第21話 四人の約束
祐太さんに呼び捨てされたのに、特に動揺することなく返事をした瑞樹ちゃん。
(呼び捨てにされたことに、気づかなかったのかな?)
不思議に思って、瑞樹ちゃんに確認してみようと思った。
「私も、野菜切るね」
私は置いてった包丁を取って、瑞樹ちゃんの横に並んでまな板を置いた。
「あ、じゃぁこれお願いします」
はいっとざるに入ったピーマンを渡されたので、それをまな板の上に並べサクサクと切り始めた。ちらっと、瑞樹ちゃんの様子を伺う。
「あのー、瑞樹ちゃん」
「はい。あれ? もしかしてピーマン嫌いですか?」
すっとぼけた返事がまどろっこしい。
「いやそうじゃなくって、祐太さん……さっき”瑞樹”って呼び捨てしなかった?」
私が小さな声で瑞樹ちゃんだけに聞こえるように言うと、肩がピクリとなって野菜を切る手も止まる。
そして私の方を見て、意味深にニヤリと笑った。
「え? え? もしかして……?」
驚く私に、瑞樹ちゃんはコクリと頷いた。
「え? ……そういうこと? いつのまに? ていうか、最後の日に告白するって言ってなかったっけ?」
なぜか私の方が胸がドキドキしてきた。
「うん。この前、沙也さんに話した次の日だったかな……」
「言っちゃったの?」
「じゃなくて……」
ちょっともったいぶってみせる瑞樹ちゃんも、少し顔が赤くなっている。
「じゃなくって? ……って?」
一瞬意味が分からなかったけど……。
向こうにいる祐太さんに、照れ臭そうに視線を送る瑞樹ちゃんの顔を見てピンときた。
「祐太さんの方から……」
「告白されたんだ?」
瑞樹ちゃんは、手に持った包丁と野菜を一度まな板の上に置くと、赤くなった頬を手で隠すように覆いながら「うん」と頷いた。
かなりの衝撃的展開に、私はちょっと戸惑った。
でも、確かに言われてみれば、昨日のお買い物の時も、カフェで自家製パフェ食べてる時も、二人は仲良さそうにしてたし、密着度も友達の域を超えていた気がする。
(気がつかなかった……)
大貴さんのことで頭がいっぱいで、瑞樹ちゃんたちがいつの間にかそういうことになっていたなんて思いもしなかった。
そういえば、さっきも祐太さん何か言いたそうだった。
もしかしたら、瑞樹ちゃんとのことを言いたかったのかもしれない。
「もう、それならそうと、早く教えてくれればよかったのに」
「ごめんなさい。今日、バーベキューの時に二人で一緒に言おうねって決めてたんです。でも先にバレちゃいましたね」
はにかむように話す瑞樹ちゃんは、最初に会った時から変わらない印象で、一つ一つのしぐさが本当に可愛いい。
「私と一緒にいるといっぱい笑って過ごせて楽しいって。だからこれからもずっと一緒に楽しい時間作っていこうって言ってくれたんです」
祐太さんのことを話す時は、更に笑顔がキラキラとしていて幸せであふれている。
「よかったね」
心からそう思った。
「ありがとうございます。沙也さんも。頑張ってください」
そう言われ、頷いて見せたけれど心の中の正直まだ不安がぬぐえないままだった。
手際よくみんなが動くので、スムーズに準備も終わり予定より少し早くバーベキュー大会は始まった。
禁止だったアルコールも今日だけは解禁され、主催者側で用意してくれたビールで、乾杯をして盛り上がった。
祐太さんや、瑞樹ちゃんと一緒に集まって美味しいお肉やお野菜を焼きながら、この期間の思い出や、お互いのこれからのこと話した。
そして、二人から改めてお付き合いを始めたという報告を受ける。
二人で、時々目を合わせながら確認しあうように話す幸せそうな姿を見て、自分のことのように嬉しく感じた。
「よかったね。ずっと仲良くね」
瑞樹ちゃんの手を握り、私は小さく頷いた。
「ありがとう沙也さん」
「祐太さん、瑞樹ちゃん泣かせたら承知しないからね」
「大丈夫。そんなことはしないよ。するわけないじゃん。」
祐太さんがそう言うと、瑞樹ちゃんが嬉しそうにはにかんだ。
「祐太~こっち来て飲もうぜ~」
参加している他のメンバーが祐太さんを呼ぶ声がした。
フレンドリーな祐太さんは、この期間中に私たち以外にもたくさんの友達が出来たようだ。
「あ、ごめん。呼ばれたからちょっとあっちで飲んでくるね」
そういうと、祐太さんは向こうのグループに行ってしまった。
「祐太さん、人気者だネ」
「はい。でもそういうところが好きです」
「はいはい。ごちそうさまです」
瑞樹ちゃんののろけに、私は冗談でちょっとすねるように口を尖らせた。
「沙也さんも、大貴さんと……」
「うん。まだ本当にうまく行くかどうかは、わからないけどね」
「そんなこと言わないで、絶対上手くいきます。自信もってくださいね」
「ありがとう」
二人で顔見合わせて笑った。
瑞樹ちゃんの、幸せいっぱいの顔を見て私も勇気をもらえたような気がした。
しばらくして、祐太さんが向こうから瑞樹ちゃんのことを手招きして呼んでいるのが見えた。瑞樹ちゃんは、私に気を使ったのか「どうしようという」視線を送ってくる。
「いいよ。行っておいでよ。ほら祐太さん待ってるよ」
「あ、はい……じゃぁ。ちょっと行ってきます。すぐ戻ってきますね」
そう言って瑞樹ちゃんは、祐太さんが呼ぶ方に行ってしまった。
一人取り残された私は、缶ビールを一口飲み、ふーっとため息をつく。
周りは賑わっているのに、大貴さんがいないこの場はとても寂しさを感じる。
(大貴さん、今頃何しているのかな……。仕事のトラブルは大丈夫だったのかな……)
もし、ここに大貴さんがいたら、ちゃんと話せただろうか?
