第10話 暗い情熱の果てに・とりあえず大団円
小さな、二人がけのテーブルに長身を押し込めた宇藤木は、手を擦り合わせて目の前にあるドーナッツを見下ろした。
みずるの前にもある。とても美味しそうだし、彼女も手をすり合わせたいところだが、宇藤木とドーナッツを前に二人きりというのが、
(微妙なシュチュエーションだな)と、思う。里帆には羨ましがられるだろうが。
二人が座っているドーナッツ店の内部は高齢者が三割ほど、あとは子供づれの家族と高校生と思しき女の子たちばっかりだった。
彼女らは、揃って大きなカバンを持っていて、クラブの帰りだろうと思われた。
この店は大学付属の女子校に近く、アベックをあまり見かけないのが、精神的には心地よかった。
宇藤木は湯気の立つコーヒーカップの上に手のひらをのべて、ぱたぱたあおいで匂いをかいでいる。
近くの席にいる女子高生四人組が、注意深くこちらの様子を探っていた。
モデルも霞みそうなイケメンが、なにをトチ狂ってあんな地味な女と一緒なのか、と考えていそうだとみずるは思ったりした。
疲れているし、軽く怪我もしているので、ただの被害妄想かもしれないが。
酒井が気絶したあと、難波と福沢がやっときてくれた。
みずるは、尻餅をついた際、酒井が工場に隠していた自家製刃物にぶつかり腕を切っていたので、説明は宇藤木に任せて病院に送ってもらった。そのあと、心配して宇藤木が病院までやってきた。
酒井の隠し工場のそばに車が置いたままなのをみずるが気にしていると、宇藤木はタクシーチケットを取り出した。以前、タクシー会社の親会社のCEOからもらったものだという。
「それでも、使ったら悪い気がする。宇藤木さんにも、相手にも」
「いいんですよ。なにせ命を救ってやったんだから。謝礼だって中元歳暮だってもらってないし、こんなのただみたいなもんだ。年間パスをくれてもいいぐらいだよ、ケチめ」
それで結局、一緒に車を取りに行き、ここまで戻ってきたのだった。
血は出ていたが傷自体はかすり傷と言ってもよく、外傷は皮膚が裂けたぐらいだったため、縫わずに大きな絆創膏をはってある。軽い打ち身はあっても腕を動かすのに支障はない。
着ていた綿入りブルゾンが守ってくれたわけだが、おかげで服が破けて油汚れまでついてしまったのは、くやしい。
なにげなく傷のついた上着の袖を見ていると、宇藤木も、叱られた犬のような顔をしてみずるを見ていた。それをまた女子高生たちがこっそり、注視しているのがわかった。
可愛く無防備な彼女たちが、宇藤木の冗談っぽい容姿に関心を抱くのは仕方ない。
ペットショップの店頭で、犬猫にきゃあきゃあはしゃぐのと同じだ。距離を置いて見て楽しむだけなら、実害もなかろう。
「でも、わけのわからない事件だった」みずるが口を開いた。「結局のところ、もともと不特定多数相手の愉快犯だった酒井瑞樹が、その装置を特定の人物に使って、墓穴を掘ったって解釈でいいのかな」
「はい。おっしゃる通り。しかし、冗談を具現化したような機械による、狂ったような事件でした」宇藤木が言った。さすがに一段落にほっとしたのか、それともみずるが元気そうなのがわかったためか、口調は明るい。
「まさしく、和気みずるのケースブック半丸かっこ黒歴史半丸かっこ閉じに、ぴったり」
「やめなさい、こんな場所で実名をあげるのは」
「はい。でも隠し工場ではグッドジョブでした。負傷をさせたのは申し訳なかったけど。痛くありませんか」
「気にしなくていいから、もう。それより、訴えられないかとヒヤヒヤよ」
「まさか」宇藤木は首を振った。「ギロチン装置の証拠隠滅を阻止したのに。いや、あいつにボロを出させようと試したけどうまく行かなくて。やっぱりアドリブって難しい。映画だと、犯人を数分間イラつかせたら、『あいつが嫌いだから殺したのよ!』とか告白してくれるじゃないですか。うまくいかないもんです。あっさり部屋に閉じ込められちゃったし。だから、あそこに和気さんがいてくれて、ほんに助かったこと」
「あの人は私に気付いていなかったのよね。こっちばっかり見てたのに。つくづく存在感のないあたし」
「工場は日頃から注意して片付けてあっても、肝心のギロチン装置を置きっぱなしにしてたので、気が気でなかった。機を逃さず証拠隠滅に走ったら、さっき自分が怪我させたはずの相手が立ち塞がって、そりゃ驚いたことでしょうなあ」
「わたしが再起不能になったってホラ、吹き込んでたし。あの時宇藤木さん、ほかにもいろいろ言っていたでしょう。あれ、どこまで真剣だったの?」
「てきとう、と思っていただきたい」せっかく聞いたのに、宇藤木は思いっきり笑顔を浮かべ、おまけにウインクまでした。こいつがやすやす本心を漏らすわけはないよな、と思う。
隣の女子高生の一人が。テーブルにスプーンの当たった音を響かせた。
見た目に騙されるなよ、とみずるは心の中でアドバイスした。
(こいつ、首輪付きの従順な大型犬みたいに見えるけど、正体はブラックドックなの、夜中に目が赤く光るの!)
