第17話 デートイベント発生の予感!?

 結論から言うと、俺が風紀委員室に着いたとき、安野はいた。


 豊岡がおそらく言ったような、凛とした佇まいでラノベを読んでいる。


 確かに、その姿は微動だにしない美しい彫像みたいで、話しかけづらいというのも頷けた。


 ただ、いつまでもドアの前で突っ立ってるわけにもいかなかったので、俺は安野の方へ足を一歩一歩運ぶ。


 すると、俺が安野に声を掛けるよりも早く、彼女が俺の存在に気づいたらしく、パタリと読んでいたラノベを閉じてこう呟いた。


「……やっと来ましたね……」


「す、すまんな。でもちゃんと伝えたろ?お前んとこの後輩に絡まれたって」


「それはそうですけど……」


 なんだ安野にしては歯切れの悪い言い方だな。それに安野はキャラに成りきってないと俺にも敬語になるのか。そうか……


 そう思案しながら、俺は安野の隣へ腰を下ろし、机に勉強道具を広げる。


「………………………………」


「………………………………」


 気まずい沈黙が流れる。


 安野はわからんが、俺はとにかく昨日の出来事がフラッシュバックして、どうにも無駄に意識してしまい、口を開けないのだ。


 特に意味もなく俺は頭を掻くが、やっぱり何か起きるわけでもなく、ただカリカリという音を耳障りに感じるだけだった。


 もう一旦は勉強に集中しようと視線を手前のノートに向けた刹那の出来事。


 ミジンコみたいに小さな声で言葉を紡いだ。


「…………寂しかったです」


「え?」


 安野は両手を合わせ、それを両の太ももとの間でもじもじとさせながら心情を吐露してきた。


 あまりにも急で、俺はまともな言葉を生み出せなかった。


「いつも和瀬君がいたこの空間に一人でいるのは、なんだかとてもつまらなく感じました」


「俺は暇つぶし要員かよ……」


 安野はフフッと手を口元に当て、微笑んだ。


「でもあなたはそんな私の暇つぶしみたいな習慣に付き合ってくれてるじゃないですか」


「まあ、それは勉強教えてもらえて助かってるし、そのお礼みたいなもんだろ」


「普通の人はこんなに甲斐甲斐しく面倒見てくれませんよ。きっと色々理由を作って逃げていくのがオチです」


「俺が特別優しいって言いたいならそれはお門違いだ。俺みたいなの他にいくらでもいるに違いないからな」


 褒められるのは好きではない。それ以上成長できない気がするからだ。


 今まで必死に言い聞かせてきた。お前は特別じゃない。誰にでも替えが効く駒に過ぎない。自惚れるな。夢を見るなと。


 その結果……かどうかは知らんが、気づくと周りに誰もいなかった。みんなが青春なり将来なりに手を伸ばそうとしている間、俺はボーっと眺めるだけだ。


 そんな俺はおそらくみんなとは違う。悪い意味で。


 だから褒められるのは自分が皮肉られてるみたいで。生き方を否定されるみたいで、どうも素直に受け取れない。


 ため息交じりに過剰なほど冷たく言い放った俺に対し、安野は穏やかに応えた。


「確かに和瀬君と同じくらい、あるいはそれ以上に優しい方がいらっしゃるかもしれません」


 彼女は微笑を崩さないまま、ゆっくりと言葉を連ねる。



「でも私が出会ったのはあなたです」



 その瞬間、胸の中で何かが弾けた。


 嬉しいとかそういう表面的な感情ではなく、もっと別のもの。


 あ、そうか。


 間違ってなかったと思ったんだ。


 俺のやってきたことすべて。


 誰も見てくれなかった面を安野は見てくれた。


 今はまだ、この気持ちが何なのか、皆目見当がつかない。


 わかるのはチープで薄っぺらいものではないことと、安野に恩を返したいことだけ。


 安野は「だから……」と言葉を発し、頬杖をつきコテンと可愛げに首を傾げながら、



「最後まで責任持ってくださいね……」



 と、彼女の澄んだ水色の瞳に俺の目は逃れる間もなく射抜かれた。


 俺は安野の真剣さが照れくさくて、思わず目を逸らす。


「ま、まあ善処する……」


 それを聞いた安野は子気味よくクスクスと笑った。


 そんなに笑うなよ。ったく。


 笑われて恥ずかしいのもあったが、とにかく安野に何かしてやりたいと思った俺はお詫びをすることを提案した。


「なあ安野」


「何ですか?」


「今日俺が遅れたせいで寂しい思いをさせたお詫びに、おすすめのラノベでも買ってやろうか?」


 まあこいつ金持ちっぽいし、半ば冗談のつもりで言ったのだが、安野は案外食いついてきた。


「それいいですね。じゃあ私あれが読みたいです。前に和瀬君が話していた『恋とブルーレイ』」


「あーあれか。別に貸してもいいんだぞ」


「私、読むだけじゃなく集めたいので」


 なるほど。気持ちはわかる。本棚に並んだラノベとか眺めるの良いよな。


 これだから電子じゃなく紙で読みたくなるんだよ。


「おーけー。じゃあ決まりだな」


「なら日程は中間テストが終わった週の日曜日の……えっと……、十一時頃にしましょうか」


「いやいや、買って渡すだけなら平日にできるだろ?」


「え?」


「ん?」


 いまいち安野と話がかみ合わない。なんでわざわざ休日なんだ?


 頭にはてなマークを浮かべていると、安野が「あーそういうことですね」と納得して俺に説明してくれた。


「せっかくですし、一緒に本屋に行きましょうよ」


「え?いや、俺と?いいのか?」


 それってもはやデートみたいじゃないか。何かの間違いか?


「ええ。本屋に行ったら他に面白いラノベに出会えるかもしれませんし」


「ああ。そういうこと」


 確かに買うものをあらかじめ決めてたのに、実際本屋行ったら他に面白そうなのを見つけて、当初の予定にないものとか買っちゃうんだよな。


 安野はあくまでその感覚だろう。デートなんて微塵も考えていないに決まっている。


 了解したと俺は首肯し、無事、テスト終わりに安野と本屋に行く約束にこぎつけた。


 そして、本屋の約束のことを知った妹の音夢に俺は色々指南されるのだった。

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