第23話 もう一度
ここが、どういう場所なのかは、大貴さんは誰よりも知っている。
「もう一度、ここからやり直せないかなって思って。時間は戻せないし過去は変えられないかもしれないけれど、ここに来て、記憶を上書きしたいって思ったの」
「上書き?」
「そう。あの時、相手間違って恋しちゃった私と、告白できなかった大貴さんの気持ちに上書きできないかなって。だからほら髪形もあの頃と同じくらいの長さにしてみた。服はさすがに若い時と同じスタイルにはできなかったけど」
大貴さんは緩やかに微笑んだあと、私の顔を心配そうにのぞき込んだ。
「そんなこと、考えてくれたんだ。……でも大丈夫? ここに来るの辛くなかった?」
「それが、思ったより平気だったの。自分でもちょっとびっくりしたけれど」
この場所にはあの時以来、来たことはなかった。
来る勇気もなかったし、この近くに来るのも意識的に避けていた。
「そう。大丈夫ならよかったけど……。俺もあれ以来ここには来たことなかった」
大貴さんも私と同じで、きっとこの場所を避けていたんだろう。
二人で目を合わせたまま、一瞬、沈黙が流れる。
私は、一度大きく呼吸をして、大貴さんをまっすぐ見つめた。
「大貴さん……お願いがあるの」
「なに……?」
「ここで、あの時出来なかったことを、してもらえないかなって」
「えっ……?」
「ここで……私に……あの時出来なかった告白を、して……もらえませんか?」
高鳴る鼓動を必死で押さえながら、ゆっくりとそう言った。
大貴さんは一瞬驚いた顔をして、そのまま考えるように下を向いて黙ってしまった。
でもすぐに顔を上げ、ふーっと肩の力を抜いて私の顔見て小さく二度頷いた。
「……わかった。ありがとう、沙也ちゃん」
そう言うと大貴さんは一歩私に近付く。
「……立花沙也さん」
「……はい」
「君と一緒にいると楽しくって、話をしててもペースが同じですごく居心地がいいんだ。それに、その素敵な笑顔を見るだけですごく癒される……。心がいつも沙也ちゃんを求めてしまう。だからこれからもずっと一緒にいたい。……ずっとそばにいてほしい。……好きだよ。昔も今もこれからも。ずっと」
大貴さんは一つ一つ言葉を紡ぐように、私の目を見ながら私に告白をしてくれた。
自分から告白してほしいと言ったのに、思ってた以上の言葉を贈られて私は震えるほど、心が舞い上がった。
でも、嬉しすぎて涙が出そうになるのを、ぐっとこらえた。
(私もちゃんと伝えなきゃ……!)
「ありがとう。……私も……大貴さんのことが好きです。私でよかったらずっと大貴さんのそばにいさせてください」
どこともからもなく、風が吹いて来て二人の頬をくすぐる。
お互い告白をしあって、ちょっと恥ずかしくなって照れながら笑った。
「そうだ。沙也ちゃん。今から少し時間ある?」
「うん。もちろん大丈夫だよ」
「ちょっと、見せたいものがあるんだ。今なら間に合うかな」
「?」
「行こう!」
どこへ連れて行かれるのかわからないまま、私は大貴さんの後について行く。
数歩いたところで、大貴さんは立ち止まって私の方を振り返り、私の手をさっと握った。
「ごめん。ちょっと急ぐよ」
「え? どこ行くの?」
「いいから。すぐ着くよ」
私の手をしっかり握りしめて、グイグイと歩いていく。
私もその手が離れないように、ぎゅうと握り返して連れて行かれるままに歩いた。
たどり着いたのは、さっきの場所から十分ほど歩いたところにある神社だった。
少し高台にあるその神社の階段を急ぎ足で上って行く。
「あ、そう言えば、体調はどうなの?」
「えー今更? ここまで、急ピッチで歩かせといて?」
私は冗談で笑いながらそう言うと
「ごめん! もしかしてハードすぎた? 大丈夫?」
大貴さんが慌てて足を止めた。
「大丈夫だよ。もう。すっかり元気になったから」
「ごめん……。すっかり忘れてた……」
