飛び出す絵本のような 《彼方まうり》
2006年1月30日 レビュアー 彼方まうり
ぶっちゃけあまり期待せずに読み始めたんですが、気付いたらどっぷりハマって夢中で読みふけっていました。なんでだろ。決して好みの文体でもないし、物語でもないのになぁ。うーむ。
友好姉妹都市である二つの都市を行き来する人物たちは、一見人間臭くリアルに描かれているのだけれど、作者の視点には、冷たく突き放したようなドライさが漂っている。そこがいい。ヒロインと双璧を成すもうひとりの主役といっていいヒューロなどはその典型かなと思う。まるでピンセットで部品を組み立てる手つきで作者はキャラクターを製造していく。ヒューロはまるで悪漢という題の模型のようだ。プールサイドで銃を暴発させるシーンや、蟹の甲羅にドラッグを仕込んで密輸する一幕では、クライムストーリーやギャング映画の愛好家なら思わず喝采を上げたくってしまう。ただ、それが巧妙なだけのステレオタイプに陥らないのは、ひとえに彼らを包む込む世界がどこか安定を欠いて曖昧で、ヒロインが生きる映画のセットさながらに奥行きに乏しいから。
そう、人物描写と世界観のアンバランスが、この作品においては不思議な美点となってる感じ? とってつけたような事件が繰り返し巻き起こるのに退屈じゃないのは、このミスマッチが、背景から飛び出す絵本のようにキャラクターたちを際立たせるからに違いない。ピントを自在にコントロールし、隙間だらけで頼りない書割の世界へキャラクターたちを手荒く放り出すこと。それが作者の余人には真似できない作劇法だろう、なんて偉そうに言ってみたり。
舌を巻くのは、横のカメラワークよりもズームとフォーカスを駆使した描写。これが眩暈に似た作用を呼び起こす。体質に合わない読者はもしかして早々に本作を投げ出すかもしれない。けれど、いったん慣れてしまえば、そう簡単には抜け出せないんだよね。まさに沼のような、カフェインのような、あるいは作中ヒューロが命がけの取引をする合成麻薬アゾットのような中毒性で読者を虜にしちゃうんで、よろしく。
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