲーマーを養成する専門学校を勧めた。彼自身も、かねてより自分の居場所はその世界にしかないと考えていた。
入学したゲーミング太郎を待ち構えていたのは、世界の広さだった。
「お前、その程度の輝度でプロになるつもりか?」
挑発的に話しかけてきた男は、「茨城の太陽」の異名を持つゲーミング光圀。彼もまた、全身を七色に輝かせる男だった。それだけではない。ニジマスしか釣らぬ「虹をつかむ男」ことゲーミング西田バカ釣り、玉虫の羽で編んだジャケットを着込み、一度に7択まで予想できるゲーミング聖徳、インドで修行を積み、キャラ性能のインフレにだけやたらと厳しいレインボーゲーミング川内など、全国の輝くゲーミング戦士たちがそこに集っていた。
しかし、プロゲーマーの世界は厳しい実力勝負。選ばれた才能を持つ彼らですら、己の限界を悟った者から順番に、ひとり、またひとりと脱落していった。
「ここで負けてなるものか。俺からゲームを取ったら、ただ光ることしかできないのだから」
ゲーミング太郎はどうにか食らいつき、そして卒業と同時に、ついにスポンサードを獲得した。と言っても、ご近所付き合いのツテで得た、小さな町工場だ。当然、それだけでは食っていけない。昼は大会に出場し、夜はイルミネーションの補充や交通整理の目印といったアルバイトで日銭を稼ぐ毎日。
2019年、そんなゲーミング太郎に転機が訪れる。とある芸能事務所から意外な話が舞い込んできたのだ。
「キミ、アイドルになってみないか?」
スカウトマンの話によると、この空前のeスポーツブームに乗って、歌って踊って光ってゲームができるアイドルグループをデビューさせたいと言うのだ。
「グループということは?」
「キミを含む5人で始めてもらうつもりだよ」
本当はゲーム一本でやっていきたいゲーミング太郎だったが、それが難しいという現実を知っていたし、同じ境遇にいる仲間たちの手助けになるのであればと、受け入れることにした。
ゲーマーアイドルグループ「ゲーミング息子。」の誕生である。
昔からアイドル界隈には「ちょっとヘンなもの」を受け入れる度量があり、これが思いの外ウケた。自ら発光する体は地方の小さなハコでも見栄えがよく、業界でも重宝された。ゲーミング息子。は瞬く間にスターダムを駆け上がり、ゲーミング太郎は正直戸惑いを隠せなかったが、生まれたときから全身で目立ちたがり屋の性根が疼き、いつしかゲーマーよりもアイドルとしての活動が快感になっていった。
だが、アイドルの寿命は短いもの。終わりの時は意外に早くやってきた。大規模野外フェスを明日に控えた夜、会場一体を激しい雷雨が襲った。一時は開催が危ぶまれたが、ファンの祈りが天に通じたのか、翌朝には一面の青空が広がり、美しい虹がかかった。それを見たグループメンバーのひとり、ゲーミング光圀は言った。
「見ろよ、あの虹。大雨というメンテナンスを終えて、俺たちに配られた七色の詫び石だぜ」
このひとことがトラウマに着火した。
「俺は詫び石じゃねえ」
掴み合いの大喧嘩の末、ゲーミング息子。は解散した。一人になったゲーミング太郎は改めて自分を見つめ直し、やはり自分の生きる場所は一つしかないのだと、プロゲーマーの世界へと舞い戻った。
迷いの消えたゲーミング太郎は強かった。アイドルとの兼業による練習不足を取り戻すため、寝食を惜しんで修練に励み、ついに2020年の夏に開かれるeスポーツ・オリンピックの日本代表権を賭けた決勝戦へと駒を進めた。
そこで待ち構えていたのは。
「よお、久しぶりだな豆電球野郎」
ゲーミング光圀。彼にとって、ゲーミング太郎は理不尽な癇癪を起こして仕事を奪った憎き相手である。その憎しみをバネにここまで這い上がってきたのだ。
「お前には散々振り回されたが、ここからは純粋に『どちらがよりゲーミングか』の戦いだ」
対戦が始まると同時に、その異変は起こった。
「うっ、まぶし!」
ゲーミング光圀に後光が差した。観客席。そこには彼の両親、ゲーミング徳川家の二人が光を放っていた。
「どうだ、親の七光りの威力は。七光りと七光りを浴びたオレの七光りで合計21光りだぞ。我が家系は代々続く由緒正しきゲーミング一家。昨日今日で光り始めたポッと出のゲーミング野郎とは歴史が違うんだよ!」
その勢いに圧されてか、ついにゲーミング太郎の体から虹色の光が消えた。それは彼が生まれてから、初めてのことだった。
「………………」
「眩しくて声も出ないか!」
「……ゲーミング光圀、お前は一つ勘違いをしている」
「なんだと?」
「俺はこれまでゲーミング戦士として戦っている間、ずっと疑問に思っていたことがある。それを今、やっと理解したんだ」
「何を言ってる!」
「お前にも教えてやろう、この世の理を」
ゲーミング太郎は、スウ……と大きく息を吸って、残酷な真実を告げた。
「ゲーミングは………………『光る』という意味では無い」
「なっ……!」
ゲーミング光圀はスマホを取り出し、フリック入力で素早く検索した。
【gaming】
1:コンピュータゲームをすること
2:賭け事をすること
3:狩猟
「そんな……バカ……な……」
ゲーミング光圀はその場に崩れ落ちた。そして、立ち去るゲーミング太郎の背中に向かって問うた。
「な、ならば……なぜオレたちは七色に光っているんだ……?」
ゲーミング太郎は振り返らずに答えた。
「なんか……キラキラしてカッコいいからだ……」
-おわり-
ゲーミング人間 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA
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