第20話 寂しさの理由

 バーベキュー大会の会場に行くと、すでに先に来ていた人たちが準備を始めていた。

炭の火を起こす人、材料を洗ったり切ったりする人、みんな楽しそうに準備をしている。

 私は、思わず目をきょろきょろさせ大貴さんの姿を探した。

(……いない)

 大貴さんの姿を見つけることが出来なかった。

「あ、沙也ちゃん。体調良くなった?」

 炭火を起こしていた祐太さんが、私を見つけ駆け寄ってきた。

「うん。ありがとう。迷惑かけてごめんなさい」

「いいよ。迷惑だなんて思ってないよ。元気になってよかった。……あ、そうだ大貴なんだけど……」

「大貴さん、どうかしたの?」

 私は思わず、くい気味に尋ねた。

「実は昼一で大貴の会社から電話あったみたいで」

「会社から?」

「なんか仕事のトラブルがあって、それが大貴にしか処理できない案件だったみたいで、会社から要請受けてさっき急遽帰ったんだ」

 返ってきた答えは思っていたのと少し違っていた。

「そう……だったの?」

「急いでたし、沙也ちゃんも体調悪くて寝てたから、何も言わず帰ることになってしまって申し訳ないって言ってたよ」

 そういう事情なら、仕方ないと思ったけれど、どうしても朝の様子のことが気になった。あの時の悲しそうな大貴さん顔が、また私の脳裏に蘇ってくる。

「わかった。ありがとう。……でも、祐太さん?」

「ん?」

「朝、私が倒れちゃった時のことだけど……あの時大貴さん、なんか様子変だったよね? 祐太さんもそれ気づいてすぐ追いかけて行ったでしょ?」

「あ……そっかそっか。沙也ちゃんも気づいてたんだ」

「うん」

 祐太さんは、少し考え

「ちょっと待ってて」

 そう言っていったん炭火を起こしていたところへ行き、他の人に交代してもらうよう頼んでいるようだった。

「確かに大貴さん、なんか様子おかしかったですよね」

 横にいた瑞樹ちゃんが、心配する私の腕をそっと掴んだ。

「うん……」

 すぐに祐太さんが戻ってきて、向こうのベンチに視線を送った。

「沙也ちゃんちょっと、あっちで話いい? すぐ終わるから」

「あ、じゃぁ私は、先に行って材料の準備をしてますね」

 空気を察した瑞樹ちゃんが、気を使ってくれたようだ。

「瑞樹ちゃん。ごめんね」

「はーい」

 瑞樹ちゃんは掴んでいた私の腕から手を離すと、小さく手を振り洗い場の方へ向かって行った。


 会場の傍らにあるベンチの所まで行き、祐太さんと二人で座ると祐太さんは一度ため息をついた。

「大貴から、沙也ちゃんとのことはだいたい聞いてる。ごめんね。あんまり立ち入るのものいけないと思うけど、大貴からはずっと相談を受けてて……」

 大貴さんは祐太さんのことを信頼している相手だから、それは想像できた。

「全部聞いてる?」

「ん、たぶん全部」

「そっか……」

 きっと、私のはっきりしない答えに大貴さんはずっと不安が募っていたんだろう。

「昨日のこと……沙也ちゃんが大貴に気持ち伝えてくれたことも」

 大貴さんが信頼している相手とはいえ、全部知られているとわかり、たまらなく恥ずかしくなった。

「そうなんだ……」

「大貴のこと悪く思わないでね。あいつずっと悩んでてさ。俺に話すことで不安や迷いをはらっていたんだと思う」

 私は小さく首を振った。

祐太さんの表情を見て、大貴さんがどんなに不安で苦しんでいたのか分かった。

「悪くなんて思わないけど、なんか、ちょっと恥ずかしいかな」

「でも、大貴のやつ、昨日すっげー喜んでたよ。カフェからホテルに帰ってきたあと、俺捕まっちゃって。久々元気な笑顔を見た気がした」

(そうだったんだ……)

 私のことで、大貴さんがそんなに喜んでくれてたなんて。

でも、なぜ今朝のあの様子はなんだったのだろうかと、私の中でますます謎が大きくなる。

「それからしばらく、大貴の沙也ちゃんに対する思いとか聞いてたんだけど……。あいつが沙也ちゃんのこと”いつまでも待つ”ていう話に、なんか俺すごくじれったくなって。ちょっと、冗談で言っちゃったんだ」

「……?」

「もっと強引に攻めろよ。そんなモタモタしてたら誰かに横取りされちゃうぞって。なんなら俺が沙也ちゃんに告白しちゃうよって」

「え?」

 思わぬ一言に驚いた。

「最後の一言は本当に間違いだった。本当に冗談で言ったんだよ」

「冗談? ……本当にそれは冗談? だよね?」

 一応念のため聞いてみた。

「もちろん。友達の好きな子に告白するわけないよ。……何ていうか、あいつがあんまり保守的なのがじれったくって、ちょっと、はっぱをかけるつもりで、ついそう言っちゃった」