大貴さんは申し訳なさそうな顔して、ちょっとシュンとなってしまった。
「大丈夫だって。ほら行こう」
今度は私が大貴さんの手を引いて、階段を上りはじめた。
「よかった。元気になって」
大貴さんは笑顔になると、また私を追い越して上りはじめた。
「大貴さん、ありがとう。あの時、私を助けてくれて」
ちゃんとお礼を言ってなかったことに気づいた。
私が倒れた時、大貴さんは私を抱えて運んでくれた。
かすかな意識の中で感じた、たくましい大貴さんの腕に抱えられ時のぬくもりと匂いを思い出した。
そして、そのたくましい腕は、今私の手としっかり繋がっている。
「すごく心配したよ」
「ごめんなさい。体調良くなかったのに無理しちゃって。結局みんなに迷惑かけてしまって……反省している」
「うん。これからはそういう時は無理しないで、すぐに俺に言ってね。心配だから」
「うん」
私たちは握り合う手に、もう少しだけ力を込めた。
やがて神社の境内ににたどり着き、ふーっと息をつく。
息を切らしながら、大貴さんが今登ってきた階段の方を振り返る。
「ほら見て」
そう言われ私も振り返ると……視界がぱーっと開けて下に広がる街並みと、遠くの地平線沿いには山があり、今まさに夕陽が沈もうとしていた。
「わぁ……」
思わず、声が出てしまった。
「間に合ってよかった……」
「ここ……」
「あの町みたいに、海はないけどこの眺めも捨てたもんじゃないでしょ?」
「うん。……。こんな所があったなんて知らなかった」
「俺、学生の頃、時々ここ来ててぼんやりこの景色を眺めてたんだ」
そういうのも、大貴さんらしいなと思った。
境内にあるベンチを見つけ、そこに二人で並んで座る。
繋がれた手は、やっとここでいったん離された。
しばらく、二人でこの景色に引き込まれるように見入った。
高く広がる空と雲は、オレンジ色に染まっている。
「確か、ここも夕陽が見れたなって思って。沙也ちゃんに見せたくなった」
「うん。見れてよかった」
みるみる大きな太陽は、山の向こうに吸い込まれて行く。
ふと、あの時感動して泣いてしまったことを思い出した。
そして、大貴さんも同じなのか、様子をうかがうように私の顔を見た。
「……? 今日は泣かないよ」
私が慌ててそう言うと大貴さんがクスクスっと笑った。
「泣いてもいいよ」
「だから、泣かない」
「そっか……。俺は夕陽より、今沙也ちゃんと一緒にこうしていられることが嬉しくって……。感動で……」
「泣いちゃいそう?」
「うん」
「本当に?」
私が疑いのまなざしで見ると、大貴さんも、ちょっといたずらな顔して私の顔を見て
「……ウソ。ははは」
と言って、笑った。
「もう」
私は、もう一度そっと大貴さんの横顔を見てみた。
大貴さんの目が少し潤んでいて、夕陽の光でキラキラと輝いているように見えた。
(……涙?)
私の視線に、気づいた大貴さんがにこっとしながら私の方を向く。
「だから、泣いてないって」
「泣いてもいいよ」
さっきのセリフをそのまま言って返す。
「……。幸せな気持ちでいっぱいだから今日は泣かない」
大貴さんはちょっと恥ずかしそうに立ち上がり、少し前の方に行って背伸びをした。
私もすぐに立ち上がり、寄り添うようにその横に立った。
「沙也ちゃん」
「ん?」
「俺がもしあの時沙也ちゃんに告白して、仮に沙也ちゃんとお付き合出来るようになってたとしたら……今でも変わらずあの頃と同じように、ずっと愛してた自信がある」
「え……?」
そんなことを言われ、思わず大貴さんの顔をじっと見てしまった。
前を向いていた、大貴さんも私の方を向き直しこう言った。
「俺はどんなことがあっても、絶対沙也ちゃんを傷つけたり裏切ったりしないから」
胸の奥が苦しいほどにキュンとなる。
「……ありがとう」
大貴さんは嬉しそうに、頬を緩め微笑んだ。
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