とはいえ、異常な自体が無事に終わってほっとしているのも事実だった。ドーナッツの甘味が、嬉しかった。
「これ、美味しい」もうひとつぐらい入る気もするが、まだこれから家に帰り母の喜美子と夕食を食べなければならない。しかし、下手に母に連絡したら、夕食に宇藤木を招けとか言われそうだ。どこかで惣菜を買って帰ろうか、などと考えた。
「あ、でも」宇藤木は長い人差し指を差し上げた。「相棒」の真似かもしれない。好きな探偵は湯川先生だと聞いた気もするが、いずれにせよ今日ぐらいは許してやろう。
「酒井の前でぐちゃぐちゃお芝居してる間に思いついたのだけど、地域おこしセンターの土井さん、彼に好意を抱いていたのかな。あの暗い顔つきは、彼の『趣味』にうっすら勘付いていたせいかも」
「ああー」みずるは、椅子にもたれかかった。「そうだね。瑞樹氏はぱっと見、好青年だった。仕事も頑張っていたろうし、同僚の浅羽よりはるかに清潔で繊細そうだった。あの関係者の中から選ぶなら、そうなるよねえ。それとも保護欲をかきたてられたかな」
「土井さんはボーイッシュな感じだったから、ゲットするなら熟女風またはお堅い公務員風にイメチェンすべしと助言すればよかった。それはともかく、彼女ほど賢い女性が熱心に観察したら、酒井の奥深くにある鬱屈や、ここ一年ほどの変調ぐらいは見抜いていただろう。実姉のビューティ美里はどうだったか知らないが」
「やっぱり、犯罪事件ってもの悲しいなあ。考えちゃうな。二人にハッピーエンドって、もうこないのかなあ」
「いや、彼女が変態性を受け入れればそうでもない。それに、和気さんのトラップ返しであいつが自滅したのは、わりに爽快な出来事だった」
「そうかなあ。複雑骨折させちゃったのよ、わたしがあれを動かしたせいで」
「ああ、絶妙のタイミングだった。それも膝下。くく、しばらく歩けんぞ。苦しめ」
宇藤木は酷薄そうな笑みを浮かべた。どうも、みずるに傷を負わせようとしたバチが当たったと思ってくれているらしい。
「そういえば福沢さん、困ってなかった?」とみずるは聞いた。「難波なんかはどうでもいいけど、あとの処理を任せきりにしたから」
「いや、喜んでいた。だって、ほかの連中が一年以上、正体を特定できずにいた噂のかまいたちが、突然転がり込んできたわけだから。歌の「待ちぼうけ」を地で行ったようなものだよ」
「それが本当だと、まだましなのかな」
「まあ、瑞樹氏は証拠については念入りに始末していたようだし、パソコンにすぐ見つかるようなデータも残していないし。小型監視カメラの購入なんかについても、なかなか上手にあとを辿れないようにしていたみたいだから……その熱意を、他に向けろよと言ってたな、難波のやつ」
「ふん、えらそうに」
「えらそうに。それで各種ギロチン装置の製造が彼の工具で行われたと証明しなくちゃならないようで、簡単に有罪にはできないかもしれない。でもわたしはそんなの、どっちでもいい。次の犯行は阻止できただろうから、よしとしましょう。カツ丼屋は今ごろ、大騒ぎだろうけどさ」
「そうよねえ。それで、私の車についてたのは、ギロチンじゃなくてワイヤーで対象を叩く装置だったの?装置は彼のつまずいたギロチンと、二種類あったってこと?」
「それもまだ詳しくわからない。細かいモデルチェンジも含めて、沢山作ってたろうと思うよ、娯楽でもあったのだから。あと、和気さんの車に仕掛けた装置はピアノ線がかなり細かったし、パワーもあった。だから、かかとやふくらはぎの肉ぐらい『斬る』つもりが明確にあったと思う。それから。工場で和気さんが怪我した刃物、ヤスリかスパイクかって形状だったから、ギロチン用とは思えない。例の浅羽の移動手段は大型スクーターだった。だから、あれが吹っ飛ぶような装置を構想中だったのじゃないかなあ、ただの勘だけど」