「……それは、ちょっとひどい冗談だったね」

「……うん。そこは本当に反省している。その時、大貴が本気で怒って。……もちろん冗談だよってすぐに訂正したし、冗談が過ぎたって謝った。ちゃんとわかってくれて、それで話は終わったんだけど。それで、今朝のあのタイミングで……。あれも全く俺そんなつもりじゃなかったんだけどね」

 なるほど……そんな状況で今朝の私と祐太さんが大接近してるを見てしまったのだから、大貴さん的には心穏やかじゃないはずだ。

「あの時さらに疑われたと思ったから、追いかけて行ってもう一回ちゃんと話したんだ。そしたら大貴『お前のことは信じてる、そうじゃないってことはわかってる』とは言ってくれたんだけど……。なんかね、俺と沙也ちゃんのこと見た時、昔のことがオーバーラップしちゃったらしくって。それで、耐えられなくなって思わずあの場を立ち去ったって」

「……そうだったんだ」

「あの時のことで、辛い思いしたのはよく知ってたけど、今でもそこまで苦しんでいると思わなかったからさ。……悪いことしたなぁと思って。」

 大貴さんは大貴さんで、まだ心の傷を癒せないでいるのだと気づいた。

私達は、やっぱりどこか似た者同士なのかもしれない。

「俺が軽率なこと言ったり、勘違いさせることしちゃって本当に悪かったなって思ってる。大貴には何度も謝って許してはもらったけど」

「そっか。大貴さんも色々苦しかったんだね……。祐太さん話してくれてありがとう。大貴さんは本当に祐太さんのこと信頼してるんだと思う。だから、これからもずっと大貴さんといい友達でいて欲しい」

「言われなくても、そのつもりだよ。俺もあいつのこと信頼してるし、なくてはならない大切な親友だって思ってる」

 祐太さんは、少し恥ずかしそうに笑った。

「よかった。大貴さんに祐太さんっていう友達がいてくれて」

「ははは。こんなチャライ奴だけどね」

 それはあえては否定しなかった。

「そうだね」

「えーそこは否定してくれないんかい!」

 二人で顔を見合わせ笑った。

「沙也ちゃんのその笑顔に、大貴は癒されるんだろうなぁ」

「え?」

「沙也ちゃんの笑顔ってなんか天使みたいだもんなぁ」

「やだ、もう。からかわないで」

 誉め言葉に弱い私は、顔が赤くなるのが分かった。

「本当だよ。大貴はあんまり言葉にして言わないタイプだけど、絶対そう思ってるって」

「そうなのかな……」

「そうだって。俺にはわかるんだ。あいつの考えてること」

 祐太さんは、とても自信ありげにそう言った。

きっと私がどれだけ大貴さんを好きになったとしても、祐太さんとの友情には勝てないんだろうなと思った。

「ね、沙也ちゃん。大貴のこと……」

 祐太さんが何を言いたいのか、すぐに分かった。

「あいつのこと信じてあげて欲しい。あいつは絶対、沙也ちゃんのこと傷つけたりしないから」

「うん。わかってるよ。……もう、待たせちゃいけないよね」

 私がそう言うと祐太さんが、自分のことのように嬉しそうに笑った。

「ありがとう。沙也ちゃん」

「祐太さんもありがとう」

「さてと。ではバーベキューの準備に戻りますか」

 そう言って祐太さんが立ち上がった。

「うん。そうだね」

 私も、すぐに立ち上がった。

「あ、ちなみにだけど、俺が沙也ちゃんに告白しちゃうよって言ったのは本当に冗談だからね」

「わかってるよ。わかってるけど……改めてそう言われると少し複雑かも」

「え?ごめん。でも……俺はさ……。あ、何でもない。さ、行こう」

 祐太さんが何かを言おうとしてやめたので、その先が少し気になったけれど、準備に追われてるみんなの姿が見えたので、それ以上は聞き返すことはやめて戻ることにした。


みんなのところに戻ると、だいぶん準備は進んでていた。この数日間でチームワークもすごく良くなっている。

洗い場の所で野菜を切っていっている瑞樹ちゃんに、祐太さんが声をかけた。

「瑞樹、包丁さばき上手じゃん」 

「任せて~こう見えても料理は得意だから」

(……あれ? 今”瑞樹”って呼び捨てしなかった?)

 瑞樹ちゃんも特に動揺することなく、返事をしたのでちょっと驚いた。

そのまま祐太さんは、向こうの方のに置いてある飲み物が入ったケースを、運びに行ってしまった。



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