第5話 目隠し、時よりムチ。ところにより縄
運命の月曜日。時間は午後四時過ぎ。つまり放課後。
え?また放課後かよって?うるせえ!この時間は何かと都合がいいんだよ!文句のあるやつは俺が二度と放課後を迎えられない体にしてやるよ。ティータイムなんてもってのほかだ。
端的に言うと、気が立っていた。というか焦らされていた。
安野とは同じクラスでその上隣の席同士。一時間目までには顔を合わせるし、小さく会釈もした。俺と安野の関係は他の生徒には秘密なので、あくまでバレないようにだが。
それもあってか授業間の休み時間も昼休みも決して絡むことはなかった。安野は相変わらず人気者で、俺が話しかける隙は全く無かった。なさすぎて透明マントで消されてるのかと思っちまったぜ。クラスから消されてるのは俺の方かもしれないが。
朝から安野を見てたが、一見変化はないようだった。まあ、キャラを変えるってことだから見た目の変化があるとは限らないけど。
そうして悶々としている中ようやく迎えた放課後。
俺は安野が待っているであろう風紀委員室に堂々と足を踏み入れた。
さてさて、どんなヒロインに目を付けたのかな?
彼女が俺の瞳に映った瞬間、ビリっと衝撃が走った。
安野は…………
目隠しをしていて、両手両足に縄が縛られてあった。床には黒色のムチが無造作に置かれていた。
「部屋間違えましたー。失礼いたしましたー」
「ちょ、ちょっと待ってください和瀬君」
「待ってほしいのは俺の方だよ!なんで初っ端ドМキャラから攻略しようとしてるの!?他に魅力的なキャラいっぱいいるよねー!?」
「だ、だって一番目についたし、キャラ強そうだからこれがいいかなって思って……」
「そりゃキャラは強いけどさ……どちらかというとドМキャラってネタキャラになりやすくないか?」
「でも、ネットでドМキャラが意外とピュアな所を見せてくるときはグッとくるって載ってましたよ」
「んー。ギャップか。それは確かに一理あるなー。じゃなくてっ!?あんたがそんな格好してるのが大問題なんだよ!第一、そういう道具どっから調達したんだよ?まさか私物……」
「ち、違うからっ!私をへ、変態にしないでください!これは以前生徒から没収したものですから!」
「せんせーーい。この学校に変態がいまーす」
誰だよ。学校にこんなの持ってきてる性癖オープン野郎。おかげで風紀委員室で風紀が乱れちまってるじゃねえか。
俺が眉間を押さえてやれやれとため息をついていると、安野が恥ずかしそうに口を開いた。
「あの、私だって羞恥心はあるのですから……その……早く済ませてくれませんか?」
「済ませるって何をだよ」
「お、女の子にそんなこと言わせないでください。変態ですか?」
「目隠しして縛られているお前に言われたくねえ!」
「ほら、そこに……その……黒くてカサカサするやつがあるでしょ?」
「その言い方だとGを真っ先に連想するんだが」
「わ、和瀬君はGを使って私を弄ぼうと……それはさすがに引きます」
「勝手に引くな!あーもう。このムチのことだな」
億劫だが、いそいそと乗馬用のムチを手に取った。普通のムチじゃないあたり持ち主の強いこだわりを感じる。ほんと誰だよ、これ持ってきたの。
「で、俺はどうすればいい?」
「どうしてほしいかを本人に聞くなんて……ハア……和瀬君はSの才能でもあるんですか?」
「お前ちょっと興奮してないか?」
「してません」
「本当か?」
「してません。してませんので、ムチで叩く前にもう少し縄をきつく縛ってもらえませんか?自分で縛ると、どうしても緩くなってしまって」
「お前、ドМはデフォルトだろ」
「なっっ!!!?」
人間誰にでも一つや二つ秘密はあるというが、これは想定外。ワナビを隠しているとか可愛いもんだ。秘密が重大すぎて、ジンの兄貴に消されるまである。
「そ、そんな蔑んだ目で私をみ、見ないでください……」
「お前今、目隠ししてるから俺が蔑んだ目線を送ってるとかわからないだろ!」
妄想で補ってやがる。マジかよ。
俺がこの状況をどう対処しようか悩んでいるのもつゆ知らず、安野は「ん……」とか「ふう……」とか言いながら体をくねらせている。
風紀委員長ってストレスたまるのかな?