「つまりなに?新作を準備していたってことなの?」
「そう。だから道楽から足を洗うより、むしろ事業拡大を検討していたかもしれない、ラーメン店の拡大には慎重だったのに。考えたら、彼はかなり精神的にやばかった。だって馬木だって、下手をすれば顔がすっぱりスライスハムみたいに切れたわけだから。たまたま、鼻先が飛んだだけですんだ」
「彼が、キミほど鼻が高くなくてよかったよ。もしその形のいい鼻が低くなったりしたら、少なくとも里帆はとても悲しむ」
「これは、取れたらまた生えてくる」
「あ、そう。それはそれとして、逆に馬木氏はどうして鼻の先っぽだけですんだの、あの刃だったら頭蓋骨でも斬れそう」
「おそらく、あれだけの規模の機械装置になると、どうしても作動させる前の音とか振動が消せなくて、馬木がとっさに反応して動いたと見るべきかな。いや、酒井の専門が切断機でなくてよかった。工業用刃物から砥石からレーザーからウォータージェットから、見事な切れ味の技術は世の中にいっぱいあるから」
「おじさんの家に、チップソーってあったわ。ステンレスパイプを切ってハンガーラックを作ってくれたの。でも、どうするんだろ、鼻の切れたあと。付け鼻するのかな」
「まだ意識戻っていないしね。隆鼻って言葉は聞くけど、いまどき鼻を継ぎ足す整形手術ってどうするのだろう。落ちる最中に派手に顔を擦ってるし。あとで調べておこう」
なんとなく馬木への同情心が薄れてきたのは、みずると宇藤木に共通の気分だった。
「おやっ、おふたりさん、お変わりないっすか?」鼻にかかった声がした。難波だった。「いや、駐車場に見覚えのある車があったから、つい」
怪しい。GPSが仕込まれていないか、あとで車を調べておこうとみずるは思った。
「なに、いまさら」二人が冷たい視線を浴びせると、
「あっ、誤解があるようですね。ぼくは常にお二人の立場に立って」
「もういい、もういい」と、宇藤木が手をしっしっと振った。
「つめたいなあ。じゃあ、ホットコーヒーにしよう。まだ帰っちゃダメですよ」
難波はどたばたとドーナッツを選び、コーヒーを注文してから椅子ごと戻ってきて、無理にテーブルに加わった。
みずるより、さっきの女子高生たちが迷惑そうな顔をした。
「それ、甘すぎない」彼の皿の上にはアニメのキャラクターを模したドーナッツが載っている。
「大丈夫、ぼくこれ、好きなんです。これもぼくを好きだと思う。宇藤木さんじゃないけど頭使って糖分を消費したから、必要です。それより、面白かったんですよ」
難波は、二人が車を取りに病院を出たあとのことを話した。酒井瑞樹は負傷のせいもあって、まだ詳しく話を聞くことができないそうだが、姉の美里が病院にやってきたという。
「クレームをつけられるのかと警戒したら、お詫びを言われました」
「へっ、どういうこと」
「なんとなく、弟がおかしいと思わないわけでもなかったそうですよ」
「へー」
「ほほう」
「両親は忙しく、出張も多くてほとんど豪邸にはいないそうでして、ふだん弟の世話は彼女がしていたそうです。あんなにきれいなのに、家庭的なんですよ」
「そりゃ、家事は外部委託してるのでしょ。お金はあるんだから」
「さあ。そこまでは知らないけど」話の腰を折られ、難波は不満げな顔をした。
「それで、以前からたびたび、弟の行き先の掴めないことがあって、おかしいとは思っていたって。今日はそこまで明かしはしなかったけど、あの人のことです。おそらく弟の不在とかまいたち事件とのリンクに気がついていたんじゃないかなあ」難波は誰もいない方角に視線をやり、小さく息を漏らした。
