第20話 クールが行方不明デレ大量発生
俺たちは本屋を出て、オムライス専門店に足を運ぶ。
中はテーブルが木でできていたり、植物が飾られていたりと自然チックな様相を呈している。
「オムライスって言っても色々あるな」
「ね?いい所でしょ?」
そう。ここは安野におすすめされた店で、以前女友達と来たことがあるらしい。
さすが安野、良い店知っているな。
さっきまでの謎の緊張感はとっくに抜けており、今は普通に話せている。
俺は当店一番人気と書かれた、一番オーソドックスなオムライスを頼んだ。
安野はホワイトソースにきのこがトッピングされているのを頼んでいた。
注文された料理が届くと、俺たちはオムライスをスプーンですくって口に運ぶ。
「うまっ」
思わず感想を言ってしまうほど、俺は舌鼓をうった。
安野もほっぺが落ちそうなくらい幸せそうに咀嚼しているな。
安野はおいしそうに頬張りながら話を振る。
「そういえば文化祭の準備は順調なの?」
「まあそれなりにはできてるんじゃないか?テストがあったから何かを作成するとかはできなかったけど、何を用意するとか、いつまでに何ができてないとだめだとかは決まってるしな」
安野は劇の方へ赴かなければならないから、クラスの話し合いにはあまり顔を出せてないんだよな。
まあ、一組のクラスの出し物、冥土喫茶では安野はメイドにコスプレして受け付けやるだけって話だから本番までやることはなさそうだけどな。
「安野こそ、劇の準備は大丈夫なのか?」
「ええ。台本はもう別のクラスで作られてるみたいだし、あとはメンバーで集まって、演技の練習や段取りの確認をするだけ」
だけって言ってもそこが普通は難点だったりするのだが、安野にとってはそれほど問題ではないらしい。さすがだな。
なら、ちょっと思いついたことを言ってもいいだろうか。
「なあ安野」
「何?」
「この前ふと思ったんだけどさ、劇で可愛いヒロインを演じてみないか?」
「ん?いやいやそれはできないでしょ。そういう劇ではないもの」
聞けば、劇の内容は失くしてしまった宝物を取り戻すために主人公とヒロインが奔走するという自作のファンタジーものらしい。
その内容がヒロインの可愛さで攻めている作品ではないことはもちろん理解できる。
ただ、俺は文化祭というイベントの特性と安野の完璧美少女という肩書に勝機があると見出していた。
「いや、できる。そもそも文化祭の劇を見に来る奴らって何の目的で来てるかわかるか?」
「目的?うーん。友達とかが出るなら観に行くとか?」
「そうだ。つまり劇の内容を本気で押さえたいと思って見に来る奴は少ないと俺は見てる」
「それはわかったけど、じゃあなぜ私が可愛いヒロインを演じることにつながるの?」
「おいおい。謙遜する気か?お前みたいな完璧美少女、見たいと思ってるやつらは大量にいると思うぜ」
そう言うと、安野は少し頬を桜色に染めた。
「わ、私ってそんなに可愛いの?まあ毎日そのための努力は惜しんでいないつもりだけど……」
「ああ、間違いねえよ。そんな安野が劇であざといまでに可愛いヒロインを演じるなら、観客は願ったり叶ったりだ」
「わ、わかった。じゃあやってみるよ」
こうして、安野が文化祭の劇でキャラの可愛さにも力を入れ、演技をすることになった。
「ところでよく知ってるね。文化祭とか積極的に参加しなさそうなのに」
「周りからそういう話が聞こえてきたり、あと妹が言ってたりするんだよ」
「やっぱりぼっちだった」
「うるせえほっとけ」
安野は朗らかに笑いながら、スプーンでオムライスを掬って食べようと口の前まで持っていって、寸前でピタリと動きを止めた。
「どうした?」
「せっかくだからさ」
ニヤリと小悪魔みたいな表情を浮かべ、彼女はスプーンを俺の口に差し出してくる。
「私のオムライスも食べさせてあげよっか?」
「はあ!?」
「だってすごく食べたそうな目をしてたもの」
「いや、確かにおいしそうだなとは思ってたけどな」
「それにこういうのヒロインがやるといいんじゃなかったっけ?」
「そうだけど……」
あーんをこんな公然の場でやるのか?
「それに和瀬君は好きでもない女の子にこういうことされてもなんとも思わないでしょ?」
「………………思わねえよ」
答えるのに少し間ができてしまったが、何とか返答することができた。
これはあくまでヒロインの勉強のためだ。そういう約束で俺と安野は一緒に過ごしている。
いくら可愛いと思っても、安野を不安にさせるようなことだけは絶対にしてはならない。
恋愛感情でないなら紛らわしいことはせず、きっぱり言うことは言うべきだ。
「思わねえから……安野がやりたいなら好きにしてくれ」
「じゃあそうするね」
迷いなく、俺の口へスプーンを運んでいく。
「あ、あーん」
恥ずかしさのあまり、ガブって感じで勢いよくかぶりついてしまったが、オムライスの味はとても美味だった。
ホワイトソースの仄かな甘みが癖になりそうだった。
「じゃあ次は安野の番だ」
「へ?」
「俺に食べさせたんだからお返しするのは当然だろ?」
「いや、別に私は……」
安野は顔を赤くして拒否しようとするが、俺が許したくない。
今更こんな周りの目がある中でこんなことする恥ずかしさを想像したのだろうが、俺としてはあーんされたときの羞恥をぜひ思い知らせたくなった。
「ほら。あーんしろよ」
「あ……いや……」
「安野は好きでもない男にこういうことされても意識するような奴じゃないだろ?」
「…………し、しないよ……」
「じゃあ、ほら……あーん」
「あ、あーん」
目まで瞑り、小さな口を無防備に開けて、スプーンに髪がかからないよう手で耳にかける。その仕草があまりにも可愛くて、まるで天使のように感じたがそんなことはおくびにも出さない。
結局俺にも羞恥や緊張が走ったが、無事にあーんは遂行された。
どうだ。恥ずかしいだろ。
俺とは対照的に、パクっと可愛らしい感じにかぶりついた安野は、ゆっくりと噛みしめた後、
「……なんか甘い」
とだけ呟いた。
「あ、そう?俺は安野に食べさせてもらったやつのほうが甘く感じたけどな」
「え!?そ、それどういう意味!?」
「いや、まあホワイトソースがまろやかだったって意味だけど、急に食い気味になってどうした?」
「そ、そうだよね。わかってたよ……」
何を言ってるんだ。羞恥で頭が回らなくなったか?
やっぱ抜けてるとこあるよなと思案しつつ、俺は自分のスプーンを見る。
次、自分のスプーンで食べたら間接キスになるじゃねえか。あーんしてるから実際もう間接キスはしているが、なにぶんあーんのインパクトが強くてさっきは間接キスのことは頭に入っていなかった。
これは好きとか恋愛感情とか関係なしに戸惑うだろ。
おそらく俺と似たようなことを考えているのか、安野もさっきからオムライスに口をつけていない。
「どうした安野?スプーンが止まってるぞ」
「こ、これは……その……そう。ちょっとおなかが膨れてきちゃって」
「わ、悪い。俺が無理に食べさせてしまったからか?」
「あ、いや、そうじゃないの。大丈夫。まだ食べられるから」
まあそうか。安野がそんなこと考えるわけがない。
情けないな俺は。男はこうも単純なのか。
不甲斐なさを払しょくするかのように、俺は思い切って頬張る。
それを見て、安野も食べる手を動かし、完食した。
この店のオムライスはやけに甘く作られているんだなと心中で感想を残し、俺たちは店を後にした。
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