第19話 クーデレ美少女は本と戯れる
中間テストは安野との勉強のおかげもあってか、かなり自信がある。
ゾウリムシの絵を描けという問題に原寸大で描くというズルを働くことも、動き回る点Pにイラつくこともなかったのだ。
テスト返しが楽しみなのはおそらく小学校以来だろう。
まあ、いつまでもテストの余韻に浸っているわけにもいかない。
なぜなら、今日は安野と本屋の約束がある日曜日だからだ。
俺は音夢プロデュースの私服を身に纏い、待ち合わせの駅に約束の十分前に着いた。
ザっと見渡した感じ、安野らしい人物は目に入らなかったため、まだ到着してないのだろうと勘繰る。
だが、その予想は外れることになった。
「和瀬君。こっち」
突然名前を呼ばれ驚いたが、聞き慣れた声だったのですぐに振り返る。
すると、そこには俺の思い描いていた姿とは違った安野がいたのだ。
端的に言うと、とてもボーイッシュな見た目だった。
上は少し袖が短めでボーダーの入った白のTシャツ、下はデニムのショートパンツと、特に飾るわけでもなくシンプルにまとまっているのだが、ショートパンツからすらりと伸びている健康的な生足や袖から覗く柔らかそうな二の腕が適度に女の子らしさを主張してきて、思わず目を奪われてしまった。
美人は何着ても似合うってこういうこと言うんだろうなとしっくりきた俺。
「私服はそういう感じなんだな」
「今日はクール系って指示されたし女の子っぽすぎるのは違うかなって。残念?」
「いーや。さすが完璧美少女と言われるだけのことはあるな」
「おだてても何も出てこないから」
クール系とは言ってみたが、いざ喋ってみると、口調が敬語じゃなくなったってだけでテンションの低さはクラスで見せてるそれと近いものを感じる。
「和瀬君も意外と私服はちゃんとしてるんだね」
「意外とは余計だ」
まあ音夢に言われなかったらちゃんとしてなかったと思われるので、何とも言えないが。
軽口をたたき合ってから、俺たちは少し歩いて近くの書店へと足を運んだ。
ここは俺もよく来る書店で、だいたいどこに何が置いてあるのかわかるので、ライトノベルエリアに赴くのは容易かった。
「お、面白そうな新刊が発売されてるな」
そう独り言ちて、俺は手に取ってタイトルと表紙を軽く目に入れる。
「和瀬君はあらすじ読まないの?」
「あんまり読まないな。いつもタイトルと表紙で決めるか、ネットの評判で決めるかだから」
とはいえ最近はあらすじも読んで自分で決めた方がいいかなと思ってたりもする。ネットでかなり評判良かったから買ったものの、いざ読んでみるとあんまり自分には刺さらなかったっていう経験があるっちゃあるしな。
「へー。私は自分で見て判断したいから、あらすじまでしっかり読む派だなー」
「こういうのって性格出そうだな」
「和瀬君がいつも適当に生きてるってこと?」
「安野がちゃんとしてるって意味で言ったんだが取り消してやろうか」
ほんとなんで安野は俺には攻撃力高めなの?俺別にサンドバッグじゃないからね。仏ですら許すのは三度までなんだよ?
そんな俺の心の声もつゆ知らず、安野はスタスタと移動して、一冊のラノベを見せてくる。
「あ、これこれ。これ面白いよ」
「ん?『彼氏に頼もう流星群』?俺は読んでないな」
「うわぁー。すごいもったいない。読んでないなんて人生半分損してる」
「そこまでなのか」
中学生にもなって九九を覚えていなかった人を憐れむかのような表情になる安野。
人生半分損してるとかいうソース不明なワードが安野の口から出てくるとは。
俺に裏表紙のあらすじを見せようと、ズンズン近づいてきて、「ほらっ。見て!」と肩が触れ合うくらいの距離で迫っている。
近いから。俺老眼じゃないからもうちょい離れてても見えるから。
「タイムリープものですごく読みごたえがあって特に夢や将来に悩んでる学生には絶対響く作品だよ」
「はあぁ。安野がそこまで言うなら買ってみようかな」
そう言うと、安野は学校では絶対見せないほどにパアっと表情を明るくさせた。
「ほんとっ?じゃあ読んだら感想聞かせてね。絶対だよ?」
「お、おう……」
だから近いって。改めて顔近づけなくてもその期待でキラキラした瞳は見えるから。
ていうかクール要素は?さっきから安野の素の感情が出まくってるんだが。
ラノベのことになると、素を隠し切れなくなるのか?