「それに……」思わせぶりにいったん言葉を切った。ふたりが黙っていると、十五秒ほど過ぎてから何か言え、とうながすような目をした。
「そこで、我々につっこめってこと?」
「下らない小芝居に参加しろと?」
「じゃあ、自分で言います」難波は膨れ顔になって言葉を継いだ。
「美里さん、婚約者の浮気には気付いていなくても、弟が水口夫人に執着しているのについては、うすうす感づいていたそうです」
それを聞いて宇藤木が言った。
「それこそ後付けじゃないの。あの姉弟、自分に関心があり過ぎる一方、他人への関心とか共感が薄い気がする。特にお姉さんにそれほどの観察力あるのかな。賞賛者については熱心にチェックしていただろうが」
「でも宇藤木さんには深い関心があるみたいよ。視線が熱い」そうみずるが言うと、
「彼女の中で、次の主力賞賛者の人選がはじまっているだけでしょ」とにべもない。
「前から思っているのは、宇藤木さんって、やけにあの方にきつくないですか。美人になにかうらみでもあるんですか」
「あんなメンヘラ女子をそれほど持ち上げるのがおかしい」
「ちえっ、もったいない。でもね、疑いを抱いた理由が面白いんですよ」
難波は得意げな顔をした。「弟が熱心にスマホかパッドを見ていたらしいんです。それで、たまたまなにかあって、置いたまま席を外した。彼の行動が気になっていたお姉さんが、こっそりその履歴を調べたところ、あるアダルトビデオの紹介ページに行き着いたそうです。その動画を再生して見たところ……」
「やだなあ。そんなの簡単に見ることができるの?」
みずるの問いに、宇藤木は知らないと言いたげに肩をすくめたが、難波は
「ええ、もちろん」と力を込めてうなずいた。「それが、これなんですが」
彼は悪趣味なカバーのついたスマートフォンを操作して、画面を映し出した。私物のようだ。「ほら、人妻決意の旅って人気シリーズのひとつなんですよ。それでこの女優が」
「おや」宇藤木が感嘆する声を出した。
「たしかに水口チームリーダーに似てる。顔認証を突破しそう」
「うそ、そんなに」抵抗を感じつつ、みずるも画面を見た。卑猥なシーンかと警戒したら、薄幸そうな女性がぼそぼそと自分語りしているだけだった。
「そういえば」髪型はともかく、目元口元は否定できないほどよく似ている。
「このひと、不幸せな本物の人妻風だけど、もちろん女優さんだよね。これが水口チームリーダー本人なら、別のスキャンダル案件を心配しなければならないけど、まさかね。フェイクドキュメンタリーにあたるのか」
「ええ。本職の女優さん。別の作品ではすんごいメイクして、すさまじいビッチぶりです。一家の男を高校生からじいさんまで、まとめてご馳走さんしてしまうってやつ。タイトルはたしか……」
「あ、いいよ言わなくて。いや最初、酒井瑞樹が馬木にここまでやったのは、先輩のための意趣返しと思わないでもなかったが、そんな性格じゃないなあと考え直した。間違ってなかったわけだ。妻がタイプだったので、目の前で馬木をコケにするチャンスに飛びついたと見るのが自然かな。ずっと待ってたんだろうね、ギロチン機械の安全装置を解除するタイミング」
「なんとも暗い情熱ね」
「そうだね。ただ、その情熱は、身近に向けられたので早く発見できた。それだけはまだマシだった。これが外から関係のうかがえない、雲をつかむような相手だったらずっと続いていたかもしれない。そしてそのうち、死人が出ていた」
「そうなったら、それこそプロファイ……」
「やめてくれえ」
難波が首をひねり、「やっぱり仲がいい。なんでだろ……貧乳の地味子って」とつぶやいてから、「あ、それで」と声をはりあげた。
