第24話 ずっと、ずっと

 ドキドキと胸の鼓動が、うるさいくらいに身体の中に響く。

「俺……。沙也ちゃんに三回、恋をしたことになるね」

「え? ……どういうこと?」

「学生の頃初めて会った時。そしてこの前、田舎留学で再会した時。……そして今日」

「……」

 大貴さんの言葉に、身体中が急に熱くなるのを感じた。

そんなことを言われて、どう答えたらいいのか返す言葉が出てこない。

「今日の沙也ちゃんも、とても素敵だよ。さっき会った時、本当にここがドクンってなった。実は今もドキドキしているし」

 大貴さんは、自分の胸をトントンと指をさした。

「それは、私も……同じだよ」

 ドキドキしている度合いなら、きっと私の方が負けない。

「これからも、何度でも君に、恋をするかもしれない」

「何度でも? ……どんどん歳をとって、おばさんになっても?」

「おばさんになっても、おばあちゃんになっても、沙也ちゃんは沙也ちゃんだから」

「顔とか、しわしわになっちゃうかもよ」

「その時は、きっと僕もしわしわだね」

 二人顔を見合わせてクスっと笑った。そしてそのまま見つめ合ったまま、目が離せなくなってしまう。

「ずっと、ずっと好きだよ」

 大貴さんの優しい声に、「うん」と頷いた瞬間……

私は大貴さんにぐいっと引き寄せられ……抱きしめられた。

「あ……」

 力強くて、たくましい身体なのに、この腕の中はふわっと優しい。

(大貴さんの匂いだ……)