「そういえば風紀委員室にはなんで誰も人が来ないんだ?」
「くっ。ここで焦らすなんて和瀬君は罪な人ですね」
「質問に答えろ」
安野は俺の冷たい声のトーンのせいか、ビクビクっと体を大きく震わせつつも返答してくれた。
「風紀委員の活動する教室はここのほかにもう一つあって、そこで基本は私含めみんな集まって活動します。この教室は気が付いたら私しか使っていませんでした」
「なんだそりゃ」
ハブられている?いや、でも安野の人気っぷりを見れば、それはないと間違いなく言い切れる。だが、それよりも現状が大事だ。
俺が今やるべきこと。
安野は安野なりに考えてきて、まあ私欲も入っているだろうが、それでも可愛いヒロインを書きたいという願いは本気だろう。
その願いに応える。それが俺の役目。
それすなわちムチでのお仕置き。
いやいややっぱりそれはダメだろ。何か色々まずいと思う。上手く説明できないけど、確実に色々まずい。
なら……
なかなかお仕置きしてもらえないドМヒロインの健気な心情を理解させてやればいいんだ。主人公に振り向いてもらおうと頑張るヒロインは往々にして可愛いと。
俺はゆっくり足を運び、安野の目の前まで来ると、そっと彼女の視界を閉ざしている目隠しを取ってやった。
「お仕置きはしない。安野みたいに可愛い女の子は俺みたいな得体の知れないオタクにこういうことするべきじゃないよ。危ない目に遭うかもしれない」
「和瀬君はしないでしょ?」
「俺はしないけど……もっと自分を大事にしてほしいっていうか……」
「心配してくれるの?」
「おこがましいか?」
「いえ。そういうところが和瀬君の良いところなんだと思います」
安野は温かい光を帯びた目で優しく微笑む。
なるほど。確かにギャップがあっていいかもな。
「とにかくだ。俺が伝えたかったのは主人公に振り向いてもらえるよう健気に頑張るヒロインの気持ちだ。安野のこれからの頑張り次第で俺からのご褒美があるかもしれない」
「そのセリフはちょっと気持ち悪いですね」
「うるせえ。他に言い方が思いつかなかったんだよ」
安野は穏やかに笑みを浮かべながらやっぱり気持ち悪いですと言葉にしていた。
俺はしょうがないやつだなと悪態をつきながら、安野の両手両足を縛っている縄も解く。
「お前に任せると、何やらかすかわからんから今度は俺がキャラ指定してもいいか?」
「変なキャラにはしないでくださいね」
「ああ。じゃあ、鉄板中の鉄板。明日は幼馴染キャラでどうだ?」
「幼馴染ですか。一応予習済みですので構いません。頑張ります」
安野はチワワみたいにこじんまりした可愛らしいガッツポーズをした。
「じゃあ今日は帰るわ」
「帰らせませんよ。和瀬君に勉強を教える約束なんですから」
「いや、いいよー。帰って積読本消化したいしー」
「ダメです。ちゃんと勉強してからラノベは読んでください」
「はいよー」
おそらく放課後安野と二人っきりで勉強するのはこの学校の男子にとっては喉から手が出るほど、いや、喉から喉が出るほど欲しいシチュエーションだろう。まるで欲の無限ループ。
でも、裏の顔、それもドМであることを知ってしまったがため、純粋な優越感は皆無だ。
他の生徒が知ったら何を思うんだろうか。
俺はSMグッズを指さして尋ねた。
「なあ、安野。本当はこれお前の私物?」
「だから違いますって」
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