「酒井さん、僕に気を許したのか、風邪薬飲み過ぎの理由も教えてくれました。今日、二人の間の距離がぐぐっと縮まった感じです。それで、入院中の婚約者の家を掃除に行ったら、そこからもこの、同じ女優さんのDVDが出てきたそうですよ。すごいショックだったって。動画ダウンロードにしておけば見つからなかったのに」
「大人気だな。そんなにお気に入りなら、その女優さんに地域おこしのイメージキャラクターを頼めばよかった」
「あ、別の作品、見ます?ちょうど、魅惑の地方妻ってシリーズにも出てます」
「いいかげんにしなさいよ、そんなもの見ないでよろしい」
みずるの一喝に、男たちは小さくなった。
「それより、水口夫妻、これからどうなるんだろう。まだ奥さんの不倫、知られてないのかな。これでばれちゃうだろうか」と、みずるが心配顔で言うと難波が、
「やっぱりそっちに興味が行きますか」
「うるさいな。私たちのせいで夫婦が壊れたりしたらって思うじゃない。怖いよ」
すると宇藤木が口を挟んだ。
「ああ、大丈夫。あの夫婦もゴジラ対キングギドラ」
「どういうこと」
「亭主の方も浮気している。この前同行してきていた、太めの部下と」
「え、なんで」
「だってそうだもの」
「そんなのわかるんですか」
「わかるさ。それにそのほうがいいじゃないですか。面白いし、我々の心が痛まない」
宇藤木はすました顔をして、コーヒーのおかわりを頼んだ。
しばらく黙ってアニメキャラを食い殺していた難波が、
「あ、そうだそうだ、これ大切なんだ」と顔をあげた。
「美里さんから聞かれたんです。顔がけっこうマジだった。ぼく、キツめの顔も好きかもしれない」
「難波君の好みはどうでもいいけど、なんて?」
「あの眼鏡の女性は、本当は宇藤木さんとどんな関係にあるんですかって」
「げっ。そうきたか」みずるは顔をしかめた。「あいつは、ただの哀れな呼び出し兼運転手だって言っといてくれた?」
「はみ砕いた説明をほほろがけたのに」難波はドーナッツを口に含んだまま言った「はかはか信じてくれはくて、まひりました」
宇藤木が言った。「女王様と犬って、正直に答えないから」
「オイ、ちがうだろ」
「彼女によると」難波はやっとドーナッツを飲み込んだ。「弟のこともあって、最初は純粋に謎を追う人だと思っていた宇藤木さんが、急に恐ろしく、人間とは思えなくなってきて」
そこまで聞いてみずるはつい、プっと吹き出してしまった。「正直でよろしい」
「考えたら、実はあの女性が黒幕じゃないかと。宇藤木さんは支配下にあるだけではってしつこく主張するんです。かわいそうに、すっかり人を信じられなくなってしまったんだ。僕が救ってあげたい。弟も、和気さんに追い詰められ、耐えきれなくなったと思いたいようです」
「防衛機制による合理化ね、それ」
「美里さんの言い分としては、二人を観察していたら、眼鏡の人が小さく動くと、必ず宇藤木さんが大きく反応して局面が変わるのに気がついた。だからきっと彼女が司令塔だと思うって」
「ほほう、見直した」しかし宇藤木は、美里に好意的な評価を述べた。「白痴美人と馬鹿にして悪いことした。眼鏡の人という呼び方にはそこはかとなく悪意が感じられるが、言っているのは嘘ではない」
「ひどいなあ、出身校も名門ですよ。それでこれからのぼく、彼女を運命の人と認識していいでしょうか?」
「それは知らんが、ビユーティ酒井の言っているのは正しい。和気さんこそコントロールだからね、スパイ小説的に言えば。これからはCとサインしてもらいたい」
「またわからないことを言う」
「いや、本当だよ。彼女をみくびっていた。おわびに、おいしいボンタン飴を一箱あげてもいいぐらいだ」
そう言って宇藤木は、残ったドーナッツのかけらを口に運んだ。
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