変貌を遂げた安野の雰囲気に気圧されていると、彼女から質問をされた。
「和瀬君ってラノベならどんなのが好みなの?」
「俺は割と、現実世界のラブコメが好きかな。異世界ものも好きだけど、情報量が多いだろ?設定とか世界観とか。その点現実世界だと容易に想像しやすいってとこが読みやすくていい。あと女の子が可愛い」
「私の前でそういうこと言えるの和瀬君の良いとこだと思うよ」
「皮肉られてる気しかしないんだが」
クスクスと笑う安野に俺も同じ問いを返す。
「私は異世界も現実世界も同じくらい好きかな。ストーリーが……」
「はいはい。お前がストーリー大好きなのは知ってるから」
言わなくてもだいたい予想できる単語が出てきたので、強引に会話を切ることにした。どうせストーリーが良ければとか言うに違いない。
妨げられた安野はいじけたようにふくれっ面になり、視線を斜め下に固定しながら呟いた。
「むーっ。さ、最近は誰かさんのせいでキャラの大切さもわかってきたし……」
「お!本当か?それならラノベ作家への道に一歩前進だな」
安野がキャラの重要性を理解し始めただと。一瞬夢かと疑っちまったぜ。
「なんで自分のことのように嬉しがってるの?」
「ん?悪いか?」
「いえ。別にそういうわけでは……」
安野はぼそぼそと言葉を紡ぐ。やけに歯切れが悪いな。別におかしいことは言ってないはずなんだけどな。
そう思考を巡らせながら目についたのは『平行線の距離は限りなく縮まらない』というラブコメの新刊。
ラスト一冊しか残っておらず、俺がそれに手を伸ばした刹那。
「「あっ」」
同じく、いや、少し俺より早く安野はそのラノベを手に取っていた。
だが、これで引くわけにはいかない。ずっと楽しみにしてたんだ。今日俺は安野とはいわば同伴者。俺にだって欲しいと言う権利くらいあるはずだ。
そう考えていると、安野はじーっと威嚇するように、
「これ……私が先に取った……」
と宣ってきた。子どもかよっ。まあ俺も人のこと言えた義理じゃねえんだけど。
「いや、ここは公平にじゃんけんだろ」
一歩も引かない俺の意志をくみ取ったのか、安野は作戦を変えて、甘えた声音ととろんとした目つきで、
「…………だめなの……?」
なんてねだってくるもんだから、
「くっ……わ、わかったよ今回は譲ってやるよ」
と、俺が折れるしかなかった。正直、くそ可愛かった。ずるいわあれ。
すると、あろうことか安野はあくどい顔で嘲笑してきた。
「ふっ。チョロいね」
「おい。安野何か言ったか?」
「いえ。なーんにも」
再度繰り返すが、こいつからクールは消えた。なんならデレてすらないところが余計にたち悪い。
安野は勝ち誇った笑みのままラノベを大事そうに抱える。
「和瀬君は取り寄せだね」
「いや、まあ遠いけどアニメイト行くし」
特典あるかなぁ。
「安野はアニメイトとか行ったことあるのか?」
安野は「あー」とやや頬を引きつらせる。
「一回だけあるのですが、どうも苦手で」
「苦手?」
「入店した瞬間、みんなにものすごい数の視線を向けられて大変だったんだよ」
「あーなるほど」
そりゃあ見るだろうな。こんな二次元にも負けない美少女がオタクの聖地に現れたら。
美少女は美少女なりの苦労もあるようだ。
それからもあの作品はどうだとかこれは面白かったとかひとしきり談笑し、それが済み俺はレジへ向かおうとするが。
「おい。どこ行くんだ?レジはこっちだぞ?」
「まだ買うものがあるの」
安野は反対方向に歩いて行った。そこは高校や大学受験の過去問や問題集、英検などが置いてあるコーナーだった。
「参考書?」
「和瀬君の」
「う……テスト終わったのにまた勉強漬け?」
「何言ってるの?勉強に終わりはないでしょ?」
「真面目か」
これはわかりやすいとか和瀬君ならこのレベルの問題集がとか俺にはよくわからん判断基準でポンポンと分厚い参考書を小さい手で抱えていく。
「おいおい。結構な数買うならかご持ってきたらよかったのに」
「もともとこんなに買いたくなるとは思ってなかったので」
「とりあえずかご持ってくるからちょっと待っとけ」
「これくらいなら大丈夫です。心配しないで下さ…………」
安野がそう言った瞬間、抱えている積まれた本たちがバランスを崩し、一番上の本が落ちそうになった。
「おっ、あぶねえ!」
咄嗟に距離を詰め、俺も積まれた本を下から持ち、倒れそうになっていた所は俺が胸のあたりで支えることで、惨事は免れた。
のだが。
急な出来事で、俺は安野の小さな手ごと握ってしまっていた。
その手の触り心地はとても滑らかで、それでいてか細い。重たい荷物なんて二度と持たせたくないと思ってしまうほどだ。
緊急事態のあまり、俺は身動きが取れないでいると、
「痛い……強く握りすぎ……」
と、彼女は目を合わせずに言った。
「あ、す、すまん……」
そう言われてようやく状況を整理でき、俺なんかが手を握ってしまったと申し訳に気持ちでいっぱいになったので、「一旦下ろすぞ」と断りを入れてから、早急に手を離した。
安野は持ってきた買い物かごに本を入れた後、かごを自分の顔の高さまで持ってきて、
「ご、ごめんね……いこっか」
と顔を隠しながら蚊の鳴くような声で呟いた。心なしか安野の耳が赤くなっているように見えたが気のせいだろう。
俺が荷物は持つって言ったのに、安野はそのまま早足でレジへ向かっていった。
わけわからんなと思いながらも購入を終えた俺たちは昼ご飯を食べに行こうという話になり、店を探すのだった。
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