第16話 あざと可愛い後輩が現れた
俺と安野との間にはあるルール、というか合図がある。
終礼の挨拶で席を立つ際、椅子を二回ほど引く。
これが、今日も風紀委員室で集合という意味なのだ。
そして今日。
昨日ちょっときまずい雰囲気で別れたうえで迎えた今日も、この合図を安野が行った。
行くのか。
お互い言い出しづらかったのか、今日はまだ一言も話していない。登校時も別だった。
安野は昨日のことなんてなかったかのような清々しい足取りで、スタスタと教室を後にする。
それを見送った俺も、五分後くらいに向かおうと気を引き締めたときだった。
廊下側の後ろの扉、つまり、俺の席のすぐ横の扉がガラガラと開いたかと思うと、そこから蜂蜜色でウェーブのかかった髪をなびかせた女の子が入ってきた。
「あれっ。ひまり先輩、いないじゃん」
なにやら安野のことを探しているようだった。
俺が知っていると怪しまれることを危惧し、安野の行き先まで答えるわけにはいかず、とりあえず教室を出たってことくらいは伝えようと決心するのだが。
「あれっ?もしかしてわー先輩ですか~?超ウケます」
この呼び方は……
「勝手にウケるな。なんでお前がここにいんの?かくれんぼするのは良いが他の学校にまでは侵入してくるなよ」
「かくれんぼなんてしてません。私、この学校の生徒ですからっ!」
俺に威勢よく言い返してきたのは
まあ、後輩っつっても豊岡が一方的に絡んできただけだが。
「はいはい。わかったから。安野を探してるなら無駄だぞ。もう教室出てったからな」
「さ、さすがひまり先輩。行動が早いですね。にしても珍しいですね。先輩が女の子の下の名前を憶えているなんて」
「いや、まあ隣の席だからどうしても知ってしまうんだよ」
あぶねえ。確かに俺が女子の下の名前を憶えているって知ったら、後輩である豊岡は怪しむだろうな。なんせ、
「あーやっぱそうですよね。そもそも先輩が人の名前を口に出してる時点でレアですし」
昔からボッチで人とあまりしゃべらなかったことを豊岡は知っているからだ。
「そうだよ。俺は名前を憶えても、口に出すことはめったにないからな」
「そんなことで威張られても。さすが先輩です」
「今の『さすが』に敬意が込められていないように思えるのは俺の気のせいか?」
「ご名答~パチパチ~~」
ニコッと貼り付けたような笑みで手を叩いている。
ほんとあざといな。
このまま続けても無駄に体力を消耗するだけなので、さっさと本題に移ることにした。
「んで?なんでお前が安野を探しているんだよ」
「あー。まあそれはあの荷物を持っていきながら話しましょう」
そう言って豊岡が指さしたのは廊下に置いてある、段ボールに入ったプリントの山。
「なんか面倒くさそうなんだけど」
「先輩は話を途中で切られると、モヤモヤするタイプでしょう?」
「くっ。卑怯な」
豊岡の言う通り、俺は気になっていた。
俺の知らない交流関係。安野とは秘密の関係でもあるので知っておいて損はないと思ったのだ。
だから、連絡くらいは入れておこう。
そう考え、俺はスマホを取り出し、安野にメッセージを飛ばそうとするのだが、
「先輩、誰かと連絡とってるんですか~?女ですか~?」
と、おそらく豊岡は冗談で訊いてきたのだろうが、なにぶん的を射ていたので、俺は内心狼狽し、「あーまあ妹にちょっとな」と誤魔化し難を逃れた。
しかし、安野には結局メッセージを送れなかった。
安野待ってるだろうな。なるべく早く行ってやらないと。
そんな俺の懸念もつゆ知らず、豊岡は悪びれもしないで、俺に荷物を押し付けてきた。
こいつめ。
「じゃあこれを第二風紀委員室までお願いしますねっ」
「風紀?お前まさか風紀委員なのか?」
そう俺が訊くと、豊岡は得意げに鼻を鳴らし、「気づいちゃいました~?」と甘ったるい声で言葉を紡ぐ。
「そうなんですよ~。私ひまり先輩ちょー尊敬しててー。今日はちょうど二年の教室の近くを通る予定だったので、仕事前にひまり先輩とお話ししようかと」
「話くらい委員会の仕事のときにできるだろ」
「いやいや。ひまり先輩を会議になんて来させられませんよ」
「なんでだよ」
「ひまり先輩に無駄な労力を割かせるわけにはいかないからです。私たち下っ端が下地を整えて、ひまり先輩には最終チェックと現場の指揮をしてもらうんですよ」
「それ職務怠慢なんじゃ?」
「ちっがいますよ!先輩は天才だからちょっと見れば理解してくれるんです。それに分業体制は自主的にやってることですし」
「あ、そう……」
とりあえず、安野が周りから勝手に贔屓されてるってことだけはわかった。やっぱあいつ表は完璧美少女なんだな。
「じゃあ、風紀委員室が二つあるのもそのことが関係してたりするのか?」
「さすがわー先輩。そうです。ひまり先輩は精神を集中させるためかよく本を読んでらっしゃいます。その姿は凛としていて、話しかけても気づいてもらえないことから一人にしてあげた方がいいってなったんですよ」
「そ、そうか……」
あいつ凛としてラノベ読んでるのかよ。そんで豊岡たちは絶対一般文芸だと想像してるだろ。
俺や安野が風紀委員室に居座ってても誰も来ない理由が分かったところで、目的地に着いた。
「じゃ、俺はこれで」
「待ってください」
「な、なんだよ」
「まだ中で仕事残ってるんです~」
「運ぶの終わったし帰りたいんだが」
「力仕事もあるのに、私ひとりじゃ耐えられないです~」
「あーくそっ。仕方ないな」
「わー大好きですー」
「そういうのはもっと心を込めて別の誰かに言え」
「先輩……好きです」
「物々しく言ってもダメ」
「本気なのにー」
「はいはい。ほら早く片付けるぞ」
そうして第二風紀委員室での仕事を終え、安野の所へ向かったのは五時半ごろ。
一応、豊岡の隙を見て連絡は入れたのだが、見てるにしろ見てないにしろ、俺が遅れたのは事実なので、着いたら謝らないとな。
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