第23話 あざとい後輩の進撃
豊岡恵梨に壁ドンされている。
ここ、第二風紀委員室には俺と豊岡以外誰もいない。
「ねーせんぱーい。お願いですぅー。一生のお願いなんで~文化祭一緒に回ってくれませんかー?」
「やだよ。めんどくさい」
「もーなんでですかー」
「めんどくさいから」
「答え変わってないんですが」
わけがわからない。
なんで俺がいきなり後輩からこんな仕打ちを受けにゃならんのだ。
今日は月曜日。安野と本屋に行った翌日なんだが。
放課後、安野の劇の演技の練習に付き合ってやろうとしたのだが、(安野が劇やらなんやらで忙しく、今はヒロインの勉強は休止している)風紀委員としての仕事ができたと言って、この教室には来なかった。
代わりにくっついてきたのが、この豊岡だ。
と言っても、別に安野が頼んだわけではない。
豊岡が俺を見つけるなり、ちょっと話したいことがあるの一点張りで俺をこの教室に連れ込んだのだ。
何事かと思えば、文化祭一緒に回れだのこいつは一体何を考えてるんだ。
「あのなあ。前から言ってるがそういうのは俺以外の奴にやれって。じゃないと後で後悔するぞ」
「そういうのってなんですか?」
「そりゃあ、その……デ、デートのお誘いってやつだよ……」
俺がらしくもないことをこっぱずかしさを我慢しながら言うと、豊岡は何かに気づいたような顔をして、途端にニヤニヤと小悪魔じみた表情に変わり、
「えー。先輩何言ってるんですかー?違いますよー。風紀委員のお手伝いとして当日私と一緒に校内を見回ってほしいってことですよー」
と宣った。
「は?」
「もしかして先輩、私とデートしたかったんですか~?ま、私はいいですよっ、先輩とならっ」
「ち、ちげえよ。お前が言葉足らずだったんだろうが」
バカにしやがって。俺が本気で心配してやったっていうのにこの態度か。
一杯食わされた俺はいわゆるジト目で目の前の生意気な後輩を眇める。
豊岡のアホ毛が悪魔の尻尾みたいにぴょこんぴょこんと揺れている。こんなとこにもあざとさが垣間見えてしまう。
「で、先輩は私とのデートに付き合ってくれるんですか?」
「だからデートじゃねえんだろ?風紀委員の手伝いだろ?」
「先輩にデートって言われて気が変わっちゃいました。先輩、デートしましょ?」
「いやだ。ったく。これ以上ふざけるなら俺はもう帰るぞ」
「もー。先輩はせっかちさんですね。わかりました。風紀委員の手伝いってことにしてあげます」
「もともとそのつもりだっただろ……」
ほんと自由奔放な後輩だこと。
「んで?具体的にどうしたらいい?」
「そういう頼んだらなんだかんだやってくれるところが最高にエモいです」
「だってお前、断っても絶対逃がしてくれないし。あとエモくねえ」
どっちかって言うと、今の豊岡の体勢の方がエモい。
俺を壁ドンから解放してくれたはいいが、豊岡は俺の正面で今、椅子の上で体が全部収まるように体育座りをしている。
スカートがめくれ、さすがに下着は見えないよう隠しているが、そこから覗く白い太ももは新雪のように綺麗だった。
俺じゃなかったら圧倒的なエモさで男は落とされてた。
「エモい先輩は私と悪い輩がいないか、不純異性交遊をしている人がいないかを文化祭で見回りしてほしいです」
「それならまずお前を疑いたいんだが。第一、安野もそうだが豊岡も風紀委員にしてはスカート短くないか?」
「大丈夫です。うちは漫画にでてくる風紀委員ほど厳しくありませんし、今の私の長さも規定ギリギリでちゃんと抑えてます」
「規定ギリギリとか言ってる時点でちゃんとじゃない件」
「まあ、詳しい話はちゃんとした資料をお渡しするので、正式な返事はそのときで大丈夫ですよ」
「ああ。そう」
豊岡はいつも俺を舐めたような態度を取ってくるが、こういう根はしっかり気遣ってくれるところが憎めないんだよな。
タンっと豊岡は椅子から降りて、ググっと伸びをする。
「先輩は文化祭、誰かと回る約束とかはないんですか?」
「おい。ぼっちな俺と回ろうとするもの好きがいると本気で思ってるのか?」
「で、ですよね。……よかったぁ」
「お、お前。そこまで人の不幸で安堵する奴初めて見たぞ」
「え?あ、アハハ。いや、やっぱりわー先輩は変わってないなって」
「成長してなくてごめんね」
「うわっ。相変わらずの捻くれだー」
何がそんなに楽しいのか、豊岡はクスッと目を細める。
「俺に手伝って欲しいなんて風紀委員の仕事ってそんなに忙しいのか?」
「え?い、いや、そんなに忙しくないですよーというか暇だから誘ってみたーみたいな感じです」
お前なあと文句の一つでも言ってやろうかと思ったのは一瞬だけだった。
豊岡の指を見て、そんな気持ちは雲散霧消した。
ところどころペンだこができていた。
だからこいつのセリフは強がりだとすぐにわかった。
豊岡は塾時代のときからいらんところで意地を張ってた気がする。
なんでそんな自分の努力を隠したがるのか俺には全くわからんかったが、本人がそうしたがってるなら俺は余計な口出しをするわけにはいかないだろう。
そう思ったから、代わりに豊岡の頭を撫でてやることにした。
もう放課後とはいえ、女子は髪のセットに時間も手間もかけているだろうから、くしゃくしゃにするのではなく、形を崩さないように優しく触れてやるだけにする。
お前は頑張り屋さんだなと。
「え……あの……先輩?」
「俺がしたくてやってんだ。豊岡は何も考えなくていい」
「あ、はい……」
撫でること約十秒。
急に借りてきた猫みたいに大人しくなった豊岡が口を尖らせて言う。
「せ、先輩こそこういうこと気軽に女の子にしちゃっていいんですか?」
「他意はねえよ。妹いるから、年下の女子が頑張ってるの見ると、褒めてやりたくなるんだよ」
「頑張ってる?」
「なんでもねえ。気にするな」
「じゃあもっと頑張れば、もっと先輩になでなでしてもらえるってことですね」
「俺からなでなでされても何も嬉しくなんてないだろ」
「はい。そうですねっ」
「なんじゃそりゃ」
豊岡は屈託ない笑顔を浮かべた。まるでサンタが今年も来ると言われた幼稚園児みたいに。
「無理はするなよ」
「わかってまーす」
そう明るく返事し、教室を後にした豊岡の頬は夕日で茜色に染まっていた。
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