第22話 繋がる思い

 重い荷物を、引きずるように抱えながら家に帰り着くと、一通の手紙が届いていた。

田舎留学に行く前に、求人を見て履歴書を送っていた会社からの返信だった。

(どうせ、また、不採用の連絡なんだろうな……)

 職種的には私のキャリアを活かせる会社だとは思ったけど、まずは書面での応募だったからきっと応募もたくさん来て競争率も高く、半分諦めていた会社だ。

 そう思いながら、封を開けてみる。

中に入っていた紙を広げて、目を通すと書面には……。

「ぜひ、採用をと考えております。一度面接をお願いしたいと思いますので、ご足労おかけいたしますが、当社の方までおいでくださいますようにお願いします」

(え? これっていつ届いていたんだろう? 面接っていつ?)

あわてて日にちを確認して、ふーっと息をついた。

面接の日付は2日後になっていた。

(よかったぁ……間に合った)

 よかったけど、まだ帰ってきたばかりで、すぐには気持ちが切り替わらない。

(早く現実の世界に戻らなくっちゃ)

 まずは、荷物をバッグから出し整理をしようと思い開けた。

ふとその時ポーチにつけた、瑞樹ちゃんからもらったマスコットのお守りが目に入る。

そっとポーチを持ちあげると、マスコットがとぼけた顔してプラプラと揺れる。

(これ……。確か恋愛のお守りだったよね?)

手に取りそのとぼけた顔が愛らしくて、思わずクスっと笑う。

「ちゃんと守ってね。お願いしますよ」

私は、マスコットを指でツンツンとつつきながら願懸けをした。


ポーチと一緒に入れておいたスマホが気になり手に取ってみた。

そのまましばらく画面を見つめる。


「沙也ちゃん。……必ず大貴には連絡するんだよ」

 別れ際に祐太さんが心配そうにそう言った。

「うん。わかってる」

 私がそう答えると、祐太さんは安心したように頷きにっこり微笑んだ。

ちょっとおせっかいで友達思いで、人懐っこくって、いつも明るい笑顔でいっぱいの祐太さんが好きだなと思った。もちろん友達として。


(いつ連絡しようかな……)

今日はまだ仕事で立て込んでいるかもしれないから、やめようと思った。

 大貴さんとの、過去のことをまた少し思い返してみる。

あの時、彼の横にいたはずの大貴さんの姿は、今まではぼんやりしていて、あまり思い出せなかった。

でも、もう一度一つ一つの出来事を、思い出していく内にスーッと霧が晴れたかのように見えてきた。


 いつも優しそうな顔して、ニコニコと笑っていた。


 私が、落としたペンを拾ってくれたこともある。


 私が教材を忘れた時に、貸してくれたこともある。


 何かを話してて、優しく微笑んでくれた笑顔


 そして、何か言いたげな顔して、私のことを見ている姿


 どこまでが記憶なのか、どこまでが私の空想なのかわからないけど、あの頃、確かに一緒に同じ空間で過ごしていたことは確かだ。

(本当になんで、大貴さんの気持ち気づかなかったのだろう)

もし、もう一度、あの頃に戻れたらきっと私は迷わず大貴さんを好きになるだろう。


あの頃に戻れるなら……。


(……そうだ!)

 私はあることを思いついた。


(でも、連絡をするのは、この面接が終わってからにしよう……)

すぐにでも会いたい気持ちをおさえ、まずは目の前の荷物を片付けと、面接に行くための準備もしなくてはいけないのでそれを優先することにした。

(そうだ、髪の毛も切りに行こう)

 肩まで伸びた髪を、手で触ってみる。

最後に切りに行ったのは、いつだったろうか?

まだ、仕事を辞める前だったから、だいぶんたっている。

(予約取れるかな……?)

さっき手に持ったスマホで、いつも行っているお店に予約をピピっと入れる。

「よし!」

 スマホをテーブルに置き、自分に気合を入れように太ももをポンと叩き立ちあがると、テキパキと片づけを始めた。



 二日後――


 面接終えた私は、一息つくために帰り道にあるカフェに立ち寄った。

ログハウス風な店内の雰囲気がどことなく、あの日大貴さんと行ったカフェにちょっと似ている。

(今日は面接頑張ったご褒美だね)

 私は自分にそう言いながら、アイスティーとチーズケーキを注文する。

面接といっても、もう採用を前提での話だった。

話はトントンと進み、来週から出勤することも決まった。

 

 田舎留学から帰ってきてからこの二日間、これからのことをじっくり考えた。

仕事のことも、大貴さんとのことも。

怖がらずに、どんどん進もう――。

そう思った。

今回の田舎留学で経験したことが、気持ちを前向きかえてくれたことは間違いない。

出会った人達にもいっぱいエネルギーをもらった気がする。


そして大貴さんとのことで、ある考えが浮かんでいた。


 バッグからスマホを取り出しメッセージを打ち始める。

『大貴さん。こんにちは。

 仕事の方は落ち着きましたか?