さっき祐太さんに聞いた話。大貴さんもまた癒せない傷があって、ふとしたことで大きな不安が生まれ、思い悩んでいる。
傷ついたのは、自分だけだと思っていたのに、もう一人傷ついて苦しんでいいる人がいる。たぶん、あの時何も知らなかったといえ、結果的に私が大貴さんを傷つけたことになる。
あの時、なんで大貴さんのことに気づいてあげられなかったんだろう。
あの時、好きになったのがあの彼じゃなくって、大貴さんだったら、私も大貴さんもこんなに傷つくことはなかったのに……。
でも奇跡的にこうして、また大貴さんと再会して……。
私は大貴さんに恋をした。
これは神様のいたずら?
もう一度、私がちゃんと気づくように、神様が巡り逢わせてくれたのかもしれない。
としたら……これは神様からのプレゼント?
(このせっかくのプレゼントを、大事になくっちゃね)
私と大貴さんが、恋人同士になれたら……お互い傷は癒えるのだろうか?
一人、あれこれ考えていたら、向こうから「おーっ」と大きな歓声があがる。
そしてヒューヒューと冷やかしの声が聞こえてきた。
きっと祐太さんと瑞樹ちゃんが、お付き合いを始めたことを公表したのだろう。
バーベキュー大会は、明日で終わる田舎留学を惜しむように、賑やかに夜遅くまで続いた。
そして、翌朝――
昨夜騒ぎすぎたみんなは、少し眠たそうな顔している。
卒業式という形で、卒業証書も渡され、いつも胸につけていた名札も記念にもらうことができた。
「この町が好きになってもらえたでしょうか。また年に数回、同じように田舎留学を企画いたしますので、よかったらご参加ください。もちろんそれ以外の時も、遊びに来てくださいね。それから移住も大歓迎です。ご参加ありがとうございました」
この田舎留学は、これを企画した町おこしプロジェクトの代表者の挨拶で締めくくられ、幕を閉じた。
疲れて、すぐに帰路に着く人もいれば、ホテルのロビーで、名残惜しく話し込んでいる人もいた。
私達も、ロビーまで行くと、あの日、みんなで綺麗な夕陽を見た窓の横で、しばらく別れを惜しんだ。
まだ、お昼の時間だから夕陽を見ることはできなかったけど、今日もその海はキラキラときらめいている。
この海を眺めながら、また、いつかここに来たいと強く思うのだった。
みんなも、きっと同じ気持ちだったに違いない。
「あー終わっちゃった」
瑞樹ちゃんが大きく背伸びをしながら、残念そうに言った。
「楽しかったね」
「はい。本当に来てよかったです」
「私も来てよかった」
「沙也さんと友達になれたことが一番嬉しかったです」
瑞樹ちゃんが右手を差し出したので、そっと握り返しそのまま二人でハグをした。
「うそ。彼氏ができたことが一番でしょ」
私が耳元でそういうと、瑞樹ちゃんは慌てて身体を少し引き離して私の顔を見た。
「どっちも一番です」
笑顔でそう言うかわいい瑞樹ちゃんを、私はもう一度引き寄せて強くハグをした。
「祐太さんと、仲良くね」
「はい。嫌われないように頑張ります」
「瑞樹ちゃんはそのままで大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
「また会おうね」
「はい。約束です」
”また会おうね”
大貴さんはいなかったけれど、これは四人の約束――
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