第4話 安野ひまりはヒロインを勉強する

「はあ……はあ……はあ……あのなあ。女子が軽々しく男にしていいことじゃないだろ」


「和瀬君は好きでもない女の子にこんなことされても発情しないでしょう?」


「まあ、確かにしねえよ」


 ラノベのためなら何でもするのか?ちょっとこの子心配になってくるよ。


 俺は満身創痍だが、安野は何食わぬ顔どころか、口を尖らせて、少し不満げな様子だった。


「うーん。別に抱きついたからってドキドキはしないですね。なんでラノベのヒロインはこれで主人公を好きになれるんでしょう?」


「痛いところを突くな!全オタクが泣くぞ!」


「和瀬君はどんな気持ちでしたか?」


「びっくりした。息苦しかった。以上」


 本当はちょっと邪な思いもよぎったが、それを言ったら安野を不安にさせかねないので黙っておく。恋愛感情は抱かないとは言ったけどな。そんなことされて平気かどうかはまた別の話だ。


「そうですかぁ。簡単にはいかないものですね」


 安野は残念そうに嘆息した。


「極端すぎるんだよ。キャラから攻めてみるのはどうだ?」


「キャラから?」


「そうだ。例えば、幼馴染とかツンデレとかそういうの」


「あーなるほど。その方が想像するのが簡単でマネしやすいということですね」


「まーそういうこと」


 安野は得心のいったようにうんうんと頷いた。


 でも俺みたいなやつが学校一目立つ美少女と長時間一緒に過ごすわけにはいかない。余計な厄介事に巻き込まれたくないので、できるなら短く済ませたい。


「その代わり、可愛いヒロインが書けるようになったら俺はお役御免だ。あんたも面倒だろ?好きでもない男に構われるの」


「ま、まあそれはそうですね……」


 俺から訊いといてあれだが、否定はしないんだな。嘘はつけないようだ。


「じゃあ具体的にこれからどうするか考えるとするか」


 俺は凝った背中を伸ばすために両腕をグッと上げ、椅子の背もたれに仰け反りながら指針を促した。


「安野って普段どれくらいラノベとか読むんだ?」


「そうですね……毎月新刊を確認して気になったものがあれば躊躇なく購入に至るくらいには読んでいます」


「結構読んでそうだな。それなら問題ない。なら、安野は次の月曜日までにラブコメをできるだけ多く読んできてくれ。そこに出てきたマネできそうなヒロインの属性に成りきるんだ。もちろん俺の前だけでいい」


「大層なご趣味をお持ちで」


「誰のために協力してやってると思ってるんだ!」


「フフッ。冗談です。感謝していますよ、和瀬君」


「そりゃどうも」


 明日から土曜日なので、ほぼ二日間のヒロインのインプット期間が設けられる。


 正直、上手くいく自信は半々といったところだ。


 安野自身が多種多様なヒロイン像を吸収し、しっかり消化したうえでアウトプットできるのかという懸念。


 だが、先ほどのおっぱい事変のように俺を男と認識していないかのような行動を平気でとれる胆力の持ち主でもある。それと、安野自身のそもそものスペックの高さがあれば、何とかなるのではないか。



 果たして、月曜日になったら安野はどのようなヒロインの属性に目を付けるのか?


 彼女にしたこの提案、相当オタク拗らせてないかと思わなくもないが、そんなのは知らん。もう言ってしまったことは仕方がない。


 俺にできることはただ一つ。


 え?彼女の成功を祈ること?ちげーよ。


 帰って積読本を消化するんだよ。

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