 もしよかったら時間ある時に連絡ください。』

 と、打ち込んで、その先に書く言葉をどうしようか、ちょっと迷う……。

けれど勇気を出してこう書きたす。


『会いたいです。』


打ち込んだ画面を、三秒ほど見つめ「エイッ」と送信ボタンをタップする。

大丈夫だと思っていても、どんな返信が来るのだろうかと、ドキドキしながら待つ。

ちょっと緊張して、美味しいはずのチーズケーキの味がしない。

返信がきたのは、チーズケーキを食べ終わって少しした頃だった。

『沙也ちゃんこんにちは。

 連絡ありがとう。

 この前は何も言わずに帰ってしまってごめんね。

 体調の方はどう? 元気になった?

 俺も会いたいです。』

 返信のメッセージを読んで、思わず頬が緩む。

(……よかった)

 続けて返信を送った。

『今度の週末、もし時間あったら、どうですか?』

『うん。大丈夫だよ。

 でもできるなら、もっと早くてもいいよ。

 今日これからでも。』

(え? 今日? え? どうしよう。今日はちょっと、このスタイルだし……)

……面接に行くためのリクルートスーツ姿だったし、急すぎて心構えがまだ出来ていない。どうせなら、もうちょっとおしゃれして会いに行きたい。

『今日はごめん。ちょっと無理。明日はどう?』

『OK!明日仕事終わった後でよかったら大丈夫だよ。』

 私はある場所を指定し、明日の夕方にそこで会う約束をした。

思ったより少し早く会えることになり、胸が弾んだ。

(明日は、ちゃんと言えるかな)

 この前は、中途半端なままになったから、もう一度ちゃんと伝えたいと思った。

それにもう、待たせてはいけないと思った。これからのことしっかり考えて、私の心も彼の心もクリアになる様に。



次の日、待ち合わせの場所には、少し早めに向かった。

向かう途中で、ビルの窓ガラスに映る自分の姿を、さりげなく見る。

(服、おかしくないよね?髪型も短くしちゃったけど、大貴さん驚くかな。)

昨日の帰りに、新しい服を買った。かわいいデザインのワンピースとそれに合わせたネックレスもそろえた。

約束の場所に着き、大貴さんを待つ間、もう一度、髪型と服をチェックする。

緊張気味でそわそわして落ち着かない。


 そう言えば、あの時もそうだった。

こうしてドキドキしながら彼に気持ちを伝えるタイミングを待っていた。


 今よりまだ少し幼かったあの頃は、気持ちの制御もうまくできなくって、突っ走ってしまった。深く傷ついた恋だったけど、それは何かを気づかせるための試練だったのかもしれない。

ちょっと、気づくの遅すぎたのかもしれないけれど……あの時があったから、今の自分がいるのも確かだ。


いつまでもあの時の自分を、かわいそうだと思うのは辞めることにした。

(少しは成長できたかな、私)


今、大貴さんを待つこの時間、緊張してドキドキしているのはあの時と同じだ。

けれど、あの時とは違ってなぜかとても安心感があった。


失くす恐怖ばかりにとらわれずに、今という時間を大切にしなくてはいけないと気づいた。

怖いと思うのは、私の勝手な思い込みかもしれない。


好きな人を傷つけたくはない。

それに本当に愛していたら、裏切ることなんてするはずない。

きっと、大貴さんとは同じ思いで繋がっている……そう思えた。


「ごめん!待たせちゃった?」

 約束の時間をちょっとだけ過ぎた頃、少し小走りで大貴さんは現れた。

「あ……」

「あ……」

 ほぼ同時に、お互いを見たまま思わず固まった。


 約束の場所に現れた彼は、会社帰りのままでスーツにネクタイ姿だった。

とても大人びていて……素敵で……私は胸が高鳴った。

大貴さんは急いで駆けつけてくれたのか、少し息が切れていている。

「ごめん。仕事終わって急いで来たんだけど、ちょっと遅れちゃったね」

「ううん。大丈夫だよ。……スーツ姿を初めて見たからちょっとドキッとしちゃった」

 大貴さんの凛々しい姿に、ちょっと照れ臭くなって思わず目を逸らす。

「それは、こっちのセリフだよ。今日の沙也ちゃん、すごくかわいくって……。あ、……いつもかわいいけど、今日はさらにかわいい」

 一生懸命おしゃれをしてきたのは、もちろん少しでも大貴さんにかわいいって思われたかったからだ。嬉しくって思わず、頬が緩んだ。

「ありがとう」

「それに……髪……切ったんだね」

「うん」

 最後に会って、約一週間ほどしかたっていないのに、とても久しぶりに会ったような感じで、どことなく二人ともぎこちない。


「でも、どうしてこの場所に?」

 この場所は、あの時私が大貴さんの目の前で彼に告白してしまったあの場所だ。

私はあえてこの場所を選んで、大貴さんに来てもらったのだった。

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