かすかにトワレの香りが混じったこの匂いが、私の心を安心させてくれる。

私も、大貴さんの背中に手を回し、しがみつくように抱きついた。

「大貴さん。こんな私だけどよろしくお願いします」

 私がそう言うと、大貴さんの抱きしめる力がもう少しだけ強くなった。


 私達はそのまましばらく、離れたくなくって抱きあったまま話をする。

「大貴さんのこと、気づくのに何年もかかちゃった。待たせて、ごめんね」

「ううん。あの時のことがあったから……今があるのかもしれない。今回の再会は、本当に奇跡だよ」

「私は、神様からのプレゼントだと思ってるよ」

「だとしたら、最高のプレゼントだね」

「うん」

 大貴さんの腕の中のぬくもりが心地よく、心がほぐれていく気がした。

「ねぇ、沙也ちゃん。もう……怖くないの?」

「……怖いよ。あの時の辛かった思いはまだ消えてないし……。大貴さんは裏切らないかもしれないけど、もし、いなくなったらどうしようとか考えると」

「いなくならないよ。傷つけることもしないし。約束する。だから安心して」

「……信じてもいい?」

 私は、少し身体を離し大貴さんの顔を見た。

大貴さんは、優しい笑顔で少し首をかしげる。

「信じられない?」

「……信じたい。……信じる」

 大貴さんの笑顔がさらにクシャっと緩む。

「ありがとう。ねぇ、沙也ちゃん」

 大貴さんはそう言ったきり、しばらく黙ってしまった。

「……?」

「……沙也ちゃ……沙也」

 小さな声で大貴さんは私の名前を呼び捨てで呼んだ。

突然のことで、思わず身体がピクリとなった。

「……ちょっと、そんな感じに呼んでみたかった。ごめん。まだ早いね」

「……いいよ。沙也で」

 そう言いながら、私は照れ臭くなって、大貴さんの胸に顔をうずめる。

「ありがとう。沙也。ねぇ顔見せて」

「やだ、今なんか恥ずかしい」

「沙也」

 大貴さんは少し身体を離し、その手で私の髪をなでると、そのまま私の頬を優しく包む。


私がゆっくり大貴さんの目を見ると……

そのまま、そっと唇が重なった。


優しく触れるだけのキス。

大貴さんも緊張しているのが、伝わってくる。

慣れないキスに私も身体が少し震えた。


「沙也、大好きだよ」

 もう一度、優しく唇が重なる。

今度は、二人の愛を確かめ合うように長く深いキスだった……。


大貴さんの愛に包まれ、私の傷が癒える日も、そう遠くないだろう。


夕陽はすっかり沈んでしまい、オレンジ色だった空もいつの間にか少しずつ暗くなっていた。



 帰り道、もう少し一緒にいたいと思いながら駅まで歩いて行く。

話したいことも、たくさんあった。

「身体の方は、本当にもう大丈夫なの?」

 大貴さんが、心配そうに私の顔を覗き込む。

「うん。心配かけてごめんね。あの時色々考えすぎて、眠れてなかったの……」

「そうだったんだ。でもよかった、元気になって」

「でも……」

 そう言いかけて私はちょっと言葉に詰まった。このことを話していいのか迷ったのだ。

「でも?」

「あの時、大貴さん悲しい顔して、いなくなっちゃって……」

「あ……。ごめん」

 大貴さんの顔にふと影がさす。

「気になって仕方なかったのに、大貴さんそのまま仕事のことで帰っちゃったし。……すごく寂しかった」

「ごめん。……あの時は……」

「私と祐太さんのこと見てショックだったの?」

 祐太さんからその話は聞いていたので、思いきって率直に聞いてみた。

大貴さんは、どう説明しようか言葉を探しているようだ。

「……祐太のことは信じてるけど……」

「私と祐太さんを見て、あの時の場面思い出しちゃったんでしょ? 私が彼に告白しちゃった時のこと」

「……」

 大貴さんは、思わずため息を一つつく。

「ん……ごめんね。あの時のダメージが、正直まだ俺も消せてなかったみたいで……。二人がすごく……その……恋人みたいに寄り添ってたの見て、胸が締め付けられるように苦しくなって、思わずあの場所から逃げ出しちゃったんだ」

(寄り添ってたって……?)

「……念のため言っとくけど、あれは成り行きでああなったけど、祐太さんとは本当に何もないからね」

 何もウソはないのだけど、まるで、浮気現場を見られてしまったかのような罪悪感が湧いてくる。

「わかってるよ。俺……小さい男だよね。ホントに」

「……そんなことないよ。大貴さんも、ずっと苦しんでたんだよね」

 私がそう言うと、大貴さんは「まいったなっ」という顔して一瞬下を向きふっと息を吐く。そして、すぐに私の肩に手をかけて自分の方に引き寄せた。

「……沙也をもう誰にも渡したくないよ」

 大貴さんの言葉に、私の胸の鼓動がまたドキドキ高鳴った。

「ありがとう。あの後、私が大貴さんを不安にさせてたんだってことに気づいた。だから……私の方こそごめんね」

 触れあう肩から、大貴さんのぬくもりが伝わってくる。

「私のことも、信じてほしい。大貴さんを裏切ることなんて絶対あり得ないから」

「うん。信じるよ」

 私も大貴さんが安心するように、そっと背中に手を回した。


「そうだ大貴さん。いつかキャンピングカーで一緒に旅行できたらいいね」

「え? あの話?覚えてたんだ」

「もちろん。私も前からキャンピングカーに興味あったし」

 意外と思ったのか、大貴さんが少し驚いた顔をした。

「そっか。じゃあ、いつか実現できるように頑張ろっと」

「うん。楽しみにしている」

「また、いろんな場所で綺麗な夕陽、見たいよね」

 きっと、街の数だけ綺麗な夕陽の景色があるだろう。

いつか大貴さんと一緒にキャンピングーに乗って、街から街へ旅している様子を想像するだけで幸せな気分になった。


「ところで……お腹すいたね?」

 大貴さんのお腹の虫がぐ~と鳴き、せっかくいい雰囲気だったのに、可笑しくなって二人で声を出して笑った。

「あ、ほらあの先にいい感じのお店があるよ」

「よし! あの店に突撃しちゃお!」

 道の向こうに見つけたレトロな洋食屋さんに急ぎ足で向かう。

夕飯を食べる時間の分だけ、一緒にいられる時間が増えた。

こんな風にきどらない雰囲気も、きっと私達らしいカタチなんだろうと思った。

そういうことが、楽で居心地が良く……そして楽しい。


この神様からもらったプレゼントを、私はぜったい失わないように、ずっとずっと大事にしたいと思った。

そして私も、きっと優しい大貴さんの笑顔を見るたびに、何度でも恋をするだろう。


恋は心のエネルギーとなり、愛は心の安らぎになる。

恋愛が怖くなって避け続けていた自分に伝えてあげたい。

『こんなに素敵なものを、避けてるなんてナンセンスだよ。

 怖くないよ。大丈夫だよ。信じてごらん。』



数日後――

『もしもし沙也~』

 友達の美希から電話がかかってきた。

『今度の週末、時間空いたから会える?ランチ行こランチ』

 美希の都合で、会えるのは来月の約束だったけど、予定が変わったらしい。

「美希ゴメン。その日私予定入っちゃって……」

『えーそうなの残念。何、新しい仕事?もしかして土日休みじゃない仕事に決まったとか?』

「ううん。新しい仕事は決まったけど、土日お休みだよ。」

『そうなんだ。えーまさか新しい彼氏できたとか……。あー沙也にそれはありえないか」

 そう言って美希は電話の向こうでケラケラ笑ってる。

「……」

『冗談冗談。怒った?』

「怒らないよ。」

『笑いすぎたゴメン。』

「ふふ。美希の予想当たってるよ。」

『えっ? ナニ? どういうこと?』

「つまり……」

『つまり?』

「つまり、週末は彼と約束してるからムリ。……だから美希とは会えないってこと。」

『えーーーーー!?』

 美希とランチに行ける日はもう少し先になりそうだ。

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オレンジ 猫月うやの @uyapi

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